表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デュアル!  作者: 速水詩穂
50/58

34、5 ②佐久間伊織→五十嵐大和

 





 大和が部屋に来るのは久しぶりだった。

 ピリッとした空気。どうやら話があるようだ。

「聞いてもいいか?」

 近頃ロクな行き来もない相手にされる前置き。それはこっちの落ち度を猛スピードで確認させた。

 最近男を連れ込んでない。

 ハチとも連絡とってない。

 ボトルキープしてあるお酒もちょっとしか飲んでない。でもちょっとが何回かあったから、もしかしたらバレるかもしれない。

 ぐ、と圧されるようにうなずくが「非常に美味ですね!」と先手を打っておいた方が、いくらか心証を和らげられるかもしれないとも考える。しかし、逡巡の間にそのタイミングを逃してしまう。

「あの時、杉田に話したかったことって何だ」

 あの時。すぽん、とお酒の事が抜けると同時に遡る。

 あの時。思い当たるのは一つしかなかった。

「お前が結果ねじ曲げてまで伝えたかったことって何だ」

 あの時、大和と付き合い始めた頃だった。でも別に付き合っていようといまいと、大和は大和のままだった。やまぴーのピーの部分には、隠さずとも「と」しか入らなかった。だから単純に興味がないのだと思っていた。私がはっちゃんと何を話そうと。

「どこにも行かないで」

 それを伝えたかった、と言うと、玄関に突っ立ったままの大和は、うつむいたまま小さな声で「そうか」と言った。


「大和は?」

 鬱蒼とその顔上げる。その目を覗き込む。

「大和はそう思わなかった?」

「そう、ってのは」

「だってバラバラになっちゃうんだよ?」

 男の人はそういうの平気なのかな、と思う。今まで当たり前に隣にいた人がいなくなること。しかもそれが幼い頃からの付き合い、かけがえのない存在だとしたら余計に

「寂しくない?」

 少し間をおいて大和が顔の向きを変えた。そしてわずかに首をかしげてみせる。

「……。……どこにも行かないで、っていうのは」

「男の人の繋ぎ止め方が分からなかったの。女の子だったら連絡して気軽に遊べるけど、男の人はそうもいかないじゃない? 付き合ってるならまだしも、そうでもない限り疎遠になる」

 考えることがいっぱいあって、黙々と歩く人。さながらノイズのような自分でも、その世界に首を突っ込んでいたかった。一緒にいたかった。

「ずっと三人で」

 ただそれだけだった。それに

 テニスが好きだった。でも好きが見合わない。一番初めに手に入れたはずのラケット。私よりずっと身体の一部にしているハチが羨ましかった。だからその傍にいることで、いつかテニスの神様が自分にも笑いかけてくれるんじゃないかと思った。静かに、ひたむきに、ハチの邪魔をすることなく努力していれば、いつかきっと。

〈大丈夫だから。ジコボウエイホンノウってやつがついてるから〉

 私はここにいる、と叫んでいた。ここにいるのに、と。

 だからケガをした時、ちょっぴりうれしかった。これで気づいてもらえるかもしれない、と。これだけのことがあっても変わらず好きでいる自分を、きっと見てくれるんじゃないか、と。それなのに。

 やっぱり神様は見てくれない。いつまで経っても私の存在に気づいてくれない。

 その後「付き合い切れない」とハチが自ら連絡を断った時には、もう自分の感情一つでは繋ぎ止めることはできないのだと思い知った。


「寂しくない訳ないだろ」

 ようやくされた返事は簡素。男の人なんてそんなものだ。いつだって言葉が足りない。気持ちの分量が測れない。

「じゃなきゃ自分から会いに行ったりなんかしない」

 自分のことを良く思っていない相手に。結果的にそうして無理矢理つないだ関係が、ハチと私を揃ってコートに引き戻した。

「不正してまで、自分とテニスをしろって伝えたかったのか?」

「ペアとしてね。その尊さも説いたまでよ」

 後ろめたい分、その必要性を強調すると、大和は天井に向かって大きくため息をついた。魂が抜けて膝から崩れ落ちそうな勢いだった。

「……俺はチョロかったんだなぁ」

 深くついたため息。その残りカスを絞るようにして出された声を拾う。

「何が?」

「結果ねじ曲げて、場を設けて、そこまでしなきゃ繋ぎ止められなかったアイツに比べて、俺は『私に付き合って』の一言で済んだんだもんな」

〈ずっと三人で〉

 目的はそこだとして、ハチは全力で、俺は片手間でできたことだったとぼやく。その後「杉田ファーストか。俺にはあんなサーブ打てねぇ」と、何だかよく分からないことが付け足される。

「大和、セカンド入る率高いよ」

「……慰めになってねぇ」

「ううん、大事なコトよ? 大事なとこでダブルフォルトする人、結構多いもの」

 話が通じないと思ったのか、口をつぐむ。仕方ないから続ける。

「弱みを見せられること、甘えられることって、誰にでもできる訳じゃないと思うんだけど」「あ?」

 自称セカンドが凄む。でも全然怖くない。

「付き合ってって、大和だから言えたんだよ? ちゃんと取れる手があって、疑うことのないベースがあって、初めてチャレンジできる。あの時大和がいたから、はっちゃんに声をかけられたんだよ。結果ねじ曲げて、場を設けてまで」

 何を今更。言語化するまでもない。そう考えたら言葉が足りないのは、何も男性に限った話ではなく、お互い様にも思えてくる。仕方ないから宣言する。

「私のペアは杉田初瀬。でも本来のパートナーは五十嵐大和であります」

 ピッと手を挙げて言うと、その身体がゴン、と壁に当たった。結構な音がした。本人平気なフリをしているが、きっとぶつかった方の肩が痛いに違いない。だから、本来手のひらで覆うのは、顔ではなく左肩だ。

 痛かったな、強がらなくても大丈夫だぞ、と言おうとして手を伸ばすと「バカかお前は」と言われた。慌てて引っ込めようとした手を取られる。その顔を覆っていた手をとった大和は、ひどく無防備な表情をしていた。

 突然のことに動揺を隠せずにいると「何だよ、スキだらけだな」と、完璧なリターンエースを決められるような声をかけられた。でもそれは返らなかった。男があまりにも無防備で、スキだらけだったため、かえって守らなければという思いに駆られたからだ。

「俺は」

 その、ため息なんてついていないのに絞り出すような声。それは同じ音でありながら、声帯の奥の、もっと奥の方から押し出されているように思えた。

「俺はずっと二番目だと思ってた」


 バカは大和の方だ。三人一緒で、何で優劣がつくんだよ。

 でも何となく言っている意味は分かった。

「初瀬は手が届かないから、俺はアイツの代わりだって」

 そんな訳なかろう。よしよししてやりたいが、おててが捕まっているもんだから無理なんだなぁ。

「私はそんなに価値ある人間じゃないよ」

 だからせめてそう言う。気づかないうちに窮屈な思いをさせていたんだね。もしはっちゃんが女の子だったら、私も同じような思いをしていたのかもしれない。私の言動なんかに縛られなくていいのに。

「ごめんね」と言うと「謝るんじゃねぇ」と返って来た。

 じゃあどうすればいいんだろう。私にできることと言えば、

「大和はやさしいから。誰にでもやさしいから、そういう人だと思ってた。ハクアイ主義者? でも今でもここにいてくれること、改めて感謝するよ」

 自分の思いを伝えることだけだ。誤解を解くことだけだ。

「いろんな人と寝たけど、あれだよ、全然大した事なかった。セックス。あんなのスポーツにも満たないよ」

 子供を望むならまだしも、単に恋人だったら、付き合ったらしなきゃいけないのかって思う。逆にそれがない限り、こんなに言葉を尽くして、こんなに相手を大事に思えるのに、と。

「ヤってもないのに分からねぇだろ」

「ヤっちゃったらおしまいなんだってば」

 ハチが珍しく目を合わせずに言った「お前ら本当に付き合ってるのか」と。「ご想像にお任せします」と答えたものの、妹というのには堪えた。

 押し問答。いつかハチに話したことを、指で壁にグラフを描きながらで説明すると「そうか」というため息が返ってきた。

 納得してもらえたようで何より。よいしょ、とつかまっているおててを放そうとすると、そのもう片方の手が背中に回った。

「……それでも」


 知らなかった。

 大和はこんなに熱かったんだ。


「ヤりたいんだよなぁ」

「たまにはフランス料理も用意します」と言われると、思わず笑ってしまった。

 たかがそれだけのことに振り回されてる。

 私達は本当に下らない。

 












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ