episode 16 もやもや
「え? そんな事があったんだ!?」
朝になって最後にもぞもぞと起きた美咲に夕べの事を話して聞かせると、一発で目が覚めたみたいだ。
「つーか、あれだけ騒いでたのに起きてこないとか」
「あっははー! 私って一度寝ちゃうと大抵の事じゃ起きないんだよねー」
笑ってるけど、家が火事になったら真っ先に焼け死ぬタイプじゃん。
「それにしても、そっかー。西宮さんの家庭教師が夕弦のお兄ちゃんとか出来過ぎた小説みたいでウケる」
いやいや、私は全然笑えないんですけど!?
だって雅君と心の関係を知った時、正直面白くないって思っちゃったから。それは心が家庭教師の先生の事が好きだって知ってるからだ。
そんな2人の関係を知った時沈んだ気持ちになったのは、やっぱり私も雅君の事……。
(とにかく、私の気持ちを心に悟られたら駄目だ。そんな事になったら私と心の関係が壊れる気がする)
「んで? 結局昨日会えなかったけど、夕弦のお兄ちゃんってどうだった? イケメンだった?」
「え? うーん、まぁイケメンだったんじゃね? パンイチだったけど」
心が雅君の外見の評価を濁すように答えたのが気になったけど、今は考えないようにしよう。
そんなやり取りをしてると、部屋の外からいい匂いが漂ってきた。きっと雅君が朝食を作ってくれてるんだろう。
「おぉ、いい匂い。滅茶苦茶お腹減ってきた」
「起き抜けでよく食欲わくね」
「なんたって健康優良児ですから!」
「優良児て……まぁいいし」
昨日のパジャマ女子会の頃から随分と仲良くなった2人は良い匂いに釣られるように布団を手早く畳むと、ささっとパジャマを脱いで私服に着替えた。
「夕弦いつまでパジャマ着てんの?」
「え? あぁ、そっか」
何時もならパジャマのまま部屋を出るところだけど、こうして友達が泊まってたら一緒に着替えて出ていかないと絵面的に問題あるのか。
2人に急かされて私も部屋着に着替えると、美咲がいざ出陣と言わんばかりの張り切りようで部屋のドアを開けた。
「うわっ! すっご!」
「おぉ、確かに」
部屋を出てダイニングに向かった先に、どこのカフェのモーニングと言いたくなるような、所謂映える朝食がテーブルに配膳されていた。
何時も食べている私でさえ、これは気合いれて作ったなとすぐに分かるお洒落な朝食に、雅君の意図が見て取れる。
多分昨日の事のお詫びを兼ねてるんだろう。気にするなとは言えないけど、こうして行動でお詫びをしようとするのは雅君のいいところだと思う。
「あら、おはよう。よく眠れたかしら」
「おはようございます。ここ凄く居心地がよくてグッスリ眠れました」
いや、比喩とかじゃなくて私達があんなに騒いでたのに、ホントにグッスリ寝てたよね。
「お、おはようございます」
心はまだお母さんに緊張してるみたいだ。まぁ、今までが今までだからゆっくり時間をかけてくしかないね。
「凄く美味しそうですね! それに滅茶苦茶お洒落で可愛いし! お母さんが作られたんですか?」
「ふふ、そうよ。といいたいとこだけど、これは息子が作ったのよ。なんでも昨日沢山美味しい物を作る約束だったのに、バイトで間に合わなかったお詫びがしたいからですって」
なんだ、お詫びはお詫びでも昨日間に合わなかった事のお詫びだったのか。
「お兄さんがこれ作ったんですか!? すっご! 女子力高い男の人って素敵ですよねぇ」
「ふふふ、ありがとう。私の自慢の息子だから褒めてくれると嬉しいわ」
まったく血の繋がった実の娘の前で義理の息子を絶賛する母親ってどうなのよ? まぁ、自慢したくなる気持ちは分かるけど、さ。
「あの……そのセンセじゃなくて、雅サンは」
「少し寝坊したみたいで慌ててお料理してたから、オリーブオイルを派手に零しちゃってね。それで今シャワー浴びてるのよ」
シャワー? なんて嫌な響きだ。勿論夕べみたいにパンイチで登場する心配はないのは分かってるんだけど、濡れ髪の処理の仕方が問題だ。
(……いつも通りだとマズ――)
「あ、皆起きてたんだ。朝食出来てるからどうぞ」
脱衣所に先回りしてとか考えてた時に、時すでに遅しと聞きなれた声が聞こえてきた。声の主は勿論この朝食を作った本人である雅君だ。
「あ、おはようございます。お邪魔してま……うえっ!?」
ダイニングに現れた雅君に真っ先に挨拶しようとした美咲が間抜けな声とともに動きを止めた。
嫌な予感というものはやっぱり当たるものだ。シャワーを浴びてると聞いた時点で予想していた事だけど、やっぱり何時ものように濡れた髪を掻き上げている状態で私達の前に登場したのだ。
その結果、初見で雅君の顔を見た美咲の思考が緊急停止した、と。
(……恐ろしいほど予想通りの展開になってしまった)
「えっと、初めまして夕弦の兄の雅です。妹がいつもお世話になってます」
「…………」
変な声に反応する事なく雅君はさわやかな笑顔で固まってる美咲に挨拶してるところを見るに、やはりというか何で美咲の様子が変貌したのか気付いていない。
「? これからも夕弦と仲良くしてやって下さいね」
まだ言うか。
だから関わるなって言ったのに……。
これは割って入って美咲の意識を戻さないとと思った時、停止していた思考を緊急再起動させた美咲が動いた。
「い、いえ! こちらこそです! 何なら義理の姉妹として仲良くしたいって言うか!」
何言ってんだ、この子。
「おはよ、センセ」
美咲の暴走を止めようと今度こそ2人の間に入り込もうとしたんだけど、タッチの差で心が雅君に声をかけた。
「おはよう、心。夕べはその……驚かせてごめんな」
「アーシはあんまり気にしてないからいいし。それよりセンセが作ったご飯食べたい」
「おっと、そうだった。それじゃ焼き物するからテーブルに座っててくれ」
「んーん。アーシも手伝う」
心は心でこの家に雅君がいると知って嬉しそう。
家族が友達と仲良くなるのは嬉しいんだけど、これはちょっと微妙だ。
「わ、私もお手伝いしまし!」
あーあ、美咲まで……。てか、『し』ってなに『し』って。
「ありがとな。でも2人はお客さんなんだから待ってて。夕弦!」
「は、はい!」
「ちょっと手伝ってくれるか?」
「う、うん!」
私が面白くないって顔してたからかは分からないけど、手伝うって言ってる心と美咲をダイニングに残して、私をキッチンに呼んでくれた事が嬉しくて、思わず返事する声が無駄に大きくなっちゃった。
「はい、これで全部だ。冷めないうちにどうぞ」
テーブルに並べられた朝食は美咲じゃないけど、ホントにカフェで出てくるみたいなお洒落なモーニングプレートで、引っ越してきてからいつも食べてる私も思わず目を見張るものだった。
「なんか何時もより凄くない? 雅君」
「あぁ、昨日夕弦とした約束守れなかったから、これはそのお詫びとして早起きして作ったんだ。その……夕弦、昨日はホントごめんな」
律儀な雅君の事だからしつこいくらいに謝ってくるんだろうとは思ってたけど、目に見える形で謝ってきたのは初めてだ。
「それはもういいよ。でもあんなに遅くなるなんて何かあったの?」
「そうだ、それ気になってたし。昨日のシフトって18時あがりだったよね? 店でなんかあったん?」
そうだった。心は雅君の生徒だけど、同じお店で働いてるバイト仲間でもあるんだっけ。
「あーうん。あがるちょっと前に入ってきた客達がさ、俺を指名してきてさ」
「なんだ、そんなんよくある事じゃん。当然断ったんしょ?」
「まあな。そんなサービスは行ってないって人見さんが断ってくれたんだけど、昨日の客は他の客達と一緒になって徹底抗戦を始めちゃってさ」
「な、なる……。それで?」
「断り続けてくれてた人見さんがだんだん能面みたいな顔になってきてな。流石にヤバいと思ってマスターと一緒に割って入ったんだよ。それでこの場はしかたなく――」
「マスターサンに時給アップって言われたんしょ?」
「!! な、何故それを!?」
なるほど。私にもオチが見えた。
つまりこの場を納める為に指名を許可したマスターが雅君に残業を頼んで遅くなったってとこか。その際に時給アップするからって条件に雅君の首が縦に動いた、と。
(……はぁ、雅君らし過ぎるオチだわ、これ)
「センセ狙いのオンナ共にもにわかとガチ勢がいたんだね。そのガチ勢のオンナの顔って覚えてる?」
「まぁあれだけ色々させられたら覚えてるけど……え? ガチ勢ってなに?」
「今度はアーシがそのオンナ共と話つけてやるから、どいつか教えるし!」
「いやいや! なに馬鹿な事言ってんだよ。相手は客なんだぞ!?」
「客だからって何してもいいわけないし! センセを執事カフェの店員みたいに扱いやがって――ゼッテー出禁にしてやるし!」
物騒な事言ってるけど、私もそれには同意だ。
お客だからって何でも求めていいわけじゃない。ガチ勢とかにわかとかよく分かんないけど、雅君を異性として求めたいのであれば客という立場を利用するのはマナー的にNGだ。
「そうですよ! あ、そうだ! 私もそこでバイトしますよ!」
ホントさっきから何言ってんの、この子。
美咲の魂胆が透けて見える。
同じバイト先に潜り込んで雅君に近づこうってのが見え見えだ。それじゃ、そのガチ勢とやってる事変わらないと思うんだけど。
「その必要ないし。この程度の事なんてアーシと人見サンだけで充分だし」
人見さんもセットなんだね。会った事ないけど気の毒になってくるよ。
「何言ってんだ。美咲ちゃんは勿論だけど、心もそんな事しなくていい。それに昨日は迷惑だとは思ったけど、指名された事自体はちょっと嬉しかったんだから」
「…………は? 嬉しかった?」
「あぁ、それだけ俺の接客態度を気に入ってくれたって事なんだから」
「「……………………」」
うん、それは黙るよね。もう鈍いとか通り越してわざとってレベルだもんね。
「ね、ねぇ西宮さん。お兄さん何言ってんの?」
「……あぁ、うん。こういう人だからセンセって」
「?」




