episode・24 2人きりの夕食
心から面接受かったと連絡があってから一週間後。
高校生である夕弦や心が期末テストの真っ最中で、義妹の夕弦と家庭教師をしている生徒である心のテスト結果をぼんやりと考えながら、家の用事をこなしていると俺のスマホに連絡が入った。
差出人は映研サークルの会長である梨田さんからで、以前誘われていた決起集会の日取りの候補の連絡だった。
候補日は三通りあって、その内の二通りが問題ない事を確認してから返信した。
それから一時間後に俺が大丈夫な日の片方で調整がついたらしく、集合する店の名前と住所に集合時間が送られてきて、俺は了承する内容の返信してスマホを閉じた。
実は梨田さんと話してから作っている物がある。
試行錯誤の繰り返しで進捗状況は芳しくなかったが、その日取りなら何とか間に合いそうだと安堵の息をつく。
そう。瑛太と梨田さんに頼まれていた脚本を起こす為のプロットを作っていたのだ。
あれだけ必要とされれば、趣味とは言え悪い気は正直しなかった。確かに金にはならなくて、本来なら断る案件ではあるけれど、物書きとしてのスキルアップは今後の活動の為にプラスになると判断したからだ。
とはいえ、実際自分でどこまでの物が書けるのか自信がなかったから、決起集会から書き始めるのではなく集まったメンバーに判断して貰おうと思ったんだ。
「よしっ! 日にちも決まった事だし、ペース上げて行かないとな」
俺は再びPCの前につき、カタカタとキーボードを叩く音を響かせた。
翌日、今日は家庭教師のバイトの日だった。
俺はいつもの時間に西宮邸の前に到着して、高級感溢れる音がするインターフォンを鳴らす。
だがいつもと違ったのは、いつも出迎えてくれたのが西宮さんの奥さんではなく、心自身だった事だ。
何でも今まで俺がここを訪れる時に心の母親が出迎えていたのは、相当無理をしていたみたいで本来絶対に家にいない時間だったらしい。
父親と同様に、母親も仕事に追われてる立場なんだそうだ。
それでも心配だからと家に居るようにしていたらしいのだが、俺を信用したみたいで完全に仕事モードに戻ったと心が坦々と説明してくれた。
「センセは適当に座ってて! アーシ飲み物持ってくるけど、珈琲でよかったよね?」
「あぁ、ありがとう」
心がそう言って部屋から出て行ってから、俺は講義の準備を始めた。
そういえばここに通い始めてから、俺達だけだったのは初めての事だと気付く。
と言っても、それは特別意識する必要はなく、俺はいつも通りに講義をするだけだと準備を終えた時、心が一階から珈琲を部屋に運んできた。
インスタントコーヒーではなく、ウチと同じドリップ式の珈琲だったようで、いつも西宮さんが淹れてくれる香りとは少し違った香りが部屋に漂う。
心が机の椅子に座り、今日やる単元のテキストを準備する間に一口飲んでみた。
やはりドリップは淹れる人間で味が変わるもので、心が淹れた珈琲からはいつもより少し酸味が強い味がした。
本当に珈琲が好きな人間は、この酸味を好むらしい。
その証拠に有名な高級豆の殆どが酸味が強い傾向があるのだ。
因みに俺の好みもその酸味が強い珈琲を好んでいる為、飲み終える度に自然と口角が上がった。
「うん。美味いな」
「ホ、ホント!?」
「あぁ、正直言っていつも淹れてくれるお母さんの味より、心が淹れてくれた方が好みだよ」
言うと、何も言わない心の方を見ると、モジモジとしていた。
トイレなら先に行っておけと言ったら、怒られたのは何故だろう。
そんな事は隅に置いて講義を始める。
ここ最近、余裕が出来たきたのか、心は予習を済ませている事が多くなった。
その影響は抜群の効果があり、新しい単元だからと一から説明する必要がなく、その分応用問題を多く解く事が出来るうえに、分からない箇所の説明に時間をかける事が出来て非常に効率のいい講義が展開出来ている。
まだ本人言うと調子に乗られても敵わないから言わないけど、これはもしかするとって手応えを感じてきた。
講師の俺がそう思えるのだから、心本人はもっと感じているかもしれない。
油断は絶対に駄目だけど、自信はある程度あった方がいいから、この流れを維持する事に努めようと思う。
今日も内容の濃い講義が出来た。
心も満足げに頷いていて、次の単元の説明を目を輝かせながら訊いてくる。
うん。本当にいい空気になってきた。
俺は只の家庭教師だけど、こんな空気が出来てしまうと必要以上に期待してしまうのは仕方がない事だろう。
「よし、今日はここまでだな」
言って俺は椅子から立ち上がり鞄を肩にかけると、いつもなら心も立ち上がって玄関まで見送りするんだけど、今日は椅子に張り付いたように動かない。
まぁ、そんな日もあるかと気にする事なく部屋のドアを開けて「じゃあな。また火曜日に」とだけ伝えて部屋を出ようとすると、張り付いて動かなかった椅子がガタンと音をたてた。
「あ、あのさ! きょ、今日親がいないんだ」
「あぁ、それは聞いた。2人共仕事なんだろ?」
「う、うん。それで、普段は出前を取ったり気分によっては自分で何か作って食べてたんだ」
「……うん」
「で、でさ! 今日は自分で作る気分だったから、センセが来る前に作っておいたんだけど……」
何が言いたいのか分からない。
でも、歯切れの悪い心の話を聞くと茶化す気になれずに、そのまま相槌だけ打って聞き手に回る。
「ちょっと作り過ぎちゃってさ。捨てるのも勿体ないから……良かったらセンセも食べて行かないかなって思って……さ」
「……は?」
という事は今晩は心の手料理を食べるって事か?
しかも心の自宅で2人っきりでって事か!?
「いやいや! 流石にそれは駄目だろ。親御さんがいる時ならまだしも、今はこの家には俺と心の2人だけなんだからさ」
「それは分かってんだけど、親がいたらアーシが作る事ってないじゃん」
「それはそうだけどさ……」
ん? 論点がズレてきてないか? 多く作り過ぎたから一緒に食べろって話じゃなかったっけ?
でも、まぁあれだ。これだけデカい家に1人で飯を食えってのは、寂しいものなのかもしれないな。
親父が再婚するまではよく1人で食ってたけど、俺は1人の好きだったから気にした事もないけど。
「親御さんは何時位に帰ってくるんだ?」
「多分日にちが変わってからだと思う」
「……そうか」
ふむ。今まで必ず心の母親がいて講義が終わる頃には父親も帰宅している事が多かった。
そんな2人が仕事に戻ったのは多少なりとも信用してもらえていると判断してもいいのだろう
であれば、もし飯食ってる時に帰ってきたとしても、後ろめたい事なんてないんだし……逆に心配だったからだと言えば更に信頼を掴んで、またボーナスなんて事もあるか?
「なぁ、因みに今晩って何作ったんだ?」
「え、えっと、カレーだけど? 誰が作っても同じ味の定番だから」
なるほど。確かにお手頃料理の定番中の定番料理ではあるな。
駄菓子菓子! カレーをナメて貰っては困るんだよなぁ。
「そうか。なら御馳走になっていこうかな」
「ホ、ホント!?」
邪な考えが巡ってそう返事したけど、心が寂しいって気持ちも解らなくもない。
多分、夕弦もそんな思いをしてきたんだろうからな。
夕弦にはもう俺達がいるけど、心はまだまだ1人で過ごす事も多いだろう。
その寂しい時間を少しでも減らしてやる事も、家庭教師の務め……なのか?
ま、まぁ腹減ったし、帰って作って1人で食べるよりも、2人で食べる方が美味く感じる事を知ったから。
◇◆
「そこに座って待ってて! 今温め直してくるし!」
心は嬉しそうにキッチンに向かって行く。
余程、1人じゃなくなった事が嬉しいんだろう。
そうだよなぁ。こんなバカデカい家に1人でいるとか、寂しいよなぁ。
だけど、大人しく座って待ってるのは性に合わない。
俺もキッチンに向かって、カレーが入っている鍋に火をかけている心の元に向かった。
「あのさ」
「うわぁ!!」
「な、なんだよ!」
「きゅ、急に声かけるからだし! ビックリするっしょ!」
「お、おぉ。すまんな」
「んで? なんだし」
「あぁ、心ってチョコ好きか?」
「は? まぁ普通に好きだけど?」
「おっけ! 因みに今チョコってあるか? それとヨーグルトか牛乳があればベストなんだけどな」
本当は具材から手を付けたかったけど、もう完成してしまっているのなら、隠し味だけでもあれば美味くなるからな。
「牛乳は切らしてるけど、板チョコとヨーグルトならあるし!」
冷蔵庫を確認したそう言う心に、両方準備させた。
「なにするん? カレーならもう出来てるんだけど」
「おう、まぁあれだ。カレーに付き物の隠し味ってやつだ」
「え!? 隠し味にヨーグルトとチョコ!?」
「あぁ、普通に食っても美味いんだけど、更に美味くなんだよ」
言って、早速準備された板チョコを箱から取り出して、まな板の上で千切りするように切り分けていく。
その様子をポカンとして見ている心の口に、余ったチョコを突っ込んでやる。
「んぐっ!」
「ははっ、流石の金持ちの家だよな。上等なチョコが普通にあるんだもんな」
「だ、だからって急に口にチョコ突っ込まないでよ! ビックリするじゃん!」
「あはは、悪い」
そんな冗談をかましながら、細く切り分けたチョコを鍋に放り込んだ直後にヨーグルトも一気に投入する。
「うわ~! カレーからチョコの匂いがするし! これホントに美味いん!?」
「間違いなく美味い!」
そう断言して、暫くチョコとヨーグルトを溶かし込んだカレーをひと煮立ちした所で火を止めた。
「うっし! カレー皿って準備出来てるか?」
「あ、うん。これ使って」
「あいよ」
各自食べれる分だけのご飯も盛って、カレールーを見栄え良くかけて完成だ。
テーブルの方も心が準備してくれてたから、カレー皿の配膳を終えると、俺達は向かい合って席につき手を合わせて早速食べ始めた。
「う、うまっ! え? ヨーグルトは想像出来たんだけど、カレーにチョコ入れるとこんな味になるん!?」
「うまかろ? チョコの風味がいいアクセントになるし、コクが増すんだよな」
「うん! マジで美味い!」
「ははっ、気に入ってくれて良かったわ。今度親御さんにも作ってやると喜んでくれるんじゃね?」
「いいかも!」
俺達はその後も色々な話をしながら即席ではあったけど、特性カレーに舌鼓を打った。
やっぱりあれだよな。飯は複数で食べるのが美味いよな。
セミボッチの俺でも新しい家族を手に入れたから、それ位は知ってるんだ。
「本当に洗い物頼んでいいのか?」
「いいし! これ以上は流石に悪いかんね!」
「そっか……じゃあ後片付け頼むわ」
「ん、りょ~かい!」
食事を終えた俺は心に洗い物を任せて帰宅しようと、玄関で靴に足を通した。
「そんじゃ、今日は御馳走様」
「アーシの方こそだし! ホントに美味しかった」
「はは、喜んでくれたんなら良かったよ。じゃあな」
言って玄関のノブに触れた時「あ、あのさ!」心にそう呼び止められた。
「ん?」
「あ、あのさ……ア、アーシ……さ」
「――――」
「――や、やっぱりいいし!」
「は? 何だよ。気になるじゃん」
「い、いいって言ってるじゃん! はい、おやすみ!」
「あ、あぁ、んじゃ……おやすみ」
心が言いかけた事が気にはなったが、詮索する事なく玄関を開けて西宮邸から出た。
まぁ、他人の事情に関わろうとするなんて俺らしくないよな。
俺はそう切り替えて、駅に向かって足を進めた。




