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第4話 剣士アリスト 前編

残酷描写があります。

「はあー」


 次の街へと向かう馬車の中、気づいたら溜め息が出てしまう。

 駄目だと分かっているのに、どうしても止める事が出来ない。


「ごめんねラクト」


「...リリは悪くないよ、寝過ごした僕が悪いんだから」


 困った顔をしたリリエッタが謝って来た。

 彼女にこんな顔をさせてしまう自分が情けない。


 先日アルテナの治療を終えた僕は丸一日起きられなかった。

 体力だけなら数時間で回復するはずなのに、どうした事か僕は1日眠り続けてしまった。

 おそらく魔力まで使い果たしていたのだろう。

 魔力量には少し自信があったのに、やっぱり過信は駄目って事だ。


 身柄を引き渡されたら治療後直ぐに王国へ護送する事は最初から決まっている。

 僕の為に予定を遅らせる事は出来ない、目覚めた時、アルテナは護送の馬車で王国に帰った後だった。


「何度も起こしたんだけど、ラクト全然起きなくって...」


 リリエッタは申し訳なさそうに何度も同じ事を言う。こんな事を言わせてしまうとは情けない男だ。


「...そんな事無いよ」


 そう言ってリリエッタは僕の頭を撫でてくれた。

 少し恥ずかしいけど、不思議と落ち着くんだ。


 これはきっとリリエッタが魔法を掛けてくれてるんだろう。

 彼女の治癒魔法は心まで癒すと有名だ。

 身体の治癒しか出来ない僕との実力差を感じてしまう。


「本当、ラクトは頭を撫でられるのが好きね」


「そうかな、リリエッタの魔法じゃないの?」


「そんなはず無いわ、だって今は魔法を使ってないもん」


「それじゃ僕は今...」


「普通に頭を撫でられてるだけよ」


「う...」


 恥ずかしい...でもどうしてかな?

 母に撫でられた記憶は無い。本当のお父さんにも、それなのにどうして?


「ラクト...いつだったか、学校で落ち込んでいた時に撫でてあげたでしょ?]


「うん」


 懐かしくも、恥ずかしい記憶。

 ヒーラー養成学校に入ってまだ半年くらいの頃、最初のテストで良い成績だった僕は、ひょっとしたら人より上手く魔法が使えるんじゃないかと自惚れてしまった。

 驕る僕に先生は厳しく言ってくれた。


『いくら優れたヒーラーでも、それを支える体力が無いと直ぐに駄目になるぞ』

 その言葉に僕は納得出来なかった。


『別に体力なんか無くても魔力量が豊富なら問題ありません』

 愚かにも言い返す僕。

 しまったと思ったが先生は


『直ぐに分かるさ』

 そう言って溜め息を吐いた。

 先生の言った意味が分かったのは、それから数日後に行われた実習だった。


 学校に併設された治療院で実際の患者に治癒魔法を行う。

 もちろん簡単な魔法だけを先生の指導の元で行うのだが、僕はたった数人に治癒魔法を行っただけで気絶してしまった。


 原因は体力切れ、魔力は充分に残っていたが、余りに虚弱な身体が全く着いて来なかった。


『これで分かったか』


『...はい』

 救護室のベッドで目が覚めた僕に先生が言った。


『今日はもう良いから、明日はちゃんと授業に来なさい』

 先生が出ていき、1人残されたベッドで僕は情けなくって泣きじゃくった。


『ラクト君大丈夫?』

 その時現れたのは実習でペアを組んでいたリリエッタだった。


『リリエッタ様...』


『急に倒れたからびっくりしたわよ』


『...申し訳ありません』

 憧れのリリエッタに良いところを見せようと張り切ったのも失敗の原因だった。


『ううん、たいした事無くって良かった』

 リリエッタはそっと小さな包みを僕の手に握らせた。


『これは?』

 包みの中は小さな焼き菓子が数個入っていた。


『使用人が作ったお菓子よ、食べたら元気になれるわ』


『そんな...私になんかに』

 貴族令嬢のリリエッタが、恐れ多すぎる。


『良いのよ、学校では身分は関係無い、でしょ?』


『そうですが』


『良いから、はい!』


『う!』

 リリエッタが僕の口にお菓子を一つ入れた。

 たちまち口に広がる甘み...


『美味しい...』


『でしょ?』


『はい美味しいです...』


『ちょっとどうしたの?』

 再び流れ始めた涙にリリエッタは驚くが、今度は止める事が出来なかった。


『...しょうが無いわね』

 あの時そっとリリエッタが頭を撫でてくれた。


 そうだ、初めてあの時にリリエッタが頭を撫でてくれたんだ!

 あの時から僕はずっとリリエッタが...


「あれ?」


 リリエッタの手が止まり、真っ赤な顔で僕を見て固まっている。


「...それで?」


「は?」


「...なんでもない」


 ゆっくりとリリエッタが椅子に座り直し、手元の資料を開いた。


「アリストか」


「アリスト...」


 懐かしい名前だ。


「アリストはどんな人だったの?」


「アリストは凄い剣士でね、剣の腕だけならナッシュと双璧だったんだ」


「へえ、手合わせ願いたかったわ」


 リリエッタが微笑む。

 どっちが強いかなんか想像がつかない。

 確かにアリストは強かったけど、あの頃の僕からすれば、みんな強く感じたからね。


「男装の剣士か...」


 資料を見ながらリリエッタ呟く、女性のアリストはいつも男性の服を身に纏っていた。

 それが、凄く似合う。

 美男子のナッシュと並ぶと背格好の近い二人は本当に絵になった。


「確かアリストの年齢は...」


「僕も知らないんだ、

『女の歳を聞くのはマナー違反よ』だって」


 アリストはそう言った。

 でも記憶によれば当時20代後半くらいだったと思う。

 容姿、身体の肉付き、肌の張り、結構沢山の女性患者を見てきたからね。

 もちろんヒーラー治療の為だけど。


「こら!」


「はい?」


「なんでもない!!」


 また叱られた。


「...それから7年弱経ってるから、30代後半に差し掛かってる所か」


 リリエッタがペンを走らせる。

 こんな僕の話でも真剣に聞いてくれるリリエッタは本当に凄い。

 でも、アリストの年齢って、僕言ったかな?

 まあいいや、他に何か...


「そうだ、アリストはこの国の出身かもしれない」


「そうなの?」


「うん、一度だけ言った事あるんだ。

 僕が買って来た肉を見てね、

 『立派な肉、これなら美味しいザウアーが作れるわね』って」


「ザウワー?」


「うん、大きな肉の塊をお酒や酢に浸けて蒸し焼きにするんだ」


「へえ~美味しそうね」


「うん、アリストと一緒に作ったんだけど美味しかった。

 あれって確かこの国の料理だよ」


 アリストには他に幾つか料理を教わったけど、後はみんなランドルフ王国の料理だった。


「リリエッタ?」


 どうした事かリリエッタがまた固まってしまった。


「料理をアリストに?」


「そうだよ、料理とか家事は全部アリストが教えてくれたんだ」


 あの時、僕はパーティーに入れて貰ったが、剣は振れない、魔法も駄目、そもそも力が無いから荷物運び(ポーター)なんか絶対無理。

 全く役に立たない僕にアリストが言った。


「『出来る事を探しなさい、私が教えられる事なら何でも聞きなさい』って」


「なるほど料理や家事が出来て...か、似てるわね」


「似てる?」


「なんでもないわ」


 もしかしてリリエッタがアリストに?

 全く似て無いよ、容姿だけじゃなく性格も。

 でも優しい所は似てるかな、後は...


「僕がパーティーを離れる事に最後まで反対していたらしいんだ」


「どうしてかしら?」


「心配だったそうだよ、でもアルテナとナッシュが説得してくれて...」


 急に馬車が止まった。


「どうしたんだろ?」


「待ちなさい」


 窓に近づく僕をリリエッタが押し留める。

 眼を瞑りながらリリエッタは何かを探る仕草をした。


「大丈夫そうね」


「そうなの?」


「ええ」


 僕を見て微笑んだ。


「リリエッタ様」


「分かってます、扉を開けなさい」


「畏まりました」


 馭者が馬車の扉を開ける。

 外には数人の人達が平伏していた。

 何で分かるんだろ?気配かな?


「ラクトはここに座ってなさい」


「うん」


 従うしかない、どうせ役に立たないだろうし。

 そっと窓からリリエッタ達の様子を覗きながら、聞き耳を立てた。


「ランドルフ王国の使者とお見受けします」


 1人の男性が顔を上げた、見た所随分年配者だ。


「そうですが、貴方達は?」


「アリスト殿をお助け下さい!」


 再び平伏する人達、一体何だ?


「訳を聞いても?」


「はい、あのアリスト...アリス様はここの前領主の1人娘でした」


「え?」


 アリストが前領主の娘?本当はアリスって名前だったの?

 驚くべき情報に頭が整理出来ない。


「そうだったんですか」


 リリエッタは全く驚く様子を見せない、資料に書いてあったのかな?

 僕には見せてくれないから知らなかった。


「アリス様は捕らえられ、貴方達に引き渡されると聞きました、何とか命をお助け下さい!」


 平伏したまま叫ぶ人達、全く事態を飲み込む事が出来ない。

 でも、必死なのは伝わる。

 もちろん助けるよね、リリエッタ。


「私達はあくまで王国の使い、アリストをどうするか決めるのは、あくまで王国が決める事ですので」


 ...予想外でもないか。

 でも当たり前だ、ここで助けるなんて言ったらややこしくなるし。


「もちろん私達が独断でアリストを処断する事はありません、私達の仕事はアリストを生きて、無事な姿で引き取る事ですから」


「...分かりました」


 リリエッタの言葉に何かを感じたのだろう、集まっていた人達はゆっくりと立ち上がった。


『大丈夫だよ、必ずアリストを助けてみせるからね』

 消えていく人達にそっと呟いた。


 馬車に戻ったリリエッタはずっと何やら考えている。

 時折紙にペンを走らせて馭者に渡した。

 どうやら何かありそうだ。

 邪魔をしないよう静かにリリエッタを見守った。


「ランドルフ王国の使いで参りました」


 ようやく着いた一軒の屋敷。

 中から出てきた中年の着飾った男女に僕達は頭を下げた。


「ふん、王国風情が!!」


「本当に、ならず者の処分くらい、こっちでしますのに!」


 敵意を剥き出しにする2人。

 こんな態度を王国の使者にするなんて考えられない。


 ランドルフ王国の方がこの国より遥かに強大で、逆らう事は自殺行為だ。

 リリエッタは特に怒る事もなく、冷めた目で男女を見つめていた。


「どんな密約を国同士で交わしたか知らんが、我々は納得しておらんからな」


「そうよ、早く帰って...」

「うるさい」


「...な?」


 静かな声でリリエッタが呟いた。

 殺気こそ感じないが底冷えのする声、これは本気で怒っている。


「地方の領主風情が...我々を舐めないでくれる?」


「な...何を」


「行きましょう」


「はい」


 リリエッタに続いて屋敷に入る。

 腰が抜けたのか、動けない2人を馭者達が取り囲んでいた。


「案内しなさい」


「か...畏まりました」


 屋敷内にたった1人だけいた若い男に告げる。

 男は怯えながら何度も振り返る、青白い表情は今にも倒れそうだった。


「わ...私は何もしてません」


「は?」


 何の事だろ?


「私は知らなかったんです!」


 大きな扉の前で男が叫んだ。

 一体さっきから何の事だ?


「私達はあくまでアリストを引き取りに来ただけの使者です。

 無礼な振る舞いをした貴方の両親は別ですが」


「は...はい」


 どうやらこの男はさっきの奴等の息子か。

 リリエッタは何でも知ってるな。


「鍵を」


「...どうぞ」


 震える手から鍵を受け取る。

 扉を開けるとまたしても先日アルテナを治療した時と同じ臭いが僕達を襲った。


「....これは」


「全く...もう」


 そこに居たのは両方の肘から先を失った1人の女性だった。

 壁に打ち付けられた鎖で首や腰等、身体を固定されていた、もちろん全裸だ。

 両方の目に刺さっているのは針か?

 よく見れば両乳房や腹、臀部にも刺さっている。


「お前が?」


「お...俺は知らねえ!!」


 リリエッタが聞くと男は逃げ出した。

 捕まえる気にもならない。


 ゆっくりと扉を閉める。

 もう取り乱したりしない。

 僕はゆっくりと女性に近づいた。


「...アリスト」


 静かに耳許で囁く。

 耳朶が無い、鋭利な刃物で切り落とされたのだろうか。

 聞こえて無い様だ、しかし呼吸はしっかりしている。


「今度は下手な復元魔法をしてないからかなり楽ね」


「うん」


 リリエッタの言葉に頷きながら鞄から道具を取り出した。

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