episode 26 ハジメての女
余りの淡泊な自己紹介?のあと一瞬妙な空気になったけど、梨田さんが全員揃ったところで仕切り直しだと、再度ジョッキを構えて音頭をとった。
梨田さんのおかげで何とかその場は誤魔化せたけど、約一名の疑惑を含んだ――いや、疑惑しかない視線は相変わらず俺を捉えたままだ。
「2人はどういう関係なんだ?」
「だから昔のちょっとした知り合いなんだって」
「…………」
瑛太の追撃をのらりくらりと交わす俺の隣で、有紀は知らぬ存ぜぬと言わんばかりに無視を決め込んでチビチビとチューハイを飲んでやがる。
有紀が俺に気付いても知らん顔していればこんな事にはならなかったというのに、相変わらず勝手な奴だ。
「ねぇ、有紀ちゃん。雅はこう言ってるけど、実際どうなん?」
「そんな事より、馴れ馴れしく名前で呼ばないでもらえる? 気分悪いんだけど」
「…………」
はい、撃沈!
その辺の女と同じように近付こうとするからだ、バカめ。
有紀が余計な事言い出す前に、とっとと諦めてどっか行ってくれ。
「……でも、そうね。アンタを黙らせるのに丁度いいから、質問に答えてあげる」
…………え? ち、ちょっ!
「ウチと雅の関係だったね。ウチと雅はハジメテの関係ってやつよ。《《お互い》》にね」
「…………は?」
う、嘘だろ、有紀。
何で一番バラされたくない事を、一番知られたくない奴に暴露すんだよ!
「み、雅……嘘、だよな? ゆ、葛西さんの大人のパーティージョーク、だよな? なぁ! そうだよなぁ!? みやびぃぃぃ!?」
怖い!怖い!目が血走ってて怖いって瑛太!
「……い、いや、その……これには訳があって、だな」
「訳ってなんだよ! お前彼女いた事ないって言ってたろ!? あれは嘘だったのかよ!」
嘘は言ってない。ただ……
「お前同志じゃなかったんか!? 実は彼女いるのに嘘ついて、必死になってる俺を嘲笑ってやがったのか!?」
いや、いつ同志になったんだよ……。
俺は嘘なんてついてない。今まで彼女なんていた事ないのは本当だ。
ただ、童貞とも言ってないだけだ。
特大の爆弾を投下した張本人はギャンギャン煩い瑛太と、何とか宥めようしている俺の間で、無表情のままこの騒ぎを肴に酎ハイを飲んでいる姿に殺意を抱いたのは言うまでもない。
とにかく、だ。
一番厄介な爆弾を投下されたとはいえ、これ以上余計な事を暴露されたらたまったものではない。一刻も早く有紀の口を塞がねば!
「有紀!」
「なに?」
「話がある。ちょっと来い!」
俺は有無を言わさず有紀の手首を掴んで立ち上がる。
「お、おい! どこ行くんだよ! 俺の話はまだ――」
「――うるせえ! 文句なら後で纏めて聞いてやるから黙ってろ!」
引き留めようとした瑛太に一喝して、俺は有紀の手を強引に引いて座敷席から連れ出した。
座敷を出て襖を閉めると、中の騒がしさが少し遠くに感じる。
店は盛況のようでこの座敷以外も多くの客が酒と料理に舌鼓を打っていて、店員の元気な掛け声があちこちであがっていた。
俺はなるべく店員の邪魔にならない通路の端に有紀を連れて行き、すかさず壁に押し付けて無言の圧力をかけた。
だが、俺が何故圧力をかけているのか理解出来ないのか、壁に押し付けられた有紀はコテンと首を傾げている。
「なに?」
「何って、お前なぁ!」
有紀はいきなり連れ出されて壁に押し付けられたというのに、全く表情を変えずに淡々と問う。
外見は少し幼さを残すもののすっかり大学生っぽく、女の子から女性に成長していたけど、感情を一切表さないところはあの日のままだと俺は落胆の息を吐く。
昔、あんな事があってから表情に変化がなくなり、まるで感情が死んでいるようにさえ思える姿は相変わらずみたいだ。
有紀は少し語尾を荒げて詰め寄る俺にヤレヤレと小さく息を吐いたかと思うと、徐に着ているジャケットを少し開けて見せた。
「あの夜からどれだけ育ったか確かめたい? ウチは別にいいけど流石にここじゃ……ね」
「あほか! 誰がそんな事するか! 違くて、何で俺達の関係を暴露すんだよ!」
「なんで? あの夜の事は雅にとって隠したい程の汚点だったっていうの?」
「お、汚点とまでは言わんけど、付き合ってもない俺達が関係をもってるなんて知られたら、色々とマズイだろうが! これからお前もあのサークルで映画を撮るんだろ!?」
「……あぁ、そういう意味。なら心配いらない」
「え? いや、だってお前――」
「――ウチはしつこい勧誘にウンザリしててね。それでこの飲み会の席で最後にするって言うから来ただけ」
言って、有紀は壁に押し当てていた俺の腕を払い除けたかと思うと、二の腕に自分の腕を絡ませた状態で座敷へ戻ろうと歩き出した。
これじゃ威勢よく連れ出した時と真逆の態勢どころか柔らかいのが当たってて、貧弱度合いがマシマシだ。
このまま戻るのはなんか色気に負かされた情けない男感が半端なく、どうにか絡められた腕を解こうと試みたものの、結局解く事が出来ないまま有紀は座敷の襖を開けた。
戻った座敷の大部屋はそれぞれこれからの活動について話し合ったり、上機嫌な笑い声がおこっていたりと様々な盛り上がりをみせていたが、会長の梨田さんだけ神妙な顔つきで戻ってきた俺達をジッと見ていた。因みに瑛太は完全にお通夜モードで、御猪口で日本酒を飲む背中に哀愁が漂っていたが、今は無視でいいだろう。
俺と有紀は、まるで準備されていたかのようにポッカリと空いている梨田さんの向かいの席に座る。
「何か飲むかい?」
「あー、えっと、それじゃハイボールを」
「葛西さんは?」
「ウチはもういい」
分かったと頷いた梨田さんはスタッフを呼んで、俺の注文を通してくれた。
「さて、今日は来てくれてありがとう、葛西さん」
「別に……。これで諦めるって話だったから来ただけ」
「……うん。やっぱり気持ちは変わらないかい? 確かにウチは二番煎じサークルだけど、映画製作に注ぐ情熱は【IMAGE】にも負けてないつもりなんだけど」
「IMAGEとかモグリとかの問題じゃない。ウチはプロとして活動してる。大学のサークルで撮る映画に関わるつもりはない」
プロとして活動しているなんて初耳で、いつの間にそんな大きな夢を見つける事が出来たんだと、俺は有紀の話に興味をもった。
有紀の言う通りプロの女優として活動しているのなら、こう言っちゃなんだが学生の映画制作なんて眼中にないのも頷ける話だ。
「うん。葛西さんがどれだけの実力をもっていて、その才能をメジャーな世界に向けるのは当然の事だと思う。でもね? アマチュアの映画製作だからこそ得る経験というのも、きっとこれからの君の財産になると思うんだ」
「ウチのそんな回り道をしてる暇はない」
「回り道と感じるかは葛西さん次第なんじゃないかな」
「なに? 煽ってんの?」
「そうとってもらっても構わないよ」
さっきの有紀の発言に梨田さんも思う所があったのか、腰の低い対応から少し強気な態度に変わった。
プロ志望の有紀的には学生のお遊びなんだろうけど、梨田さん達にとっては真剣に取り組んでいる事なんだから、癇に障るのも部外者の俺にでも分かる。
「この際だからハッキリ言わせてもらうけど、ウチは学生のお遊びに付き合うつもりはない。例えコンテストでいい結果を出せたとしても、先に繋がるものがなければウチには意味がない事だから」
有紀が現在どのレベルの女優でどれだけの世界にいるのか知らない。だけど、少なくとも学生のコンクールで優勝したとしても得るものがないという世界にいるんだろう。
それが有紀が梨田さんのスカウトを断わる理由だとすれば、梨田さんに交渉の余地はないように思う。
「まぁ、気に障ったのならあやまる……つもりはないけど」
(ないんかい!)
「ウチはウチ、そっちはそっちで真剣に打ち込んでいる事があって、それは交わる事はない。それぞれ目指す場所が違うんだから当たり前の事」
感情を込めたわけじゃなくて淡々と言った事なのに、有紀の言葉が染み渡っていく。
きっとそれは、有紀自身の経験則からくる言葉だからなんだろう。中学の卒業式を待たずに俺の前から姿を消したあの日から、こうして再会するまでの長い時間に有紀だけが知りえる出来事があって、夢と呼べるものを手に入れた。
その間にも色んな事があって、そられを1つ1つ乗り越えてきた経験が『これは違う』と有紀に言ってるんじゃないかと思う。
であれば、梨田さんがいくら情熱をもってサークルの映画制作を語って聞かせても意味のない事なんだろう。
今目の前でそんな事を話し合っている2人が羨ましいって思ってる自分がいる。
俺にはまだそんな情熱をもって取り組んでいる事なんてない。
小説を書くのは好きだけど、それだって金がかからない事を前提に選んだ趣味ってだけで、本気で向き合っているかと問われれば即答でNOと答えるだろう。
梨田さんは卒業後、映画の制作会社に就職を目指して就活を始めてるらしいし、有紀は当然プロの女優を目指して進んでいくんだろう。
「……そうか、そうだよな。正直に言うとさ、葛西さんの演技レベルの高さも勿論なんだけど、君の知名度も欲しかったんだよね。葛西さんの名前を出せば話題になるって期待もあってスカウトしてた。こんなんじゃ駄目だよなぁ」
「別にそれは悪い事じゃない。余程の事をしなければ、それは十分に戦略として必要になる場合だってあるから。期待には応えられないけど、いい映画を作って欲しいとは思う」
梨田さんもそうだけど、有紀も大人だ。本当にタメなんか疑うレベルの考え方をもってる。
「ん? 知名度? 有紀ってそんなに有名なのか? 確か動画配信やってるってのは聞いてたけど」
「え? 月城君。葛西さんと知り合いなんだろ? それなのに知らないのか!?」
知り合いたって中学以来に会ったんだぞ? そんなん知らんがな。
「葛西さんは動画配信サイトWeTubeの配信者で、チャンネル登録数が十分な収益を得る数に達している人気WeTuberなんだぞ!?」
ほーん。そんなに凄いんか。
「なぁ、有紀」
「なに?」
「お前のチャンネル登録者数ってどのくらい? 1万か? 2万か?」
いくら有名といっても、大学のサークルが欲しがる程度なんだから、精々そんなもんだろうと訊いてみた。
「この前15万超えた」
「じゅっ!?」
数字を聞いた刹那、俺は即座にスマホを取り出して、光の速さで登録者数15万の収入をググる。
「なっ!?」
登録者数15万の平均収入額を見て、俺は直ぐに言葉が出てこなかった。
だって……だって……金額がさぁ!
「お、おい。15万の平均収入ってこれで合ってるか?」
ググった金額がどうも現実味がなくて、俺はスマホの画面を有紀に見せて確認を取る。
「うん。だいたいそんな感じ」
「マジかぁ!?」
動画配信者って人気があればそんなに貰えるもんなんか!?
いや、だからこそ現代社会において小学生に将来したい職業アンケートの上位にWeTuberが常にあるんだもんな。
というか、だ。
有紀、お前。常日頃から年中無休で寝てる時まで(知らんけど)クールを通り越して人形みたいに表情筋が死んでるくせに――金持ちやったんかーい!!




