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episode・4 誤解

「んじゃ、買い物も終わったしどっかで昼飯行くか」


 試着した服の会計を済ませた後、他に買う物がない事を確認して、月城は石嶺との約束だった昼食にしよう言い出した。


「う、うん」


 石嶺は歯切れの悪い返事をした後、フードエリアに向かって少し移動した所で足を止めた。


「ん? どうした?」

「ねぇ! お昼ご飯は割り勘でいいから、今日付き合った条件を変更していい?」

「は? あのなぁ! 条件変更を事後に行うのはマナー違反というか卑怯だと思わないの?」

「……う、うん。それは思うけど……でも」


 石嶺は申し訳なさそうな表情をしていたが、条件変更を諦めきれない様子も同時に醸し出していた。


「……はぁ。一応聞くけど変えたい条件ってなに?」


 月城は溜息をつきながらも、石嶺の話を聞く事にした。


「え、映画! 観たい映画があるんだけど、今度一緒に行こう!」

「映画? 一緒に行くって事は2人分俺が払うんだよな? これから食いに行く昼飯が割り勘だと、出費が増えるんだけど」

「そういうと思ったけど、そこは大丈夫!」


 石嶺はそう言い切って、財布の中から映画のチケットを取り出して、月城に手渡した。


「これってペアのタダ券か?」

「そう! これなら出費はお昼を奢るより安く済むでしょ!?」


 なるほど。確かにこれは素晴らしいプレゼンだ。

 これなら元の予定していた額より出費が抑えられるし、このタダ券の映画はよくCMしてて面白そうだと思っていたやつだから、まさに一石二鳥だ。


「うん。石嶺がいいなら、俺もそれでいいぞ」

「いいプレゼンだったでしょ! その代わりお願いがあるんだけど、いい?」

「また追加かよ……もういいよ。もう1つや2つ増えても変わらない気がしてきたわ」

「私と映画を観に行く日は、今日買った服を着てくる事! それと髪型もちゃんとして、コンタクトでよろしく!」


 ん?それに何の意味があるんだ?服は選んで貰ったから分かるけど。


「服は分かるけど、髪型とコンタクトは何の意味があるんだ?」

「えっ!? えっと~。そう! あの服はその方がバランスがいいから! ただそれだけで他意はないよ!」

「そ、そうか。まぁ、別にいいけど……」

「言質取ったからね! 約束だかんね!」


 何でそんな事に顔を赤くして、必死になってるんだ?

 そんな疑問もあったが、とりあえず俺達はフードエリアへ向かう事にした。

 平日ではあったが、オープンして間がなかったからか、モール内は思ったより買い物客で賑わっていて、人混みが苦手な俺は少しウンザリする気持ちを堪えながら、石嶺と逸れないように注意してテナントを横目に見ながら歩く。


「あれ~? 泉?」


 すると前方から歩いてきた年が近そうな3人の女性の1人が、石嶺に声をかけてきた。


「あ、由真じゃん」


 どうやら石嶺と同じ大学生の様で、石嶺の姿を見ると3人はまるで数年ぶりの再会を果たしたような顔で駆け寄ってきた。


 いや、君達絶対昨日ぶりくらいだよね?


 由真と呼ばれていた女子達と石嶺は、偶然の遭遇にテンションが上がったのか、元気にワイワイと盛り上がりだした。


 ――あ、マズいな。


 そんな石嶺達をぼんやりと眺めていると、ここで問題が発生してしまう事に気付いたのだが、由真と目が合った瞬間にもう時すでに遅しというやつだった。


「……で? あの人誰? まさか……ねぇ」


 由真がまるで汚物でも見る様な目で、俺を見ている。

 何が言いたいのかは想像つくけどな。


「彼氏……じゃないよね?」

「え!? う、うん! そんなわけないじゃん! 家が近所の奴で、ここでさっき偶然会っただけ! そう! 偶然!」

「だ、だよね~。泉ってばモテるのに、あれが彼氏とかないよねぇ」


 やっぱりこうなったか……。


「じゃあな、石嶺。声かけて悪かったな」

「え? う、うん」


 石嶺は何か言いたげな顔をしていたが、俺は気付かないフリをして石嶺達から離れて、そのまま帰宅しようと駅に向かった。

 いつもの事だ。いつも品定めに落選してひそひそと罵倒される。

 いつもの事で、そして望んだ事。


 でも、石嶺には悪い事したな。俺が誘わなかったら、あいつもあんな目で見られる事もなかったんだし……。

 あ! 石嶺の話に合わせたから、昼飯食べるの忘れてたな……まぁいいか。石嶺もあのまま友達と過ごすかもしれないし、違ってもバイトがあるって言ってたから時間なかっただろうしな。


「待って! 月城!」


 駅の改札前まで来て、運賃を精算する為にポケットからスマホを取り出した時、後ろからそう呼び止められた。

 誰なのかは、見なくても声だけで十分に分かる。


「なんだ?」

「ご、ごめんね……その」


 石嶺が何に対して、本当に申し訳なさそうにしているのか分かっている。

 だから俺は、その誤解を解く為に言葉を選ばないといけないのだが、生憎あまり言葉のやり取りは得意な方じゃない。


「何も謝る事なんてないだろ。実際付き合ってるわけじゃないんだからな。偶然会ったってのは嘘だけど……まぁ、なんだ、俺が変な頼み事してしまって迷惑かけちまったな。悪かった」


 大学での石嶺の株を俺のせいで下げてしまったのなら、本当に謝らないといけないのは俺の方だと思う。

 そんな事、重々承知していたはずなのに、幼馴染だからか、俺は石嶺に甘え過ぎていたと思った。


「何で月城が謝るのよ。悪いのは私なんだから謝らないでよ」

「そんな事ねぇよ。とにかくもう俺に関わらない方がいいって事だ。じゃあな」


 俺は石嶺にそう言い残して、今度こそスマホで改札を潜った。


「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ話は終わってない! それに同じ駅に向かうんだから、置いて行かないでよ」

「何言ってんだ。石嶺はこれからバイトがあるんだろ?」


 石嶺にそう話すと、腕時計を見てハッとした顔を見せる。


「で、でも!」

「仕事を疎かにする奴は、感心しないぞ」


 食い下がろうとする石嶺にそう言い残した俺は、石嶺の制止を無視してホームへ続く階段を下りた。


 ◇◆


 帰宅して、何時もの様に風呂の準備をして、今日も遅い時間に帰宅した親父と晩飯を食べている。


 今日は鰤の照り焼きを作ってみたけど、これは会心の出来だと思う。


「なんだか、日に日に雅の料理が美味くなっていく気がするな」

「そうか? まぁありがと」


 高校の時は、嫌々作っていた料理だったが、大学生をしだして時間にゆとりが出来たのか、ここのところ料理をするのが楽しくなってきた。

 レパートリーもかなり増えて、そんじゃそこらの主婦にだって負けていないと思う。


「段々、母さんの味に似てき……」

「やめろ‼ あいつの話なんてするなよ」

「あ、あぁ……そうだな。すまん」

「え!? あ、ごめん」


 寂しそうな顔をする親父は、どこまでお人好しなんだと呆れてしまう。

 罵倒する為に登場させるのなら理解出来るが、何でこの話題にアイツを懐かしむように話すのか理解できない。


「て、てかさ、その口癖みたいなの直さないと駄目じゃん? 再婚する相手に悪いでしょ」

「あ、あぁ……それはそうと、今度の日曜日って雅は何か予定あるのか?」

「今度の日曜? いや、特にはないかな」


 再婚相手の事が出たからか、親父は思い出したように俺の日曜の予定を訊いてきた。

 何でもその日に相手の人をここへ招待して、俺との顔見せの為に夕食を一緒にどうかという事だった。

 この再婚を賛成している俺に、断る理由なんて全くなかった。


「いいよ。ならその日は親父が当番だけど、挨拶を兼ねて晩飯は俺が作るよ。親父が作るとあれだしな」

「あれってなんだよ。父さんだって少しはマシになっただろ?」


 卵焼きを卵焼きとして作れるようになったレベルだろ。以前は卵焼きがスクランブルエッグに変身してたんだから……。


「ま、まぁ……まだ客に出せるレベルじゃないけどな」


 そんな話をして夕食を済ませた俺は、洗い物は親父に任せて自室へ戻り、もうすっかりルーティンになっているPCの前に座り快適な音を響かせてキーボードを叩いていた。


「よし、これで最終話更新っと!」


 俺はマウスをカチッとクリックして、大きな仕事をやり遂げたように感心深気に更新された事を知らせるウインドウを眺める。


「結局書き終えるのに、1年かかっちゃったけど、楽しんでくれたかな」


 俺がルーティンとしているのは、投稿型のサイトに自分が書いた小説を投稿する事だった。

 元々読書が好きで物語ばかり読んでいた俺は、気に入った小説でも『俺ならこうするかな』とか考えながら読んでいると、自分で書いてみたくなるのは自然の流れだったと思う。

 そんな時にこのサイトの存在を知ったら、もう書く事以外の選択肢は俺にはなかった。


 次の作品はどんな事を書こうかな。

 俺はそんな事をぼんやり考えながら、眠りについた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 母親が出ていき、心に傷を負った青年が自分を取り戻す物語。 面白そうですね!連載頑張って下さい!
[一言] 泉ちゃん……( ˘ω˘ ) まだ挽回出来ると信じたい( ˘ω˘ )
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