表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

朱音パート




「気ぃづけてなぁ。あぶねぇこと、すんなょ?」


「大丈夫だって。村のみんながいるから。んじゃ、行って来まーす。」


真夏の午後6時半。

朱音あかねは、優しい祖母に玄関で見送られ、祖母の家から小学校へと歩き出した。

夏の日は長く、夕暮れにしては、まだ明るい。

ここは山奥のド田舎だから街灯が極端に少ないが、この明るさなら難なく歩ける。

片手には、懐中電灯を持たされている。帰り道は、間違いなく真っ暗な夜道を歩くことになるからだ。

外に出た途端に、涼しい風が朱音のほほを撫でていく。暑さは感じるが、耐えられないほどではない。

都会で感じる、うだるような熱気は感じられない。

周りには田んぼが広がっているため、青々とした稲穂の匂いを含んだ風が、朱音の鼻をくすぐる。

様々な種類の蝉たちの大合唱が盛大に聞こえてくる中、朱音は、あまり整備されていない歩道を歩く。

オレンジ色の夕陽に照らされた朱音の影が、長く長く地面に伸びている。


「みんな、もう着いてるかな?」


朱音は独り言をつぶやいて、歩きながらスマホを見た。

高校生になっても買ってもらえなかったが、つい先月、17歳の誕生日にやっと買ってもらえたスマホだ。ピカピカの最新モデル。

しかし、


「あれ、もう圏外なの? ライン使えないじゃん。」


祖母の家は古めかしい木造だが、かろうじてwifiが使える。

祖母が電気ポットを使うたびに、遠く離れて暮らしている朱音たちに通知が来るようにしてあるからだ。

朱音の父が、自分の母親である祖母のために、インターネット回線を繋げるように手配したそうだ。

それまで黒電話だったものを、最新の電話機に買い替えてある。


しかし、祖母の家から一歩出れば、この山奥の村は電波が届かない地域だ。

携帯電話はおろか、ラジオですら、途切れ途切れの放送を聴ける程度。

以前まではテレビも無かった祖母の家だが、ネット回線のおかげで、ネット配信のそれらのサービスをテレビで視聴できるようになっていた。だが、祖母は操作が分からないため、普段はテレビも使っていないようだった。


「今どき、電波が届かないとか有り得ないんだけど。」


朱音はそう言いながらも、スマホを操作して、


パシャ! パシャ!


今日のために祖母に着付けしてもらった浴衣姿の自分を自撮りした。

祖母がこの日のために用意してくれた浴衣だった。黄色が基調となっている浴衣で、大きな向日葵の柄が目をひく。部活で日焼けしている朱音の、小麦色の肌とも合っている。明るい朱音にぴったりだと、祖母も褒めてくれたから、朱音もとても気に入っている。

本当なら、下駄か草履を履いていきたかったが、残念なことに朱音の足に合う足袋がなかったので、仕方なくサンダルを履いている。あまり足元が見えないだろうから、それで行けと祖母が言ったのだった。


朱音は、小学生の頃、父の仕事の都合で半年間だけこの村に住んでいた。

その頃から廃校になる予定があった築ン十年の木造の小学校。

朱音は卒業する前に転校したため、小学校がいつ廃校になったのかは知らない。


今日は、その廃校となった小学校で、村の青年部主催のイベントがあると聞き、遠方よりわざわざやってきたのだ。

教えてくれたのは、小学校の頃に、この村で友達になった沙保里さおりだった。

お互い連絡先を交換したことがなかったし、朱音の父は転勤族だったため、決まった連絡先などなかったのだが、沙保里はわざわざ祖母を訪ねて、連絡先を聞いたらしい。

沙保里の話によれば、このイベントは単なる口実で、これを機にあの頃の同級生たちを集めて、同窓会を開くという話だった。

急なお誘いだったが、夏休み中、部活しか予定が無かった朱音としては、まさに、渡りに船だった。よほどの理由がない限り、ソフトボール部の部活が休めなかったので、喜んで沙保里のお誘いに乗ったのだ。


「んー、見事なまでに、なーんにもない所だよねぇ。」


ゆっくり歩きながら、朱音は周りの景色を眺めながら、そう言った。

隣りの家と家の間が、数百メートル離れてる。あとは、田んぼと畑だけ。鬱蒼と生い茂った森林や山がすぐそばにあって、時折、見かける木製の電柱は、今にも朽ち果てそうで、そのせいで緩み切った電線が垂れ下がってきている。

半年だけ通った通学路だが、朱音は、その光景を朧げに覚えているだけだった。


「ぶっちゃけ、同級生たちの顔も、あんま、分かんないんだよねぇ。」


父の都合で、転校が多かった朱音にとって、半年だけ通った小学校の友達なんて、ほとんど記憶に残っているはずが無かった。仲良くなったとしても、転校してしまえば縁が切れて、また新しい友達ができる。そんなことを繰り返していれば、誰だって覚えていられないはずだ。


「せめてラインのアイコンで顔出しててくれれば、ありがたかったんだけど。」


そう言って、圏外で役に立っていないオフライン状態のアプリを起動して、朱音はぼやいた。

通話アプリのアイコンには、名前が分からない紫色の花の画像が表示されている。

かく言う朱音のアイコンも、流行っているアニメキャラの画像を使用していた。


「沙保里って、どんな子だっけ?」


朱音は、ずっと思い出そうとしていたが、今日になっても、やはり思い出せなかった。

この小学校で、何か大切な思い出があったような気がするが、それも転校を続けている内に忘れてしまった。


「ま、いっか。」


みんなに会えば思い出すだろうと安易に考えて、わくわくしながら朱音は小学校へと向かった。




- - - - - - - -




小さな小学校の、小さなグランドには、すでに大勢の人たちで賑わっていた。

青年部らしい若者たちが3つほどの露店を出していて、美味しそうな匂いにつられて、住民たちの行列が出来ていた。

時刻は、午後7時前。山に落ちていく手前の真っ赤な夕陽が、2階建ての校舎を照らしていて、まるで校舎が燃えているように見える。

グランドの入り口には、手作りのゲートが立てられていて、おどろおどろしい書体で『納涼!夏のホラー2021』と書かれてあった。


「あれ? ホラーって何? てっきり盆踊りとか、そういうイベントだと思ってた。」


小学校に着いて、早々、朱音は独り言のつもりで、そう言ったら、


「だよねぇ。盆踊りかと思って浴衣着てきちゃったのに、ね?」


カラン コロン


下駄の音が、すぐ後ろから聞こえてきて、いつの間にか朱音の後ろに、同じ歳ぐらいの女の子が立っていて、そう話しかけてきた。

藍色の浴衣にピンクの朝顔の柄が映える。日に焼けていない肌色で、キレイな顔立ちの女の子。長い髪を後ろにひとつまとめていて、朱音よりも色気があるように見えた。


「あー・・・えっとー・・・。」


けれど、やっぱり朱音には覚えがない顔だったので、名前が出てこない。


「あー、私、水月みつき。もしかして、5年生の時に転校していった朱音ちゃん?」


「そうそう! わー、久しぶりー!」


朱音はそう言いつつも、やはりピンときていなかった。でも、相手が自分のことを覚えているようなので、合わせておくことにしたのだ。


「本当に、久しぶりー! 元気だったー?」


そうとは知らず、水月は再会を喜んでいるようだった。2人ともテンションが上がる。


「元気、元気。そっちはどう?」


「私も、元気! 朱音ちゃんは、今、どこに住んでるのー?」


「私は、今、埼玉に住んでるの。」


「えー、遠いじゃん! よく来たねー!」


「水月は、ずっとここに住んでるの?」


「んなわけないよー。ここ、何もないもん。でも、中学までは、ずっといたよー。高校生になる時、隣の県に引っ越したの。」


朱音が、ちょっと合わせただけで、水月との会話がかみ合った。そうこうしているうちに、朱音のほうも、ぼんやり思い出してきた。この村で、よく遊んでいた友達が数人いたことを。おそらく、この水月が、その数人のうちの1人なのだろうと朱音は確信し始めていた。


「ところで、朱音ちゃんも、タロちんに呼ばれたのー?」


「タロちん?」


「そう、朔太郎さくたろうのタロちん。」


水月から聞いた名前も、どこかで聞き覚えはあったけど、転校が多かった朱音には、いつの、どこの学校の友達の名前なのか、そこまでは思い出せなかった。

朱音の困った表情を見て、水月は、朱音が友達のことを忘れていることに気づいた。


「あー・・・まぁ、昔のことだもんね。覚えてるわけないよね。タロちんのお兄ちゃんが、村の青年部に入ってんだって。んで、今回の青年部のイベントを、タロちんがみんなに知らせてくれたってわけ。」


「あ、あぁ・・・、そ、そうだったんだねー。」


水月が早口で説明してくれて、助かった朱音だったが、水月の言葉と表情で、すぐさま自分が友達のことを忘れているということがバレてしまったと気づいて、少し心苦しくなった。


「私は、沙保里に呼ばれたの。」


しかし、水月がそのことを流してくれる感じだったから、朱音もその流れに乗るように会話を続けようとしたら、


「は? なにそれ? 笑えないんだけど。」


「え?」


急に、水月の表情が怖い顔になった。声のトーンから、怒っているように感じる。

やっぱり友達のことを覚えてないのに、ここへ来てしまったから、気を悪くさせてしまったようだ。


「おぉー!」


その時、ふいに大声を出して、水月を指さして男の子が近づいてきた。

朱音たちよりも少し背が高くて、頭は丸坊主、肌は朱音と同じくらい小麦色で、夏服の学生服を着ている。絶対、野球部だと朱音は感じた。


「水月! 来てくれたんだな!」


「あー、タロちん! 久しぶりー!」


声をかけられた水月は、もう怖い顔から、先ほどまで朱音と話していた時の笑顔に変わった。

まるで、今の怖い顔は見間違えだったんじゃないかと思うほどだ。


「んで、その子は?」


「え・・・あー・・・朱音ちゃんだよ。」


そう答えた水月の声のトーンが明らかに落ちた。そして、表情も無表情に変わった。やはり、水月は怒っているらしい。男の子のおかげで、その件は流してもらえると思っていたけれど、逆に、謝るタイミングを男の子のせいで失ってしまったと、朱音は思った。


「ど、どうもー。」


それでも、一応、水月が紹介してくれたから、朱音もなるべく平静を装って、タロちんと呼ばれた男の子に挨拶した。


「おーおー! そういえば、そういう名前のやつ、いたかもな! よろしくな!」


タロちんは、そんなふうに返事をしてきた。

「なんだ、こいつも覚えてないじゃん」と朱音は思った。

友達のことを覚えていなかった自分も悪かったが、タロちんも覚えていないのに、自分だけが水月に怒られるのは不公平だと、朱音は感じた。


「おーい、こっち、こっちー!」


「おう! もうみんな来てるみたいだな! 行こうぜ!」


校舎前の人だかりから大きな声がして、タロちんが応えながら朱音と水月といっしょに、呼ばれたほうへと歩き出した。




- - - - - - - -




校舎前に集まっていたのは、朱音たちと同じ年頃の男女7人ぐらいだった。

今もこの村に住んでいる子もいれば、水月のように高校生になってから引っ越した子もいるらしい。それでも、幼い頃からこの村で育って、つい最近の中学生まで、この村に住んでいた子たちばかりで、朱音以外の全員が楽しく会話していた。


「わー、紗枝の下駄、かわいいね! 私んち、赤い鼻緒のやつしか無くてさー。」


「でしょ? うちも、このピンクの花柄のやつが、お店に無くてさ。ネットで買ったの。」


みんなの輪に入ってからは、水月は朱音のそばから離れて、違う女の子たちと会話している。タロちんも、男の子たちで盛り上がっていた。朱音は完全に蚊帳の外だった。

朱音はみんなの顔をきょろきょろ見て、沙保里を探してみた。しかし、どの顔を見ても思い出せない。

何人かと目が合ったが、誰も朱音に話しかけてこないのだった。


「これで1組全員そろったな!」


タロちんが、みんなを見渡して、そう言った。

小さな村の小さな小学校だったから、同じ学年の子たちは、10人程度なのだ。男の子は、タロちんを含めて5人。女の子は、朱音や水月を含めて5人。

ならば、やはり、この中に沙保里がいるはずだと朱音は思った。せめて誘ってくれた沙保里と話せれば、このアウェー状態から抜け出せると朱音は思っていた。

しかし、実際、この場にいる全員と目が合っているのに、誰も朱音に話しかけてこない。もしかして、この場に、沙保里はいないのではないか?と朱音は思い始めていた。


ピーーーーーー! キィーーーーー!


突然、拡声器の不快な音が鳴り響いた。


「あっ、あっ、みなさん、お集まりいただき、誠にありがとうございます!

7時になりましたので、これより、青年部主催の『納涼!夏のホラー2021』を始めたいと思います!」


校舎の入り口あたりから、拡声器の声が聞こえ始めた。

ただ、何かの台に登ったりしていないようで、朱音たちからは大勢の人だかりしか見えず、声の主の姿が見えない。


「あの声、タロちんのお兄ちゃんじゃない?」


「へぇー、そうなの?」


「あぁ、青年部の中で一番下っ端だから、司会進行役をやらされてるみたいだな。」


すぐそばで同級生たちの会話が聞こえてくる。


「ところで、お前たち、なんで浴衣なんだよ。校舎の中はホコリだらけだぞ?」


「えぇ? 知らないし! だいたい、今日、なんのイベントなのかも知らされてないから!」


「なんだよ、タロちん! こいつらに教えてなかったのかよ!?」


「へっへー! どうせならビックリさせたいからな!」


「あーぁ、その浴衣、ぜったい汚れるぜ。」


「えぇーーー!?」


朱音は同級生たちの会話に聞き耳を立てて、情報を集めていた。どうやら、浴衣を着てきたのは失敗だったらしい。そして、とても気に入っている浴衣なのに汚れると聞いて、さらにテンションが下がる。


「おい、うるさいぞ! キモ試しのルール説明が聞こえないだろ!」


「きもだめし!?」


それを聞いた朱音は思わず声が出てしまった。オバケとか幽霊とか、そういったホラー系の話は苦手なのだ。キモ試しなんて、もってのほかだった。


「・・・ということで、今回のキモ試しはクジを引いてもらって『隠れる人』たちと、『探す人』たちに分かれてもらいます。先に『隠れる人』たちだけで、白い布を持って、校舎の中へ入ってもらって隠れてもらいます。隠れる場所を探す、制限時間は15分です。校舎内なら、どこへ隠れても構いません。ただし、校舎の外や屋根の上、鍵がかかっている教室など、危険そうな場所には行かないでください。あと、割れている窓には近づかないでください。落ちているガラス片には気を付けてください。」


拡声器から聞こえてくるルール説明は、書面をただ読んでいるみたいで、棒読みの声だった。


「なんだ、今回のキモ試しは、かくれんぼかよ。せっかく女子と2人で手を繋いで歩けると思ったのによー!」


「ばーか! 誰があんたと手を繋ぐかって!」


「しーっ! 聞こえないってば!」


「・・・15分後、『もういいかい?』と、このメガホンで聞きます。『隠れる人』たちは『もういいよ』と大きな声で返事をしてください。それを合図に、今度は『探す人』が校舎へ入ります。制限時間は、15分です。隠れてる人を見つけたら、白い布を剥ぎ取って、『見ーつけた』と大きな声で宣言してください。見つかった人は、手をあげながら校舎から出てきてください。制限時間になったら、このメガホンで『終了』と言います。制限時間内に、隠れている人たちを全員見つけられたら、『探す人』たちの勝ちです。制限時間までに、全員を見つけられなかったら、『隠れる人』たちの勝ちです。」


「余裕じゃね?」


「どっちの話だよ? 隠れる側か? 探す側か?」


「あんな小さい校舎なら、どこに隠れてても見つかるし。探す側が有利だろ。」


男の子たちの会話が聞こえてきた。朱音も、その意見に賛成だった。絶対、『探す人』になりたい。あんな校舎に15分も隠れて、さらに探されている間の15分も隠れ続けていたら・・・30分も、あの校舎の中にいなきゃいけないことになる。そんな怖い思いはしたくないと朱音は思った。


「なぁんだ、賞金とか賞品とか、なんにもねぇのかよ。」


「この村の青年部だぞ? そんな費用、あるわけねぇだろ。」


「・・・。」


みんなの輪に入れない朱音。目が合っても誰も話しかけてこないあたり、沙保里がこの中にいるとしても、自分には気づいていないのかもしれない。このまま、そっと輪から外れて、1人で帰ってしまっても誰も気づかないんじゃないか。誰にも迷惑をかけるわけじゃないし・・・朱音はそう思えてきた。


「あー、あー、最後に、この小泉小学校、最後の校長先生だった、吉住よしずみ校長先生のご挨拶です。」


「へぇー、あの校長、来てたんだー。」


「懐かしいなー。」


そーっと後ずさりし始めていた朱音も、ふと足を止めて、拡声器の声がする方向を見た。

しかし、やっぱり人混みが多すぎて、誰が喋っているのか、顔が見えない。

少しでも高い台の上で喋ってくれればいいのにと朱音は思った。


キィーーーーーン!


また拡声器の不快な音が鳴り響いた。その元・校長先生へと拡声器を手渡したのだろう。


「うっせ!」


「えー、ご紹介いただき、ありがとうございます。みなさん、覚えてらっしゃいますか? 当時、この学校の校長を務めていた吉住です。私は現在、島根県の小学校で校長を務めています。この小学校が廃校になって、数年経ちましたが、みなさんが元気よく通っていた頃が、昨日のことのように思い出されます。この校舎が、今年の秋には解体されることが決定したと聞き、大変、寂しく感じます。思えば、私がこの村を訪れた年は、昭和が終わろうとしていた頃・・・。」


朱音は知らなかった。この校舎が今年の秋には無くなることなんて。

思い出という思い出を思い出せない朱音だが、それでも、ぼんやりとこの校舎へ通っていたことを思い出せる。その思い出の場所が消えてしまうのは、少し寂しい気がした。

そう思うと、今回のイベントが、この校舎での最後の思い出になるのだと感じて・・・この場から動けなくなってしまった。


「校長の話、相変わらず、なげぇーな。小学校の歴史を語りだしたぞ。」


「あ、クジ箱が回ってきたぞ! 俺に早く引かせろ!」


元・校長先生が話している内に、肝試しのクジが入った四角い箱が人から人へと回されてきた。

この場にいる全員が参加するわけじゃなく、参加する意思がある人だけが、クジを引いているようだ。

しかし、朱音の同級生たちは、当然のようにクジを引いている。

うまく、アレを回避できないだろうか?と朱音は考えていたが、そうこうしているうちに、クジ引きの箱は、朱音の目の前に回ってきた。


「ほれ。えーっと・・・誰だっけ?」


朱音に箱を渡そうとしている男の子が、朱音の名前を思い出せず、動きが止まった。


「あの、えっと、私・・・。」


ここで強く拒否してしまえば回避できるかもしれないと思った朱音は、頭脳を総動員して、断る理由を探したのだが、


「誰だよ、この可愛い子。同じクラスにいたか?」


「え、お前、知らねぇのかよ。」


「お前は知ってんのかよ?」


「・・・俺も知らねぇ。」


目の前で箱を持った男の子と、その隣にいる男の子が、そんな会話をし始めた。

中学校も高校も、部活に専念していた朱音は、あまり男の子たちと話すことが少なかったため、


「か、か、可愛いだなんて、そんな・・・! そんな・・・!」


今まで言われたことがない言葉に反応してしまい、顔を真っ赤にして、しどろもどろになった。


「ちょっと、光男! 朱音ちゃんを忘れたの!? 朱音ちゃんも早くクジ箱、受け取ってよ!」


「え、あ、ごめん!」


朱音の後ろから、水月が声をかけてくれた。

その拍子に、箱を拒否するつもりだった朱音は、まんまと受け取ってしまい、


「早く、クジ引いちゃって、朱音ちゃん。」


「あ、ぅ・・・うん!」


水月に急かされるがままに、クジを引かされてしまった。


クジの結果、朱音は『探す人』になった。


「あ、『探す人』って書いてあるー。よかったー。あんな気味悪い校舎で、隠れてなきゃいけないって、どんな罰ゲームよって思ってたわ。」


どうやら、水月も『探す人』になったようだ。

ほかの女の子たちに、そう話している。ほかの女の子たちは『隠れる人』になったらしい。

周りの反応を見ていると、ほとんどの人が『隠れる人』になっている。


「おい、水月、俺のと交換してくれよー!」


「やだよー。絶対、譲らなーい!」


タロちんが水月に、クジの交換を交渉しているが、水月のほうは交換に応じる気が無いようだ。


ガガッ ピィーーー! ヒィーーー!


拡声器の不快音が鳴り、やっと元・校長先生の話が終わったことを知る。




- - - - - - - -




とうとう青年部の『納涼!夏のホラー2021』・・・『肝試しかくれんぼ大会』が、始まった。


気づけば、すっかり陽が消えていて、3つの露店の店先にぶら下がっている、たくさんの小さな赤い提灯だけが、このグランドを照らしていた。圧倒的に光の量が足りず、グランドは薄暗い。そんな赤い提灯の灯りに照らされて、古い校舎が赤く浮かび上がっている。


最初は、小学生の部。小学生と親たちのグループからだ。

校舎が古すぎて、あちこち破損しているし、小さい子供たちが怪我をしないようにと配慮して、保護者同伴ということになっているようだ。

それにしても、参加人数が少ない。子供たちは20人程度。

もしかしたら、ここへ来ていない子供たちもいるのかもしれないが、そもそも小さな村だから、ここにいるのが全ての小学生だと説明されても納得できてしまう。

このグランドにいる多くは大人たちだ。青年部だけじゃなく、村の大人たちも世話係りとして、この場に集まっている。


『隠れる人』たちには、校舎へ入る前に、大きな白い布きれを手渡されていた。

大人でも余裕で、すっぽり覆い被さるぐらいの、大きな白い布きれ。

つまり、『隠れる人』たちは『オバケ』役をしながら隠れるわけだ。

『探す人』たちは、『隠れる人』たちを見つけたいけど、『オバケ』を見つけることになるわけだから、ドキドキする。『隠れる人』たちも、見つからないように息を潜めなきゃいけないからドキドキする。

『肝試し』と『かくれんぼ』の両方のドキドキする要素を、うまく取り入れたイベントのようだ。


「青年部の企画にしては、うまくできてるなー。」


「タロちんのお兄ちゃんが発案者じゃないの?」


「いや、たぶん違うと思う。兄ちゃんは、こんな面倒くさいこと、やりたがらないからな。」


「そういえば、あの校長、ロリコンってあだ名じゃなかった?」


「あー、そういえば、なんか、そういうことがあったような・・・。」


「あはは、窓から白いの見えちゃってるヤツがいるぞ!」


「というか、あのオバケ、めっちゃ廊下走ってるな! あっはっは! おもしれー!」


校舎の中は真っ暗だが、窓からは『隠れる人』たちが持って歩いている懐中電灯の灯りや、白い布きれが目立っていて、その動きだけは、よく見えていた。

真っ暗な校舎の中だから、隠れる人たちも、けっこう怖いだろう。中から子供たちの声が「きゃーきゃー」聞こえてきていた。


しかし、グランドで待っている人たちは退屈だ。

同級生たちは、その様子を見ながら、思い思いに喋り合っているが、朱音には、いまだに誰からも話しかけられていない。

朱音は、本来、自分から話しかける性格だった。でも、それは初対面の人に対してのことだ。

目の前にいるのは、同級生たち。初対面ではない。以前、いっしょに学び、いっしょに遊んだことがある・・・はずの、友達たちだ。しかし、朱音は、記憶が曖昧で、顔も名前もほとんど覚えていない。

「また、水月のように、覚えていないことで怒らせてしまったら、どうしよう」と考えると、どうしても自分から話しかけられないでいた。


キィーーーー


「もういいかい!?」


拡声器の不快音が鳴った後、青年部の誰かが、校舎に向かって、そう呼びかけた。

すると・・・


「もーいーよー!」「もーーーいいーよぉー!」


校舎の中から、次々に、多くの子供たちの声が返ってきた。

隠れている人たちは、もう懐中電灯を消して息を潜めているから、校舎の中は真っ暗だ。

白い布切れが窓から見えるという失態を犯している人たちもいない。


「では、『探す人』たち、校舎へ入ってください。中は真っ暗ですので、あまり走らないでください。転倒する恐れがあります。懐中電灯、持ってない人は、こちらで貸し出してまーす! 終わったら、あとでここに返してくださーい!」


拡声器の号令で、『探す人』たちが、次々に校舎へと入っていく。

なんとなく、『探す人』の人数が少ない気がした。

途端に、「きゃーきゃー」と子供たちの声が校舎に響き渡ってくる。

窓から見える懐中電灯の動きが激しくて、外から見ている分には楽しいかも、と朱音は感じた。

しかし、このあと自分たちも校舎の中へ入らなくてはならないと思うと、恐怖で背筋がゾクっとした。


「ねぇ、朱音ちゃん。」


「え?」


水月の提案で、ほかの同級生たちへ朱音を紹介してくれることになった。

自分たちの順番を待っている間、ヒマを持て余していた同級生たちが誰からともなく、朱音のことに気づき、「あの子、誰?」という話になっていたので、先に知っていた水月が紹介するという話のながれになったらしい。

そこで、朱音は自己紹介しつつも、正直に、全員のことを覚えていないことを話した。

嫌われるかもしれないという恐怖よりも、知らないことを黙ったまま、このイベントに参加し続けることに罪悪感を感じていたからだ。

朱音は、この小学校を卒業した後、父の仕事の都合で、何回も引っ越し、転校していたことを明かした。そのせいで、たくさんの友達の顔と名前を覚えきれなかったことを話した。


「なぁんだ、そうだったの。」


水月は、朱音が自分のことを覚えていないことに、少なからず寂しさを感じていたが、理由を聞いて納得したようだった。


それから、9人の同級生の簡単な自己紹介が始まった。


男の子は5人。

丸坊主で小麦色の肌、学生服を着てきた『タロちん』こと、『朔太郎さくたろう』。

同じく丸坊主で小麦色の肌、緑色のTシャツを着ている、『光男みつお』。

角刈りの短髪を少し茶色っぽく染めてる、黒いTシャツの『サク』こと、『佐久雄さくお』。

一番背が高く、少し前髪が長くて、赤いシャツを着ている『ヨウちゃん』こと、『洋一よういち』。

メガネをかけていて、白いシャツを着ている、『寛太かんた』。


ちなみに、タロちんは、朔太郎だから「サク」というあだ名だったらしいし、実際、家族にはそう呼ばれているが、同じクラスに佐久雄がいて、佐久雄も周りから「サク」と呼ばれていたから、「タロちん」というあだ名に変更させられたらしい。


女子は4人。

長い髪を後ろに一つ結んでいて、美人顔、藍色の浴衣の『水月みつき』。

朱音と同じショートヘアで、色白、淡い赤色の浴衣を着ている、『紗枝さえ』。

長い髪で少し茶色に染めてて、少し破けた白いTシャツを着ている、『翔子しょうこ』。

メガネをかけていて、ショートヘアで、ピンク色のシャツを着ている、『結衣ゆい』。


「一度に覚えられなくても仕方ないと思うけど、よろしくね。」


水月が、そう言った。

朱音は、この場にいる友達のだいたいの顔と名前を覚えたし、みんなの顔は、どこか面影がある。

しかし、水月の言う通り、この先、ずっと覚えていられるかは分からない。

今夜のイベントが終わって、明日には忘れてしまうかもしれないと朱音は思ったが、それよりも、朱音は気になっていることがあった。


「あの、沙保里は・・・?」


「は?」


「ううん! なんでもない!」


自己紹介してくれた女の子たちの中に、沙保里がいなかったのだ。

気になったので、話しかけてきた水月に聞こうとしたが、沙保里の名前を出した途端に、また水月の目つきが怖くなったので、朱音は慌てて首を振った。小さな声で話しかけたので、水月以外には聞こえていない。


それにしても・・・水月の、この反応・・・もしかして、沙保里はみんなに嫌われているのだろうか?

もしくは、水月とだけ仲が悪いとか? だから、このイベントに呼ばれていないのか?


だとしたら、なぜ・・・朱音にこのイベントのことを知らせてくれたのだろうか?


今すぐスマホの通話アプリで連絡して、沙保里本人に聞いてみたいと思い、朱音はスマホを取り出してみたが、相変わらずスマホは全ての電波が届いていない状態だった。


「あ、それ! 新しいやつじゃん!」


「え? あ、うん、やっと買ってもらえたんだー。」


「それ、あたしのと同じ機種だー!」


「えー! いいなー!」


朱音がスマホを取り出した途端に、同級生たちが盛り上がった。

みんながスマホを持っているわけではなさそうだ。

朱音と同じスマホを持っていたのは、紗枝だった。紗枝も水月と同じく、高校生になってから県外へ引っ越して、その時に買ってもらえたとか。

女の子たちの中で、スマホを持っていないのは、翔子だけだった。見た目が派手というか、朱音たちよりも都会に住んでいそうな服装をしている翔子だが、今もずっと村に住んでいると言った。


「うち、wifi来てないんだよねー。電波届かないから買う必要ないとか言われてさー。」


「俺んちも、そうだよ。早く大人になって、この村から出るしかないなー。」


男の子数人も、翔子と同じく羨望の眼差しで、朱音のスマホを見ている。

インターネットの回線を家まで繋げている家庭は、この村では少ないらしい。


それから、しばらく朱音たちはスマホの話を続けた。

特に男の子たちはスマホに興味津々で、持っていなくても、やたらと詳しかった。

みんなと話している内に、少しずつ少しずつ朱音もみんなとの思い出を思い出し始めてきた。

ただ・・・やはり沙保里のことが思い出せない。

しかし、もう、みんなに沙保里のことを聞くことは出来ない。

ずっと水月が不機嫌そうな顔で朱音を見ていたからだ。


そうこうしているちに、拡声器の不快音が鳴り、小学生のグループが終わり、順調に中学生のグループも終わった。小学生のグループは『探す人』たちの勝利で終わり、中学生のグループは『隠れる人』たちの勝利で終わった。


「ところで、吉住さんはどこ行った? さっきから姿が見えないんだけど?」


「あれ、そういえば・・・でも、今夜は公民館で、じいさんばあさんたちの寄り合いがあるだろ?

あっちのほうにも呼ばれてるって言ってたから、もうそっちへ行ったんじゃないか?」


「まだ白い布を持っている人はいませんかー? こちらへ返してくださーい!」


「ひとつ破けたらしいぞ。替えのやつ、出してくれ。」


「こっちの懐中電灯、完全に壊れてる。余ってるやつ、無いかー?」


「えー? 締めの挨拶してもらう予定だったんだけどなぁ。」


「でも、始めの挨拶で予定時間オーバーしてるから、締めは無しで、ちょうどいいかもな。」


イベントの運営をしている青年部の人たちが、せわしなく動き回っていて、グランドのあちこちから声が聞こえてくる。イベントは、滞りなく順調に進んでいる。

たまに、露店の赤い提灯の灯りが、一斉に消えて、グランドが真っ暗になることがあって、その都度、グランドが真っ暗になった。集まっているみんなが大声で悲鳴を上げていたが、灯りは、すぐに復旧して、青年部の人たちは「これも演出」とか言っていた。結局のところ、小さくて古い蓄電器を使っているから、調子が悪いようだ。


そうして、いよいよ、高校生のグループの順番となったのだが、偶然か、朱音たちしか参加者の姿が見当たらなかった。


「ところで、俺たちだけかな? 先輩たちがいない気がするけど。」


光男が、首をかしげつつ、周りをきょろきょろしている。


「そりゃそうでしょ。先輩たちは受験生だもん。こんな遊びに出てこないでしょ。」


翔子がまともなことを言った。男の子たちも素直に納得したようだ。


「でも、後輩が一人もいないのは、変だなー。やっくんは、こういうの好きそうだから、絶対来てると思ったのになぁ。」


光男がそんなことを言って、またきょろきょろしている。

やっくんというのは、後輩の男の子なのだろう。

朱音たちは高校2年生。1年生たちがこのイベントへ参加しに来ていてもおかしくはないのに、1人も来ていない。


「そりゃ、来ないだろ。」


タロちんが当たり前のように言う。


「なんでだよ?」


光男が不思議そうにタロちんに聞いた。


「だって、1年生たちは、この校舎に本物の幽霊が出るって噂してたからな。」


「えぇ!?」


朱音は驚いて情けない声が出てしまった。


「あっはっは! 朱音は怖がりだなぁ。単なる噂だって。」


「噂でも怖いものは怖いのよ! なんで、イベント前にそんなこと言うかなぁ!」


怖がった朱音をタロちんが笑ったが、そんなタロちんを水月が叱った。

水月の言う通り、ここへ来る前に教えてくれるか、もしくは、せめてイベントが無事に終わってから教えてくれればいいのに・・・と、朱音も思った。


「だって、聞かれなかったからな。」


「知らないんだから、聞くわけないでしょ!」


あっけらかんとしているタロちんに、水月が叱る。

ほかのみんなは、特に2人を止めることをしないし、気を悪くしている様子が無いから、この2人の口喧嘩みたいな状態は、昔からよくあることなのだろう。


「俺も知らなかったぞ? なんで教えてくれないんだよー。」


光男もタロちんに文句を言う。光男は案外、怖がりなのかもしれない。


「サクは知ってたか?」


「あー、噂は妹から聞いたことがあったな。でも、誰も使っていない校舎に白い影がーって話だぞ?

そんなのカーテンか何かに決まってるだろ。」


光男の質問に、サクはさらりと幽霊の正体の憶測を言った。


「俺もそう思う。だから、あんまり気にすんなよ。」


サクの憶測にタロちんも乗っかって、そのまま水月たちの矛先をかわそうとしている。


「なるほど、分かった。白い影の噂を利用して、『隠れる人』たちに白い布切れを持たせてるわけか。」


メガネをくいっと人差し指で上げて、冷静に分析している寛太。


「そ、そうなのか。タロちんの兄ちゃん、さすがだな。」


それを聞いて、背の高いヨウちゃんが低い声で、タロちんのお兄ちゃんを褒めている。

何が「さすが」なのかは、誰も分からない。実際にこのイベントを企画したのはタロちんのお兄ちゃんではなさそうだが。


「・・・。」


ふと、朱音が気づいた。寛太と同じくメガネをかけている結衣の顔が青ざめていることに。


「大丈夫?」


「う、うん・・・大丈夫だよ。」


朱音が声をかけたが、結衣は青ざめた顔のまま、元気のない返事をしている。

この同級生の中でも、あまり発言をしない結衣。

もしかしたら、朱音と同じでホラー系が苦手なのに、友達の誘いを断れなかったのかもしれない。

朱音も結衣と同じ気持ちだ。怖いのに、すごくイヤなのに、「イヤ」と言えないでいる。


「結衣ちゃん、いっしょに・・・。」


キィィィィィ!


朱音が結衣に「いっしょに、このイベントを棄権しよう」と提案しかけていたが、その時、あの拡声器の不快音が鳴り響いた。


「では、高校生のグループ! 『隠れる人』たちは、校舎前に集まってください! 白い布を渡された人から校舎へ入ってください!」


タロちんのお兄ちゃんらしき人の声が聞こえてきた。


「おい、俺たちの番だぞ! 水月と朱音以外は『隠れる人』だろ? もう行こうぜ!」


「じゃ、行こっか。」


「あ」


タロちんに急かされて、女の子たちも移動を始めた。朱音の目の前にいた結衣も、翔子に手を引っ張られて、連れて行かれてしまった。あとには、朱音と水月だけが、その場に残された。




- - - - - - - -




「ここで、もう一度、注意しますが、カギがかかっている教室には隠れないでください。」


拡声器の不快音のあとに、そんな説明があった。

どうやら、中学生のグループの『隠れる人』で、カギがかかっている教室で隠れていたことが発覚したらしい。『隠れる人』たちの勝利が無効となり、『探す人』たちの勝利となった。

ちなみに勝利した側には、ささやかな粗品がもらえるようだ。勝利した人たちが、小さな袋を持っているが、中身が見えてしまっている。駄菓子の『うまい棒』が入っているようだ。


「カギがかかっているのに、どうやって教室に入ったんだろ?」


「たぶん、ベランダ側の窓からでしょ。出入り口のドアはカギがかかっているかもしれないけれど、ベランダ側の窓は開いているのかもね。」


朱音の独り言のような疑問に、隣りに立っていた水月が答えた。


「そっか、ベランダは他の教室と繋がっているから・・・。」


「そういうこと。この学校のこと、少しは思い出したの?」


「う、うん。少しだけ。」


水月に鋭く指摘されて、朱音は肩をすくめながら答えた。

実際、あまり思い出せていない。だから自信がない。


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


「っ!」


校舎から誰かの叫び声が聞こえてきて、朱音たちはびっくりして校舎を見た。

どうやら、『隠れる人』たちとなった、紗枝、翔子、結衣の誰かの叫び声のようだが、窓から見えるのは真っ暗な校舎の中で、せわしなく動き回っている懐中電灯の灯りだけだ。誰の叫び声で、いったい何が起こったのかは、外からは分からない。


「うわあああああああ!」


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」


女の子の叫び声に反応したのか、男の子たちの叫び声まで聞こえてきて、廊下を爆走している白い布が見えたり、校舎の中のあちこちで懐中電灯の灯りがバタバタ動きまくっている。


「な、何か、出たのかな・・・?」


「そんなわけないでしょ。どうせ、タロちんあたりが、翔子たちを怖がらせたんじゃない?」


朱音は怖がりながら、そう言ってみたが、水月は全然怖がっている様子が無い。

それに、水月の言うことのほうが有り得そうだと朱音は思った。


「ところでさ、朱音ちゃん・・・。」


「う、うん?」


「うわあああああああ! 来るなぁぁぁぁぁ!」


「ぎゃああああああああああ!」


校舎の中からは、まだ同級生たちの悲鳴や叫び声が聞こえているが、そんな中、水月が朱音に真剣な表情を向けた。何か真面目な話だと、朱音は感じた。


「朱音ちゃんさ・・・沙保里のこと、覚えてるの?」


「え・・・?」


朱音が聞きたかった沙保里のことを、水月から聞かれるとは思っていなかった朱音は、少しポカンとした表情になった。


「・・・う、ううん、ごめん。

名前だけは覚えているんだけど、顔も、思い出も、全然思い出せない・・・。」


朱音は少しでも思い出そうとしたが、やはり思い出せず、素直に謝ったが、


「そっか・・・そうなんだ。だから、軽々しく『沙保里に呼ばれた』とか言っちゃうんだ。」


「え・・・?」


「覚えてないなら、もう沙保里のことは言わないで。そういう冗談、マジでキツいから。

朱音ちゃんは、すぐに転校していって、すぐに忘れちゃったから平気なのかもしれないけど、私たちにとって沙保里のことはショックな出来事だったのよ。だから、みんな、沙保里のこと言わないようにしてるんだから!」


「え・・・? え・・・?」


水月が怖い顔で、そう言い出した。でも、怖い顔というより・・・どこか辛そうな顔だ。


「ちょ、ちょっと待って、水月ちゃん! な、何があったの!?」


「なんで忘れられるのよ! 私たち、仲良く遊んでたじゃない!」


どんどん言い争いみたいになっていく、朱音と水月。


「覚えてないのは、本当にごめん! 申し訳ないって本当に思ってる! でも、教えてくれないと思い出せないもん! だから、お願い、水月ちゃん! 何があったか教えてよ!」


「イヤよ! 沙保里のこと、冗談に使う朱音ちゃんになんか!」


「冗談じゃないよ!」


朱音は、すぐにスマホを取り出して、水月に見せた。スマホの画面には、通話アプリのメッセージ画面が表示されている。オフラインでも、それまでのメッセージが表示されるのだ。


「え・・・? な、なに、これ・・・? どういうこと!? うそ・・・。」


朱音のスマホ画面を見た水月の目が大きく見開かれ、顔色が一瞬にして青ざめていく。


「嘘じゃないよ! 昨日まで、こうして沙保里と・・・!」


「だって・・・だって、沙保里は・・・!」


水月の言葉に、今度は朱音が青ざめることになった。


「沙保里は、6年前から行方不明なのよ!?」


露店の提灯の、赤い灯りに照らされて、校舎は真っ赤に燃えているように見えて・・・


「ぎゃあああああああああ!」


その校舎からは、同級生たちの断末魔のような叫び声が聞こえてくる。

それをグランドから見ている大人たちは、このイベントが盛り上がっていると感じていた。




- - - - - - - -




水月は青ざめた顔色のまま、朱音からスマホを借りて、朱音といっしょにオフラインになっている通話アプリのメッセージ画面を、さかのぼって見ていた。




          8月8日


沙保里「こんにちは。久しぶり。誰だか分かる?」


     朱音「わかんない。」


沙保里「そっか、覚えてないよね。小泉小学校の沙保里です。」


     朱音「あー。小泉小学校って●●県の?」


沙保里「そうそう。」


     朱音「小泉中学校! 沙保里!」


沙保里「そうそう、その沙保里。」


     朱音「ごめん、あまり覚えてない。」


沙保里「それは寂しいな。でも6年前だし仕方ないね。私は覚えてたよ。」


     朱音「そっか、6年! 早いねー!」


沙保里「6年ぶりに、みんなに会いたいと思って。」


     朱音「うん?」


沙保里「今度、小学校の校舎を使って青年部のイベントがあるんだって。みんなで参加しようってことになったみたい。」


     朱音「ふーん。何やるの?」


沙保里「それは私も知らないけど、これを機に、みんなで集まろうって話。同窓会みたいな感じ。」


     朱音「同窓会、いいね。いつやるの?」


沙保里「お盆休み。15日らしいよ。」


     朱音「もうすぐじゃん!」


沙保里「急すぎたかな? 無理かな?」


     朱音「生きます!」


     朱音「違った! 行きます!」


沙保里「よかった。みんな、そろうね。」




          8月10日


     朱音「こんにちは。」


     朱音「そっちには15日に到着予定だよ。イベント当日だけど、始まるのは7時だもんね?」


沙保里「よかった。間に合うね。」


     朱音「それにしても、よく私のことを覚えててくれたね。」


     朱音「わざわざお祖母ちゃんに連絡先を聞きに行くなんて。」


沙保里「うん、どうしても会いたいから。」


     朱音「ごめんね。覚えてなくて。」


沙保里「ううん、いいよ。会えるんだから、気にしてない。」


     朱音「ありがとう。」


     朱音「そう言えば、お祖母ちゃんが」


     朱音「小さい子が聞きに来たって電話で聞いたけど、沙保里って小さいの?」


沙保里「うん、昔から小さかったからね。」


沙保里「会えるの、楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。楽しみ。」


     朱音「どんだけ楽しみなの。」




          8月14日


     朱音「こんにちは! いよいよ明日だね!」


     朱音「明日のお昼過ぎには、そっちの駅に着くけど、みんなより先に駅で会う?」


沙保里「まだ会えない。」


     朱音「? 分かったよ。」


     朱音「そう言えば、お祖母ちゃんとこで浴衣に着替えるんだったわ。」


     朱音「じゃぁ、明日の7時、小学校で会おうね!」


沙保里「待ってる。」




沙保里とのメッセージのやり取りは、そこで終わっていた。

しばらく黙って、朱音のスマホを見つめる水月。スマホ画面の灯りに照らされている水月の顔は、とてもイヤそうな顔に見えた。その隣りで、同じように黙ってスマホを見つめる朱音。


「・・・ごめん、朱音ちゃん。本当の事だったんだね。」


「う、うん・・・。」


水月は、静かにそう言った。ショックを隠し切れない顔色だ。

朱音も同じように、青ざめている。


「これ、たぶん、誰かのイタズラだと思う。」


「え?」


「だって、沙保里は、6年前から行方不明なんだから。

覚えていない朱音ちゃんを怖がらせるために、誰かが沙保里の名前を使って、朱音ちゃんをイベントに誘ったんだよ、きっと。」


そう言うと、水月の表情は、徐々に怖い顔になっていく。


「許せない!」


水月は、そう言い放って、スマホを乱暴に朱音に返した。


「そ、そうなの? これ、本当に・・・、沙保里のニセモノなの?」


「当たり前でしょ! 沙保里が行方不明になったのはニュースでも新聞でも取り上げられたし、警察と地元の消防団、大勢の村じゅうの大人たちが、沙保里を、必死になって探したんだよ!?

それでも沙保里は見つからなかったんだから・・・。」


水月は、矢継ぎ早にそう言って、最後には寂しそうに下を向いた。


「う、うん、そうなんだね・・・。」


水月の説明を聞いて、朱音は何か思い出しそうになっていたが、頭の中にモヤがかかったかのように、思い出せず、スッキリできないでいた。


「こういうこと考えるのは、タロちんのやつか!」


「えぇ? でも、それだったら、さっき私と再会した時に、

私の事、覚えてなかったのは、おかしいような・・・?」


グランドの入り口のゲートで会った時の、タロちんは、完全に朱音のことを忘れていたようだったが、


「でも、こんなくだらないこと考えるのは、タロちん以外に考えられない。

いや、もしかしたら、男子たちがグルだったのかも?」


「そ、そっか・・・じゃぁ、私、騙されてたんだね。」


水月は、タロちんが主犯で、男の子たちがグルだと断定しているらしい。

朱音のほうは、犯人が誰でもいい感じだった。自分とメッセージをやり取りした相手が、生きている人間であるという事実を知って、逆に安心したようだ。


「あいつらぁ・・・絶対、許せない! ね、朱音ちゃん!」


「え、う、うん! そうだね・・・なんか、腹立ってきたかも!」


怒りに燃える水月に焚きつけられて、朱音もムカムカと腹が立ってきた。ついさっきまで、思い出せなくて、得体の知れないモヤモヤのせいで気持ちが落ちていたが、怒りという感情で、気持ちを持ち直したようだ。


「やっと静かになったな。」


すぐそばにいた、大人の誰かがそう言った。そこで、朱音たちも気づいた。

校舎から、あれだけ聞こえていた同級生たちの絶叫が、ピタリと止んで静かになっていたのだ。

むしろ、何の音も聞こえてこないから、まるで校舎の中に誰もいないように感じる。


ピィィィィィー キーーー


「時間になりましたぁ! もうーいいーかい!?」


拡声器の不快音のあと、タロちんのお兄ちゃんと思われる人が、校舎に向かって、そう呼びかける。


「・・・。」


「・・・なんだ? どうした?」


グランドにいる大人たちが、ざわざわし始めた。

校舎から、誰の返事も返ってこないのだ。


「おーい! 返事はしろよー! もぉーいーかーいー!!」


拡声器なのに、さらに大きな声で、タロちんのお兄ちゃんが叫ぶ。

その声が、校舎に跳ね返って、グランドどころか村全体にまで響いているようだった。


「あっはっは! なんだ、あいつら! 隠れるのに必死なのか? おーい、返事ぐらいしろー!」


「おーい!」


「返事しねぇと始まらんぞー!?」


そのうち、拡声器を持っていない大人たちも校舎に向かって、呼びかけ始めたが、


「・・・。」


校舎からは、相変わらず返事がない。


「ったく、サクのやつ、仕方ねぇな。こういう演出で、盛り上げてるつもりなのか?

もう時間ないから、『探す人』たちは、前に来てくださーい! 懐中電灯を受け取ったら、入ってもらいまーす!」


拡声器の人は、時間を気にして、返事がなくても『探す人』を校舎へ送り込むつもりらしい。

それを聞いて、


「ここまでして、私たちを脅かそうって考えなのね・・・呆れた。

よし、タロちんのやつ見つけて、ガツンと言ってやる! 行こう、朱音ちゃん!」


「え、え? い、行くの!? 返事なかったけど、みんな、大丈夫なのかな!?」


「あんなやつら、知らない!」


水月は、おどおどしている朱音の手を引っ張って、校舎前へと歩いていく。

朱音は大人たちがざわついているのを見て、また、恐怖心がよみがえってきた。

校舎の中で、何かトラブルがあったのではないだろうか?

何か・・・本当に・・・出たのではないだろうか?

朱音は、そう思うと、先ほどまでの水月と一緒に怒っていた気持ちが消えてなくなっていた。




- - - - - - - -




水月と朱音が人混みをかき分けて、校舎前へ移動すると、


「あれ? 2人だけ?」


「はい、私たちだけです。」


拡声器を持った男の人に話しかけられて、水月はそう答えた。


「おかしいな。『隠れる人』と『探す人』は半々ぐらいになる予定で、クジ作ったはずなんだけど。」


「何言ってんだよ。クジは全部で30枚ぐらい作ってたじゃねぇか。」


「あぁ、そっかー。高校生が全然集まらなかったせいか。」


「だから言ったろ。今どきの高校生は集まらないって。」


「今、ここで言うなよ。仕方ないだろ。」


拡声器を持った男の人と、そばにいた男の人で話し合いが始まった。

『探す人』が少なすぎることが問題だと思っているらしい。


「あの、タロち・・・いや、朔太郎君のお兄さんですよね?」


水月が、拡声器を持った男の人に話しかける。


「おう、そうだけど・・・あー、サクの友達だよな。なんとなく見覚えある。

なんか、ごめんな、あいつのせいで微妙な空気になっちまって。

あいつ、昔っから悪ふざけする癖があるからよー。」


「いいえ、いいんです。あいつ見つけて、ガツンと言うつもりなので。

私たち、もう行っていいですか?」


水月は、さっさと校舎へ突入したいらしい。

青年部の誤算は、問題ないと言いたいのだろう。


「あぁ、いいけど・・・女の子2人だけで大丈夫か?」


「ちょっと不安で・・・。」


「大丈夫です!」


タロちんのお兄ちゃんが心配そうに声をかけてくれて、朱音が「無理」と答えたかったが、その前に、水月がきっぱり「大丈夫」と言い切ってしまった。


「時間的に、早く見つけたほうがいいと思うから、俺も一緒に・・・。」


バツン!


「え!?」


「きゃーーー!」


「おい、誰だよ! 灯り、消したやつ!」


タロちんのお兄ちゃんが、何か言おうとしていた時に、グランドを照らしていた露店の提灯の灯りが、急に消えてしまった。いきなり闇に包まれたグランド。その場にいる全ての人たちが騒然となった。


「どうした? どうした?」


みんな、自分の懐中電灯を持っていて、それを点け始めて、現状を確認し始めた。


「蓄電器だわー。たぶんバッテリー切れかなー。」


「おいおい、本当かよ。俺に見せてみー。」


露店の裏側から、男の人たちの声が聞こえてきた。古くて小さい蓄電器が壊れてしまったようだ。


「おい、こりゃ、無理だぞ! 青年部ー!」


「はーい! マジか。まいったなー。」


タロちんのお兄ちゃんも懐中電灯を持って、露店の方へと走り出した。


「・・・行こう、朱音ちゃん。」


「えぇ!? 今!?」


蓄電器のせいで、青年部の人たちが校舎前からいなくなってしまったのをいいことに、水月は、朱音の手を引っ張って、校舎の生徒昇降口へと歩き出した。

古い木製のドアが2枚、閉まっている。鉄製の手すりが付いているが、完全に錆びているようだ。


「よし、開けるよ。」


「う、うん!」


ギィシィ・・・ギィィィィ・・・


ドアは押しても引いても開くタイプだ。

2人で、古くて建て付けが悪いドアを押し開けて、中の様子を見るために、懐中電灯の灯りを照らす。


「・・・。」


小さめで、木製の下駄箱が、たくさん並んでいる。ところどころ、靴入れの棚に蜘蛛の巣が張ってある。

傘立ても見事に錆びていて、赤茶色になっていて、数年前に誰かが忘れたままの黄色い傘が刺さっていた。そこも、蜘蛛の巣が張ってあって、懐中電灯の灯りで照らすと、キラキラと白く光った。


「・・・不気味ね。」


「うん・・・。」


バタンッ


「きゃっ!」


建て付けの悪いドアは、閉まる時だけスムーズに閉まり、勢い余って大きな音を立てて閉まった。

朱音が驚いて声を出してしまった。ドアの音と朱音の声は、静かな校舎内に響いた。しかし、その後は、不気味なほど静かになった。

ドアには小窓が付いているが、外のグランドも真っ暗なので、何も灯りが入ってこない。校舎内は、完全に闇の中だった。2人が持っている懐中電灯の灯りだけが頼りだ。

空気が、やや重くて、暑い・・・。昼間の日差しのせいで、校舎内に熱い空気が溜まっているようだ。


カラ コロン カラン コロン


水月もビビりそうになっていたが、震えている朱音の手を引っ張って、下駄箱の列を突っ切っていく。水月が歩くたびに、下駄の音が校舎内に響く。あまりにも静かすぎて、水月は怒りを忘れて、少し冷静になってきているようだ。


「わぁ・・・。」


すると、少し広い廊下に出た。

目の前には2階への階段が見えていて、壁には、何かの標語や、何かのポスターが貼り付いている。何枚かは破れていたり、めくれていたり。廊下は、ここから左右に分かれている。

朱音は、懐中電灯で、左側の廊下を照らしてみたが、当然のように人影はない。

最近の学校とは違って、何もかもが木製だ。こげ茶色の木の廊下が、ずっと奥まで続いている。古い木の匂いがしている。水月は、朱音とは反対側、右側の廊下を懐中電灯で照らしている。


「ここで、二手に分かれて・・・。」


「無理無理無理・・・!」


水月は、そう言いかけただけだったが、朱音は思い切り首を横に振って、水月にしがみついてきた。


「分かった、分かったから。あんまりくっつかないで。浴衣がシワになるから。」


「あ、そうだった。」


「私も、さすがに1人は無理だから。いっしょに行こ。」


「うんうん!」


そう言って、朱音は強く水月の手を握る。


「いっ! ちょ、ちょっと痛いって!」


「あ、あぁ、ご、ごめん!」


ソフトボール部で鍛えた握力で、思いっきり水月の手を握ってしまったようだ。

朱音は恐怖でカチコチになっていて、力加減が出来なくなっている。


「まずは、どこから見る?」


「う、うーん・・・分かんない。水月ちゃんは、校舎の中、覚えてるの?」


「そっか、朱音ちゃん、本当に何も覚えてないんだね・・・。」


水月はどこから見て回るか、パートナーに相談したかったが、そのパートナーである朱音は、校舎内の構造を覚えていないので、役に立たないことが分かった。それが分かった時点で、水月は、少し心細く感じた。


「う、うーん・・・でも、私だったら・・・トイレには隠れないかな。」


朱音も、ただ震えているだけでは申し訳ないと感じ取ったのか、少しでも考えて、自分の意見を提案しようとしている。


「え、そう? 隠れやすそうだけど。」


「いや、隠れやすいけど、そこにずっと隠れなきゃいけないってなったら、怖くて無理だよ。」


「そっか、なるほど。じゃぁ、トイレは最後にして・・・。

とりあえず時間もないし、歩きながら探そっか。」


「うん・・・。」


カラッ コロッ カラン コロン


朱音は、自分が隠れることを想像しただけで、怖くなって震えている。そんな朱音の手を引いて、水月は右側の廊下を歩き出した。

2人が照らす懐中電灯の灯りで、すぐそばの教室の名札が浮かび上がった。


「『用務員室』・・・。」


朱音が震えて言うから、怖そうな部屋に感じる。

2人は、この部屋に一度も入ったことがなかった。普通の教室じゃないというだけで、何か特別な・・・生徒が入ってはいけないような空気を、昔も今も、2人は感じていた。


カタン


「!」


2人が『用務員室』のドアの前に立っていたら、突然、廊下の奥から音がした。

それは、廊下に何か落としたような、そんな音だった。

2人、同時に音が鳴った方向へと懐中電灯の灯りを向けた。


「あ!」


「ひっ!」


廊下の奥の奥に、白い布きれを被った人が立っていた。布を被っているから、それが誰なのか分からない。朱音は、自分が『探す人』なのを忘れて、悲鳴をあげそうになった。


「だ、誰!?」


「・・・。」


水月が少し大きな声で、廊下の奥にいる人に聞いたが、相手からは返事が無い。

ただ、水月の声に反応して、ピクンと動いたように見えた。

そして、


ザザッ・・・ ザ・・・ ザッ・・・


廊下の奥に立っていた人は、一歩ずつ、一歩ずつ、こちらへ向かって歩き出した。

引きずっているような足音が廊下に響く。


「タロちんなの!? それとも、光男!? サク!? 寛太!?」


水月は、同級生の男の子たちの名前を次々に出して、近づいてくる人に呼び掛けるが、相手は依然として無反応のまま、ゆっくり近づいてきている。


「・・・な、なんで、出てきちゃったんだろ?」


その異様な光景に、震えながら、朱音がそうつぶやいた。

先に校舎へ入った同級生たちは『隠れる人』側なのだから、自分から姿を現してきたことに違和感を感じていた。


ザ・・・ ザッ・・・ ザッ・・・


「あ、朱音ちゃん、一回、玄関から出よう!」


「え!? う、うん!」


カラッ コロッ カラッ コロッ


タロちんたちの嫌がらせに決まっている・・・。頭の中では、そう断定している水月だが、感じている違和感が何なのか分からず、恐怖を感じていた。同級生の誰かなのは間違いないのに、不気味過ぎて、どうにもイヤな気持ちになって、この場から逃げたくなったのだ。幸い、生徒昇降口が近い。一旦、外に出ようと、朱音の手を引いて、また下駄箱の列を突っ切った。


ガチャッ


「え!?」


水月が出入り口のドアを押してみたが、開かない。すかさず引いてみたが、それでも開かない。押しても引いても開くドアが、押しても引いても開かないのだ。


ガチャッ ガチャッ ガチャッ


「何、どうしたの!? どうして!? え!? え!?」


朱音もパニックになりながら、すぐに水月と一緒にドアを押したり引いたりしてみたが、ドアはビクともしない。


「なんで、カギがかかってるの!? カギ、どこ!?」


水月がすぐに錠を開ける箇所を探す。外側からはキーがないと錠が開かないだろうが、内側からなら、手動で開くはずだ。しかし、不思議なことに、ドアにそれらしき箇所が見当たらない。


ザッ・・・ ザッ・・・


その間にも右側の廊下から、不気味に近づいてくる足音が響いてくる。

水月も朱音も焦り過ぎて、ドアの錠の箇所を見つけられないでいた。


ドンドンドン! ドンドンドン!


「開けて下さーい! 開けてー!」


「開けてーーー!」


ついに2人はドアを叩き始めて、外に向かって、助けを求めた。これだけ大きな声で騒いでいるのに、外からは誰も来てくれない。


ザッ・・・


足音が、かなり近くまで来ていることを感じた水月は、


「ここはダメだ! 逃げよう!」


「え!? ど、どこに!?」


朱音の手を引いて、また下駄箱の列を突っ切った。


カラッ コロッ カラッ コロッ 


水月は下駄を履いているので、走りづらい。

廊下へ出て、懐中電灯で右側の廊下を照らしたら、白い布の人は、まだかなり奥を歩いていた。

しかし、着実に、さっきよりもこちらへ近づいてきている。


「ねぇ! タロちんなんでしょ!? もうやめてよ! 返事して!」


水月はさっきよりも大きな声で、白い布の人に、怒鳴るように叫んだが、白い布の人は相変わらず無反応で、ゆっくり、ゆっくりと、こちらへ歩いてくるだけだった。


「こっち!」


「え!?」


水月は2階への階段へ走り出した。朱音も水月の後をすぐに追う。


「な、なんで2階に!?」


「非常階段があったはず!」


朱音は2階へ行くと、ますます追い詰められる気がしたが、水月は2階の非常階段から外へ逃げようと考えていたようだ。出口がそこにあると聞いて、朱音は内心、少しホッとした。


カコッ カコン カコッ コロン


2人とも浴衣なので、とても足が上げづらい。水月は下駄なので、余計に階段が昇りづらかったが、それでも、なりふり構っていられない。

2階への階段を駆け上がった2人は、息を切らしながらも、懐中電灯で左右に伸びている廊下を照らした。2階も、1階と同じく、長い長い木製の廊下が左右に伸びていた。


「ど、どっち?」


「えーと、こっち!」


朱音は思い出せないが、水月はかろうじて非常階段の場所を覚えているようだ。朱音と水月は、またどちらともなくお互いの手を握って、左側の廊下へと駆け出した。


ギッ ギッ ギィッ ギッ


カラッ コロッ カラッ コロッ 


古い木製の廊下は、2人の足に合わせて、きしむような音を響かせた。

浴衣が走りづらい。こんなことなら普段着で来ればよかったと水月も朱音も感じていた。

懐中電灯で前方を照らしながら駆けていくと、その途中で、廊下がキラリと光った気がして、2人とも足を止めた。


「え!?」


「な、なんか、濡れてる?」


懐中電灯で、光った部分を照らしているが、暗すぎて分からない。木製の廊下も老朽化していて木が黒くなっているから、余計に分からないが、廊下の真ん中に少し大きな真っ黒な水溜まりが出来ていた。

ただの水なのか、それとも、違う何かの液体なのか・・・灯りが反射して懐中電灯だけでは、それが何なのかは判断できなかった。


「きっと水だよ。古い校舎だから、雨漏りとか。」


ポタッ


水月がそう言った時、目の前の水溜まりに、水滴が落ちた。


「ほら、やっぱり・・・。」


そう言って、水月が天井を懐中電灯で照らしたら、


「「きゃあああああああああああ!」」


校舎内に2人の絶叫が響き渡る。真っ白な天井に、真っ赤な液体・・・血がべったりと付いていて、そこからポタリポタリと血が落ちてきていたのだ。


カラッ ギッ コロッ ギッ カラッ ギッ コロッ ギィ 


「え! え! ちょっ! 水月ちゃん!? 水月ちゃーーーん!!」


冷静だと思っていた水月が、朱音の手を振りほどいて、今来た廊下の方へと走り出してしまった。走りにくい下駄で、それなりのスピードで駆けていく水月。朱音は、すぐに追いかけたかったが、びっくりしすぎて体が硬直してしまったかのように、その場を動けなかった。

あっという間に、水月が持って走っている懐中電灯の灯りが、廊下の奥へと行ってしまった。


「そんなぁ・・・。」


1人、取り残された朱音は泣きそうなほど、心細くなったが、それどころではない。まだ1階の方からは、ゆっくりとあの足音が聞こえてきている。水月を追いかけたいけど、もう水月の懐中電灯の灯りが見えなくなっている。どこかの教室に隠れてしまったのかもしれない。とてもじゃないけど、1人では隠れた水月を探せる自信が無い。


「こ、この先に、非常階段、あるんだよね・・・。」


朱音は震えながら、懐中電灯の灯りを、血溜まりの先の廊下を照らした。たしかに、廊下の奥の奥に、ドアらしき物が見えている気がする。


「うぅ・・・うー・・・。」


朱音は泣きそうな声を上げながら、少しずつ、少しずつ、血溜まりを避けて、進みだした。


ギッ ギッ ギィッ ギッ


血溜まりを通り過ぎてから、朱音は走り出した。もう1秒でも早くこの校舎から出たいと思った。


「うわ!? えぇ~・・・!? なに? なんなの?」


朱音が走っていると、また途中の廊下に、なにか落ちている。


「ひぃ!」


ゆっくり近づいて、懐中電灯の灯りを当てて見ると、それは下駄だった。片足分だけの下駄。ピンク色の鼻緒に・・・べったりと赤い血が付いていたので、朱音は思わず叫びそうになった。しかし、大きな声を上げれば、1階から近づいてきている白い布の人が、こっちの方へ来てしまう気がした。


「もう、やめてよぉ・・・。もうやだ、ここ・・・。」


朱音は小さな声で文句を言いながら、その下駄を避けて通り、そして、また走り出した。


「これ、絶対、なんかあったんだよ。こんなの、肝試しにしては、やりすぎだよ。」


朱音は、そうブツブツつぶやきながら走った。朱音が持っている懐中電灯の灯りが、ついに廊下の突き当たりのドアを照らした。


「きゃあああああああ!」


大きな声をあげないようにしていた朱音だったが、思わず叫んでしまった。

廊下の突き当たりにあるドアに、赤い血がべったりと付いていたからだ。まるで、バケツに入った血をぶちまけたかのように、ドア全面に飛び散っている。


「もうやだぁ・・・もうやだよぉ・・・ふぇぇ・・・帰りたい・・・。」


とうとう朱音は泣きだした。グスグスと鼻を鳴らしている。

しかし、ここで立ち止まっているわけにはいかない。白い布の人が、どこにいるのかは分からないが、足音が聞こえてくる。もう2階に上がってきている気がする。

朱音は泣きながらも気を取り直して、懐中電灯でドアノブを照らした。そこにも血がべったりと付いていて、雫がポタポタと落ちている。


「これ、握らなきゃダメなのぉ? やだよぉ・・・いやぁ・・・。」


半べそ状態で、朱音は文句を言いながら、意を決して、血だらけのドアノブを握った。

べちゃっとして、ぬるっとした感触が伝わってきて、ゾゾゾっと全身の毛が逆立っていくのを感じた。

しかし、


ガチャ ガチャ ガチャ ガチャ


「なんでぇ・・・? なんで、開かないのぉ・・・? もういやぁ・・・!」


一縷の望みである非常階段へのドアが、全然開かない。どんなにドアノブを回しても回しても。朱音は、血で滑っているのかと思って、力強く握っているが開かない。

そのうち、


ギッ   ギッ   ギィッ   ギッ


「ふぇっ・・・!」


とうとう、今来た廊下の方から、廊下がきしむ音がし始めた。足音は、ゆっくり、ゆっくり、こっちへ近づいてきている。水月が戻ってきてくれた・・・と思いたいが、あまりにもゆっくり過ぎるし、下駄の音がしない。白い布の人だとしか思えない。懐中電灯で照らして確認したいけど怖くて出来ない。


ガチャ ガチャ ガチャ ガチャ


「なんで、開かないのよぉ! もうぉ!!!」


朱音は懐中電灯を小脇に抱えて、両手で思い切りドアノブを握って、乱暴に回し始めた。それでも、ドアは押しても引いても開かない。錠がかかっているなら、内側から開けられるはずなのに、それらしき箇所が見当たらない。


「ふぅ・・・! ふぇ・・・!」


朱音は非常階段への脱出を諦めて、ドアから離れた。

半べそ状態の朱音は、すぐそばの教室の戸が開いていたので、そこへ入っていった。懐中電灯で中を照らすと、机や椅子は、教室の奥へと集められていて、中央はガランとしていた。


「ひっ! ふぇぇぇ・・・!」


ふいに懐中電灯の灯りに照らされた白い布を見つけて、悲鳴をあげそうになったが、それが窓のそばにある白いカーテンだと、すぐに気づいて泣きそうになった。


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


姿を確認していないが、確実に白い布の人が、こっちへ向かってきている。廊下のきしむ音で感じる。

朱音は、隠れる場所を探したが、この教室には隠れられそうな場所が無い。掃除道具が入っていそうな木製のロッカーを見つけたが、その前に机と椅子が山積しているから、とてもじゃないが、それらを退かしている時間はない。


「ま、窓・・・。」


朱音は、水月との会話を思い出して、教室の窓側へ向かった。

たしか、カギがかかっている教室が、この校舎のどこかにあって、そこへ入るには、ほかの教室の窓からベランダへ出て、その教室へ入り込む・・・という話だった。


「よし・・・続いてる!」


ベランダへの窓は開いていた。そこから、ベランダへ出てみれば、ベランダも木製で、朱音が出た途端にギシっときしむ音がした。懐中電灯で照らしてみれば、ベランダは、ずっと奥まで続いている。

ふと気づけば、涼しい。校舎内の暑い空気から解放された気分だ。

朱音は注意しながら、ベランダを歩き始めた。ほとんどの教室の窓が閉まっている。カギがかかっているかは分からないが、これなら白い布の人がいきなり出てくることは無さそうだと、朱音は感じていた。

それにしても・・・外も真っ暗だ。街灯が一つもない。

ベランダは廊下よりも狭くて、今、何かに襲われても逃げ場がない。朱音は、想像しただけでブルブルっと震えた。


ギィッ メキィッ ギッ ギシッ


この、きしむ音は、自分が出している足音なのか? あの白い布の人の足音なのか?

朱音は自分の足音すら分からなくなってきていた。

そうして、ビクビクしながらベランダを歩いていくと、とうとう行き止まりまで来てしまった。懐中電灯で照らしてみたら、行き止まりの先、向こう側にもベランダがある。たぶん、この空いている空間は階段がある場所なのだろう。


「あ、窓が開いて・・・うっ!」


ちょうど教室への窓が開いていると思って、懐中電灯で照らしてみれば、窓は開いているのではなく、割れていた。たくさんのガラス片がベランダに落ちている。割れている窓からは、とてもじゃないけど教室へ入れない。そんな所を通れば、窓枠に残っている鋭利なガラスで怪我をしてしまう。朱音は、その窓を開けようとしたが、カギがかかっていて開かない。仕方なく、慎重に、割れている窓から手を入れて、内側の錠を探った。ふと、何かに触れた。


「何、これ・・・。回る?」


指に触れた、小さな突起を、なんとなくひねってみたら回ったので、朱音はそれをくるくる回してみたら、それがカギになっていたようだ。窓が開けられた。


「うんしょ!」


窓から、そっと教室へと入る。浴衣なのに大股開きで侵入したが、今はそれどころではない。


「何これ、こんなカギ、見たことない・・・。」


気になって、今開けた窓を教室側から見たくなって、懐中電灯を当ててみれば、今まで見たことがないようなタイプのカギだった。長細い棒状のカギがぶら下がっていて、それを穴に入れて回すだけの、とても単純なカギ。


「もしかして、1階の昇降口のドアも、非常階段のドアも、このタイプだったのかな?」


朱音は一度、ベランダという外に出られたことによって、冷静さを取り戻していた。

生徒昇降口のドアも、非常階段へのドアも、このタイプだったのなら、水月も自分も、このカギの存在に気づかなかった可能性があると思った。


ギィッ


「っ!」


廊下から聞こえてくる音で、朱音は我に返る。白い布の人は、まだ廊下にいたようだ。足音は、かなり遠い気がする。懐中電灯の灯りを、廊下に向けないように注意して、今いる教室内を照らしてみた。さっきの教室と同様に、机と椅子が、教室の片隅に集められて山積しているが、掃除道具を入れるための木製のロッカーが開いていた。

そこに隠れて、やり過ごそうと朱音は考えた。


「きゃっ・・・!!!」


しかし、ロッカーに近づいて見れば、ロッカーの中は、真っ赤な血がべったり付いていて、ロッカーからこぼれた血で、教室の床に血溜まりが出来ていた。

うっかり小さな悲鳴を上げてしまった朱音。慌てて自分で自分の口を塞いだが、


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


廊下にいる白い布の人に気づかれてしまったらしい。足音が、ゆっくりこちらへ向かってきている。

もう考えている余裕が無いと思った朱音は、意を決して、その血だらけのロッカーの中へ入って、ロッカーの戸を閉めた。


ゴトゴトッ


また音を立ててしまったが仕方ない。

朱音は慌てて懐中電灯を消して・・・そのまま動かないように、息を殺して、足音が過ぎるのを待った。


真っ暗だ。何も見えない。目を開けても閉じても同じだ。そして、とても狭い。暑い。気づけば、朱音は汗でびっしょりだ。ふいに気持ち悪い、むせ返るようなニオイを嗅いで、咳き込みそうになり、それをグッとこらえた。血だらけのドアノブを触った手で、自分の口を塞いでいたため、血のニオイでむせ返りそうになっていたことに朱音は気づかなかった。背中に、べったりとした液体の感触を感じたが、それが自分の汗なのか、ロッカーに付いていた血が浴衣に染み込んできているのか、それも朱音には分からなかった。


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


ロッカーの戸を閉めているため、廊下からの足音が小さく聞こえる。あの白い布の人が、今、どのあたりを歩いているのか、さっぱり分からない。とにかく、去って行ってくれることを、朱音は息を殺して祈っていた。


「・・・。」


息苦しい。臭い。暑い。熱い。頭がボーっとしてきた。

だいたい、自分は『探す人』なのに、どうして隠れているのだろう?

こっちへ迫ってきている、あの白い布の人・・・あの人の白い布をめくってしまえば、終わるのではないだろうか?

朱音は、そう思ったが、今はもう、どうでもよくなってきた。とにかく怖い。早くここから逃げたい。


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


ドッドッドッと自分の心臓音が聞こえてきそうだ。その心臓音と、廊下の足音が、同時に聞こえてきて・・・もう、どっちがどっちの音か、分からなくなってくる。


・・・前にも、こんなことがあったような・・・。


朱音は、ぼんやりそんなことを思い出していた。あれは、いつだったか?

小さい頃・・・ここで・・・こんなふうに、同じように、かくれんぼして遊んでいて・・・。


そうだ・・・沙保里と、いっしょに・・・この学校で・・・かくれんぼしていて・・・暑くて、苦しくて・・・でも見つかりたくなくて・・・鬼が来るのを待っていた。


鬼は、誰だったかな?


すっかり遅くなって・・・外が真っ暗になっていて・・・仕方なく、沙保里を探しながら、帰ろうとしてて・・・でも、沙保里が見つからなくて・・・結局、私だけ置いていかれて、沙保里も帰っちゃったと思い込んで・・・一人で、おうちに帰って・・・。


おうちに帰ったら・・・親に、みんなに、叱られて・・・沙保里がいなくて・・・。


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


「・・・どうして、今まで忘れてたんだろ・・・。そうだ、私・・・。」


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


「沙保里がいなくなったの、自分のせいだと思って・・・。泣いて謝って・・・。」


ギッ   ギッ   ギッ   ギッ


「そうだ・・・鬼は、あの人だった・・・。あの優しそうな・・・。でも、怖くて言えなくて・・・。」




~♪ ~♪ ~♪


ビクッ ゴトンッ


静まり返っていたロッカーの中で、突然、大きな音楽が鳴り響いて、朱音はビクンと身震いして、我に返った。暑すぎて、空気が薄くて、意識が朦朧としていた自分に気づいた。驚きすぎて、懐中電灯を落としてしまった。

その音楽は、朱音のスマホから鳴っていた。アラーム機能を設定していたわけじゃない。電池切れの警告音でもない。携帯電話もwifiの電波も一切届かない、この場所で、朱音のスマホは、通話アプリにメッセージが届いたことを知らせていた。

朱音は、早く着信音を切らなければと思って、慌てて浴衣の袖を探るが、ロッカーが狭すぎて、慌てすぎて、スマホがどこにあるのか分からない。


そうこうしている内に・・・


ガコンッ!!!


「あ・・・。」


ふいに、ロッカーの戸が開かれた。新しい空気が入ってきて、少しひんやりした。

真っ暗なロッカーの中で、真っ暗な教室の中なのに、目の前が白い・・・。

朱音の前に、白い布の人が立っているのだ。


「ミィ・・・ツ・・・ケ・・・タ・・・。」


その声は、朱音にも聞き覚えがある声だった。




朱音は、通話アプリのメッセージを確認することはできなかったが、新着のメッセージには、こう書かれていた。




沙保里「やっと会えた。」











- - - - - - - - 朱音パート 完 - - - - - - - -




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ