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第3話 魔法使いアルテナ 後編

 

「上手くいったわね」


 ラクトが部屋を出てから一時間、残りの復元を済ませ、ようやくアルテナの治療が終わった。

 私がしたのは髪の復元と全身の痣を消した事くらい。

 こんなのはヒーラーにとって初歩の魔法、ラクトが行った物とは比較にもならない。


「本当にアルテナってこんな顔だったのかしら?」


 静かな顔で眠るアルテナ。

 隣国から貰った手配書の人相書きとまるで違う、浅黒い肌で片目が塞がって描かれていたのに。


「ねえ起きてるんでしょ?」


 眠るアルテナに話し掛ける。

 静かな寝息を立てても無駄だ、彼女の心をさっきから読んでいたのだから。


「...気づいてたの」


 ゆっくりと瞼を開くアルテナ。

 黒い瞳に魅惑的な物を感じてしまう。

 漆黒の宇宙みたいだ。


「まあね」


「そっか...今までみんな騙されて来たのに」


 アルテナの言葉を黙って聞く。

 彼女の言葉が意味する訳を心から読み取った。


「死んだ振りも得意みたいね」


「...」


 アルテナの瞳が大きく開く。

 どうしてそれを知ってるのか理解出来ないだろう。

 私の特殊能力(心が読める)は秘密なので、

 誤魔化しながら話を進めよう。


「驚く事無いわよ、貴女の事は調べあげたから。

 アルテナ...いいえアリシア・カサリさん」


 嘘だけどね、しかし彼女は心の中で饒舌だな。

 お陰で沢山の情報を仕入れられたよ。


「どうして私の名前を?

 奴等や、仲間の誰にも話した事無いのに...」


「調べたって言ったでしょ?」


「嘘!!」


「本当よ、元サリム王国伯爵令嬢アリシア・カサリ24歳。

 14年前に一族で国を脱出した。

 途中、全てを失った貴女は冒険者になった、違う?」


 凄惨な記憶だった。

 サリム王国は遥か遠くにある。

 王族が圧政を強いる国、14年前に他国の支援を受けた一部の貴族が国民と蜂起してクーデターを起こし失敗した。

 今は崩壊寸前とお父様から聞いた。

 まさかその煽動した貴族がアルテナの実家だったとは。


「...貴女は一体?」


「私はリリエッタ・アーロン。

 ランドルフ王国アーロン伯爵の娘」


「ランドルフ王国?」


「そうよ、[龍の集い]のアルテナさん」


 アルテナの瞳が絶望に染まる。

 顔では冷静さを装っているが、心の中は叫んでいた。


『殺される』と。


「安心しなさい、態々殺す人間を治したりしないわ」


「それって?」


 理解出来ないだろう。

 実際龍の集いがやってきた事は悪質だ。

 被害者の数も多い、命こそ奪わなかったが、全ての罪を積み重ねると死は免れないと分かっているのだ。


「言っとくけど逃げようなんて考えない事ね」


 必死で思考を巡らせている様だが無駄だ。


「そうみたいね、身体が全く動かないわ」


 ラクトには悪いがさっき処方した薬に全身を麻痺する物を混ぜていた。

 2、3日は動けないだろう。


「そんなに絶望しないの」


 いたぶるつもりは無い。

 ただ、聞きたい事があるのだ。


「私をどうする気?

 随分と念入りに治してくれたみたいだけど」


 視線を漂わせるアルテナ。

 クリヤーな視界と音に自分の身体が治っている事は理解したな。


「貴方達龍の集いの身柄を王国に引き渡すのが私達の任務よ」


「みんな捕まったんですか?」


「ええ」


「そんな...」


 アルテナの心が再び絶望に染まる。

 なるほど、彼女は囮になって捕まったのか。


『ん?』

 彼女の心に見逃せない名前が出てきた。

 どうやって聞き出そうか。


「...仲間の」


 沈黙の中、先に口を開いたのはアルテナだった。


「仲間の証言にランドルフ王国の関係者はいませんでしたか?」


「関係者?」


 一体何を言い出すのだ?

 心の中でさっきから何度も彼の名前を叫んでいるのに。


「いいえ、他の人からは誰も仲間に関する証言は出てないわ」


 本当の事だ。


「...そうですか」


 安堵の表情を浮かべるアルテナ、その意味はよく分かった。


「見なさい」


「何を?」


 部屋にあった鏡をアルテナの前に置く。

 裸のまま横たわるアルテナ、全身の姿が鏡に映された。


「どうして...昔の傷まで?

なんで全部治ってるの?」


 ランドルフ王国を離れ6年間の逃避行でアルテナの顔も含め全身傷だらけになった、だから人相書とは似ても似つかなかったのか。


「貴女を知るヒーラーが最高の魔法で昔の姿に戻したのよ」


「私を知るヒーラー...まさか?」


 アルテナの心が叫ぶ。

 もう声まで出そうじゃない。


「ラクトよ」


「違います!ラクトは仲間じゃないんです!!」


「...アルテナ」


「本当なんです!

 ラクトは何も知らないの...お願いします!!」


 堪え切れなくなったアルテナが叫ぶ、拷問用に部屋は完全な防音が施されているが、そんなに叫んだらせっかくラクトが治した喉が潰れてしまう。


「分かってるわ」


「本当なんです...ラクトは何も...」


 アルテナの髪を撫でる。

 まだ混乱は治まらない、しばらくこうするしかない。


「...ラクトは立派なヒーラーになれたんですね」


 どのくらい経ったか、ようやく落ち着きを取り戻したアルテナが呟いた。


「ええ、自分の姿を見れば分かるでしょ?」


「...はい」


「どうしてラクトに親切を?」


 ようやく聞きたかった事が聞けた。


「ラクトに弟を見たんです」


「弟?」


 心を読まず、アルテナの言葉を待った。

 この状態の人は嘘を吐けない、お祖父様とお父様は言っていた。


「ええ、逃げる途中で死んだ弟...飢えと病気に苦しんで...」


「...そう」


 アルテナはラクトに死んだ弟の姿を見たのか。


「だからラクトに?」


「自分勝手な事と分かってました。

 でも見捨てる事は出来なかった」


「ありがとうアルテナ」


 ゆっくりとアルテナに治癒魔法を掛ける。

 鞄から下着と服を取り出し彼女の膝に置いた。

 予めラクトから聞いていたアルテナの体型に合わせて私が作った物。


「着なさい、麻痺は取れたでしょ?」


「え?」


「裸でラクトと会うつもり?」


 それは許さん。


「すみません」


 ゆっくり起き上がりアルテナは服に袖を通す。

 なんて事だ、ピッタリじゃないか。

 ラクト、女性の体型を見すぎよ、後で叱ってやる。


 そっと部屋を出る。

 まだ足元が覚束無いアルテナ。

 逃げる事は出来ないだろう、彼女の魔力も枯渇している。


「ここよ」


「ここにラクトが...」


 ゆっくりラクトが居る部屋のドアを開けた。


「ラクト...」


 ベッドに眠るラクト。

 まだ当分起きそうもない。


「ああラクト...こんなに立派になって」


 私から離れ、フラフラしながらも必死でアルテナが近づく。

 その様子を私は見つめた。


「ラクト...ありがとう」


 涙を流しながらラクトの手を握るアルテナ。

 一体何を思って...止めよう、今は見守るか。


「ありがとうございました」


 涙を拭きながらアルテナがゆっくり立ち上がった。


「そう、今ラクトを起こすから」


「いいえ」


「アルテナ?」


 私の腕を掴むアルテナ。

 震えながら掴む彼女の手に力なんか入ってないのに、なぜか動かない。


「リリエッタさん、私はラクトに話す資格なんかありません」


「でも今ラクトと話さないと、次は無いかもしれないわよ?」


「分かってます、でも私は罪を償わないと駄目なのです」


「本当に良いの?」


 いつラクトに会えるか、分からないじゃないか。


「お願いします」


 力強いアルテナの瞳、これは説得するだけ無駄ね。


「分かったわ、付いて来なさい」


「はい」


 アルテナに大きなシーツを被せる。

 兵舎内を歩くのに治ったアルテナを見られ、目立っては面倒だ。


 兵舎前に数台停めていた一台の馬車にアルテナを乗せる。

 この馬車は龍の集いを護送する為の物。

 頑丈に作られているから脱出は絶対に出来ない。

 その心配は無いだろうが。


「それじゃ元気で」


「はい、本当にありがとうございました」


 鉄のドア越しにアルテナと最後の言葉を交わす。

 本当に最後とならなければ良いのだが...


「これをお父様に」


「畏まりました、では」


 馭者に手紙を託す。

 内容はアルテナの事。

 彼女の出自、今まで歩んで来た事等を一気に書き上げた。

 やがて馬車はゆっくりと走りだした。


「さて、ラクトに何て言おうかしら」


 まだ眠っているラクトにどう説明したら良いのかな?


「まあいいわ、お菓子まだあったわよね?」


 頭に浮かぶはアルテナの笑顔。

 今は余り考えないと決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 隣国から貰った手配書の人相書きとまるで違う、浅黒い肌で片目が塞がって描かれていたのに 元々は伯爵令嬢だから、肌も人相も違ってたか。 囮になって捕まる辺り、仲間との絆は有ったか。 彼女、…
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