34、5 ④ 五十嵐大和→鮫島勤
「少し見ない内に随分変わったもんだな。そんな髪長い医者なんているのかよ」
「オンタイムで目の前にいるじゃん」
それはとあるホテルのラウンジ。出入りする人の絶対数こそ少ないものの、いたとしても厚手の絨毯が全ての音を吸収するため、耳に入るのはさりげなく流れるクラシックだけ。
一つにまとめられて肩甲骨に落ちかかる色素の薄い髪。
細身の男は白い指先を動かすと、手元にあるトランプを一枚取った。
「……俺はアイツにかけるよ。かけてきた時間が違う。雅ちゃんにはアイツが必要だ」
言いながら出したのはスペードの四。向かいに座る男はそこにダイヤの十を重ねた。
「まぁ王道だろうな。一年離れてたとはいえ、それがかえってリフレッシュになることもあるだろうし」
「お互い近すぎて見えなくなっちゃうトコとかもあるしね」
場にクローバーの二が出て「流し」になる。次に出された手札はスペードの九。
「……とばすねぇ」
「出方を見てんだよ」
偏った笑みはまるで合わせ鏡。高く組んだ足。分厚い手すりに肘をつく。細い指先から出されたのはハートのクイーン。
「クイーンボンバー、二を破壊」
向かいのソファからスペードの二が落ちた。その顔色は変わらない。
「順当に、か。まぁそれもいいだろう。お互いいい年だ。身を固めるのも悪くない」
「それなりに楽しんだんだろうしね」
その後クローバーのキングがクイーンに重なる。ガラステーブルを真上から照らす照明。その橙がカードの上を滑った。
「……いくねぇ」
バス、と聞くと、続けてカードを出す。
「……小児科、だっけ?」
「そ」
「へぇ。子供ってすげぇ泣かねぇ? そういうの得意なタイプだっけ?」
「別に得意って訳じゃないけど」
「尚更すげぇな。怒れたりしねぇの?」
「いや、」
カードを見たまま応える。
「生きてんなぁ、って」
その後、細身の男は向かいに座る男の手札の枚数を確認する。自身が残り四枚なのに対して、残り七枚。畳みかける気かもしれない。ペアを持っていれば、数こそ多くても力押しが効く。
長考の末、ハートのエースを出して一旦流れを切ると、渋々出したのはスペードのキング。すぐさま重ねられたダイヤのエースに思わず舌打ちが漏れる。
二人でやる大富豪は、元々三人分に分配することで手札を読めなくしてある。
流し。細身の男の向かいに座った口髭スーツの男。その足元は運動靴のまま。その目元が緩む。
「正しさって何なんだろうな」
体内に閉じ込めておけるだけの容量を超えて漏れ出たつぶやき。そんな膨大な背景ありきの疑問は、どこか哲学めいた。
「食って学んで働いて、そんで時がくれば子供を産んで育てて死ぬ。それが一生命体の正しい生き方なんだろうが、それができるヤツばっかじゃねぇだろ。その理由は身体だったり心だったり。……違うな、そうじゃなくても、人としての、例えば人類の子孫繁栄よりも大事なもんに出逢っちまったりしたら、環境、境遇に依らず、ただ単に己のわがままを通しちまったら、批判されなきゃいけないと思うか?」
落ちる目線。細身の男は口元をカードで覆った。
「繁殖の必要性が否定されても、社会の目は厳しい。何しろ一人一人余裕がない。正当な理由無くして、少しでもラクをしているように見えるヤツがいれば、容赦なく叩くと思うよ」
「俺もそう思う」
運動靴の男がカードをつまむ。
一枚、二枚、三枚。
マジか。
細身の男は指先を額についた。
「でも細い道にも希望はあって欲しいとも思う。十人が十人選ばない道にも、リスクを負っただけの相応しい見返りがあると」
四枚。男が出したのは四種類の「八」大富豪において、それは。
「革命」
最も強いカードと最も弱いカードを入れ替える力を持つ。
気づく。
〈出方を見てんだよ〉
半端な数ばかり出していた。合間に挟んでいたのは強めのカード。数字の八は「ハチ切り」強制的に場を流す。続けて出したのはダイヤの三。
「クソが」
「俺は」
流す。最後に出したのはクローバーのエース。
「アイツにかけるぜ。最後は勝率云々よりも、気に入った方にベットするもんだ」
<今後の予定です>
12/8(水)34、5⑤〜⑦
12/12(日)エンドロール(登場人物紹介)
12/15(水)最終35、36
ここから先、2通りの読み方ができます。
「順当に更新順に読む形」と「12/15の更新分を先に読んで、12/8の分を読む形」
これは「結果が分かった上で読む」のと「結果こうだった、何故なら」という楽しみ方があるという提案です。
次回更新する分に関しては元々有料設定で、読まれないことを目的として出す予定でした。なので作者的には後者がベーシックな楽しみ方だと思っています。
お好みではありますが、ご参考までに。
いつもありがとう。