第3話 魔法使いアルテナ 前編
「やっとみんなに会える」
リリエッタからみんなが見つかったと聞かされた僕は隣国へと向かう馬車に乗っている。
本当は1人で行きたかったけど、リリエッタに止められた。
『何の権限も持たない貴方が行ってどうするの?』
確かにそうだ。
リリエッタは僕を王国の正式な引き取りのメンバーに加えてくれた。
更に学校に出張の手続きまでして貰い、本当に感謝しかない。
「ラクト、はしゃいじゃダメよ」
馬車の中はリリエッタと僕の二人っきり。
彼女は諭す様に僕を嗜めた。
「...うん」
そうだ、これは旅行じゃない。
ちゃんとした任務があるんだ。
「[龍の集い]は捕まったんだからね」
リリエッタの言葉が僕の胸を抉る。
「でもそれは...」
「誤解があったにしてもよ、向こうの国がそうだと認定した以上、こっちは口出し出来ないんだから」
「そうだね」
国が犯罪者だと言ったら認めざるを得ない。
冒険者は国がお抱えしている人達以外は非常に立場が低い。
きっと龍の集いは誤解されたんだ。
「アルテナ...」
リリエッタがポツリと呟いた。
「アルテナさんってどんな人だったの?」
「彼女は僕より2つ年上の、凄く優秀な魔法使いでね...」
今から最初に迎えに行くアルテナの事をリリエッタに教える。
アルテナは僕を地獄から救ってくれた恩人。
彼女が食堂のゴミ箱から食べ物を漁っていた僕に声を掛けてくれなかったら、間違いなく死んでいた。
パーティに加わってからもアルテナは僕に沢山の事を教えてくれた。
遠い国からやって来たアルテナは余り自分の事を話さなかった。
しかし今なら分かる、彼女は高貴な家の出自だと。
最初に読み書きを僕に教えてくれたのもアルテナ。
テーブルマナーもだ。
手掴みで食事をしていた僕に食器の使い方まで教えてくれた。
だから学校で恥を掻かなくて済んだ。
そういえば他の二人も沢山の事を教えてくれたっけ。
「だから一通りのマナーが身に付いていのね」
興味深そうにリリエッタが頷いた。
まだまだアルテナに関してはあるが、この辺にしておこう。
だって女の子の話をしたら、なぜかリリエッタの機嫌が悪くなるから。
「...もう遅いわよ」
「何が?」
「なんでもない」
なぜか叱られてしまった。
王国を離れて5日後、ようやくアルテナが収容されている隣国の兵舎に着いた。
この街で捕まったアルテナは兵舎に連行されて厳しい訊問を受けたそうだ。
「ランドルフ王国のリリエッタ・アーロンと申します。
[龍の集い]アルテナの身柄を引き受けに参りました」
「同じくラクトです」
兵舎に入った僕達は、ここの責任者らしき男性に身分を告げる。
男性はリリエッタから親書を手渡されると、中を改めた。
「どうぞこちらに」
男性の案内で兵舎奥に向かうと鉄格子が見えてきた。
ずらりと並んだ鉄格子、間違いないここは監獄だ。
どうしてアルテナがこんな所に入らなきゃならないんだ?
激しい怒りを感じた。
「ラクト」
「分かってます」
リリエッタの言葉に何とか怒りを堪える。
男性が小さな部屋に僕達を招き入れる、中には数人の男達が待っていた。
「女ですが、中々口を割りませんでね。
少々痛めつけ過ぎたかもしれません、どうか...」
ばつが悪そうに1人の男が言った。
その顔は忌まわしい記憶を呼び覚ました。
僕を痛めつけて笑っていた母が再婚した男の顔を。
「大体の事情は分かっております。
こちらにはランドルフ王国が誇ります最高のヒーラーが居りますから、ご心配無きよう」
「そ...そうですか」
笑顔のリリエッタが男達を見る。
その瞳には激しい怒りが宿っていた。
アルテナの厳しい訊問はおそらく拷問も...
「では早速参りましょう」
「わ、私達はここで。
隣の部屋に女は寝ておりますから」
「そうですか、では後程」
怯えた男達から鍵を受け取るリリエッタ。
厳つそうな男達だけど、彼女の放つ殺気に飲まれている。
リリエッタは強い。
普通の剣士ならば数人を相手にしても遅れは取らないだろう。
何度か手合わせをしてる所を見たけど、本当に強かった。
「ラクト大丈夫?」
「うん」
部屋の前で深呼吸を繰り返す。
早くアルテナに会いたい、どんな姿でも良い、僕が絶対に治してみせるから。
「この臭いは...」
「やっぱりね」
扉を開けると室内に充満する臭い。
これは血と糞尿、そして消毒薬の臭いだ。
治療院で嗅ぎ慣れているが...
室内に置かれたベッドに近づくリリエッタ。
シーツが盛り上がっているが、顔が見えない。
見られたら不味い物を隠す様にくるまれていた。
「行くわよ」
「はい」
リリエッタが静かにシーツを捲る。
もう覚悟は出来ていた。
「こ...これは予想以上に酷いわね」
「アルテナ!!」
そこに居たのはアルテナの変わり果てた姿だった。
引きちぎられた髪、黒ずんだ肌、両目の周りには酷い傷跡がある。
そして両手の指は全てあらぬ方に曲がっていた。
「ウブ...グ」
シーツを捲られた事により、外気にさらされたアルテナが呻く。
どうやら両目は全く見えて無いらしい。
「僕だよ、ラクトだよアルテナ」
耳元で囁くが反応が全く無い。
どうして?まさか耳まで...
「落ち着きなさいラクト」
「だって」
リリエッタが僕の肩を掴んだ。
「アルテナを見なさい、彼女の目が見えてると思う?耳もよ」
「それって...?」
「見た所耳の穴に熱湯か薬を流し込まれたみたいね。
後は両目と指、一見は一応有るけども」
「...復元魔法」
「そうよ、奴等は拷問したのを隠す為に急いで復元魔法を掛けたのね」
「こんな滅茶苦茶な復元魔法をアルテナに」
余りに酷い精度、両目は濁ったガラス玉みたいだ。
指も太さがバラバラで小指が親指より太いじゃないか。
「こういう時、先ずする事は?」
「...状態の確認」
「そうよ」
落ち着いたリリエッタに何とか冷静さを取り戻そうとするが、アルテナの姿を見ると昔の思い出に上手く心のコントロールが出来ない。
「両目は駄目ね、こんなの使い物にならない、耳は...劇薬でも流し込まれたのかしら、完全に爛れて魔法なんか掛けたから途中で塞がっているわ。
それと歯は全て欠損...」
リリエッタの言葉を書き留める。
焦りから上手く書けない。
「直ぐに復元を...」
「だから落ち着きなさい!
こんな状態から直ぐ復元魔法なんか出来ないでしょ!」
「...そうでした」
僕は駄目な奴だ。
復元魔法は従来その部位が失った状態にしなければならない。
アルテナは一旦失い、そして滅茶苦茶な魔法で復元されている。
これでは僕の魔法を掛ける事が出来ない。
「それじゃ始めましょう」
「分かりました」
リリエッタの診察が終わり僕は部屋に魔法を掛ける。
清潔にしないと病気の元がアルテナの身体に入ってしまうからだ。
持参した鞄からナイフを数種類と止血の道具を取り出しベッド脇に置いたテーブルに並べる。
リリエッタは薬瓶を取り出して調合を始めた。
「ラクト、アルテナの首を持って」
「了解」
そっとアルテナの首を支える。
少し浮かせて口を開かせた。
「いくわね」
リリエッタが調合した薬を入れた吸い飲みをアルテナの口に差し込む。
嫌がる素振りも見せないアルテナ、薬は全て飲み干された。
リリエッタの薬が効きアルテナの身体から力が失われていく。
やがて穏やかな呼吸を始めた。
これで苦痛も感じないだろう。
「先ずは指からよ」
「はい」
リリエッタがアルテナの右手の指を切り落とす。
素早くアルテナに治癒魔法を掛ける。
どんな指だったか、もちろん覚えているよ。
『ほらラクト、スープはちゃんとスプーンを使いなさい』
僕の両手に重ねてくれたアルテナの手。
その優しい指先、忘れるものか...
「次は耳よ」
「うん」
小さなナイフで耳の穴をくり抜いて行く。
もちろん細心の注意を払いながら。
『君どうしたの?』
ゴミ箱から食べた残飯が中たり、呻いていた僕の声を聞き取ってくれたアルテナの耳。
そして歯と喉、次々と治療は続いた。
「最後は両目ね、ラクト大丈夫?」
「も...もちろんです」
普段行う治療の数倍魔力が消費される。
でも、絶対やり遂げるんだ。
リリエッタが腐った両目をくり抜く。
窪んだ両穴に渾身の復元魔法を掛ける。
目の再生は難しい。
細かい調整が必要なのだ。
「絶対に治してみせる」
神経を集中させた。
『さようならラクト!』
あの日、王都に旅立つ僕を見送ってくれたみんな。
アルテナの目に光っていた涙は今も忘れない。
「お疲れ様ラクト」
椅子にへたり込む、体力の限界だ。
「ううん」
ようやく難しい復元は終わった。
後は全身の打撲痣や髪だけ。
「後はやっておくから別室で休みなさい」
「そんな」
リリエッタだって疲れているのに。
「私は大丈夫よ。
アルテナが起きた時にラクトが倒れてたら再会が台無しじゃない」
「そうか」
確かにそうだ。
アルテナに元気な顔を見せなくっちゃ。
「後どれくらいでアルテナは起きそう?」
「そうね後4、5時間って所かしら。
念入りに眠らせたから」
「分かった」
それだけあれば僕の体力も戻るだろう。
「それじゃリリ、後をお願い」
「分かった、後は...任せてねラクト」
僕はアルテナをリリエッタに任せて部屋を後にした。