episode・21 ターニングポイント
今日の講義が終わり帰り支度を済ませて固まった体をグッと伸ばしていると、机の上に置いてあったスマホが震えた。
大きなあくびを1つ、画面に視線を落とすと心からのメッセージだった。
今日は家庭教師のバイトの日ではない。
連絡先の交換はしていたけど、これまで連絡なんて来た事はなかったはずなのにと、首を傾げながら送信してきた内容を確認する。
『今日ってバイトない日だよね? 18時にK駅前で待ってるから』
ん? 待ってるって会うって事か?
何でだ? 確かに連絡先は、勉強でどうしても解らない所があった時に連絡が取れるようにと交換はした。
だけど、直接会う必要はなくて電話での説明がし辛いのなら、テレビ電話を使えば問題はないはずだ。
それに心の成績を上げる為にやっている事とはいえ、直接会ってしまっては時間拘束が発生してしまう為、雇われ側としてはギャラを請求出来る権利が生まれてしまう。
後、割とどうでもいいんだけど、バイトがない日は他に予定がないのか確認もしていないのに、決めつけに掛かかるのってどうなんだ?まぁ、合ってるんだけどさ。
『時間外だ。呼び出すんなら、ギャラが別途発生するぞ』
『別にいいし。いくらなん?』
こいつ、あんな形姿してるけど、お嬢様だったんだっけな。あんな形姿だけど。
『冗談だ。ガキから金とる程、落ちぶれてないっての。K駅前に18時だな。了解』
『ん、突然で悪いんだけど、よろしく。てかガキ言うなし!』
腕時計を見ると、待ち合わせ時間までにはまだ1時間程あった。
K駅は大学の最寄り駅で、向かおうと思えば目と鼻の先だ。
とはいえ、一度帰ってもすぐに出かける事になるから、帰宅するのも意味がない。
さてどうしたものかと、中庭のベンチで缶コーヒーのプルタブを開けて喉を潤わせる。
いつも思うんだけど、新しい缶コーヒーが発売する度に史上最高傑作とか謳ってるけど、何を飲んでも缶コーヒーがカフェのレベルに追い付く事ってないよな。
まぁ、そんな事になったらカフェがぶっ潰れちまうんだろうけどさ。
「やぁ、月城君……だよね?」
不意に全く聞き覚えのない声で呼ばれた。
「……はい?」
そこにはやっぱり全く知らない男が立っている。
俺は思い出そうとしたんだけど、頭の片隅にも存在しない人だった。
「俺は映研サークルの部長してる梨田ってんだけど」
映研? あぁ、瑛太が所属してるサークルの部長か。
「はぁ、どうも」
部長と言う程なんだから何回生かは知らないけど、先輩というのは確実だろうから、口の訊き方には気を付けないとな。
「大山から聞いたかな」
瑛太からのは話ってのは脚本を俺が書くって事だよな。
「えぇ、まぁ」
「うん。それでどうだろうかって思って、声かけたんだけど」
ふむ。部長っていうくらいだし先輩なわけなんだけど、随分と腰の低そうな人だよな。
「どうって言われても、正直言わせて貰うと何で?って感じですかね」
「はは、まぁそうだろうね」
「あの、俺を誘おうとした理由とか訊いていいですか?」
瑛太から理由は聞いた。だけど、単なる一部員である瑛太の意見だけが反映されたというのは、昔からこの手の筋からは注目を集めているサークルとしての原因としては、薄いと考えていたんだ。
「……大山から聞いた通りなんだ。実はね、大山に勧められて俺も君の作品を読ませて貰ったんだよ」
なるほど。瑛太には後日死んでもらうとしよう。
「読んで驚いたんだ。小説の質としては粗削りだとは思ったんだけど、それでも君が作り上げた世界に直ぐに引き込まれてさ。気が付けば最終話まで一気に読み切ってしまってたんだ」
「……それは、まぁ……どうも」
そう言われると、物書きの端くれとしては悪い気はしない。
「特に気に入ったのが、世界観と物語構成なんだ。派手さはないリアル重視の設定がいいよね! 在りがちなこれまでの設定は何だったんだと言いたくなるような、無茶苦茶な急展開もないのに、この先はどうなるんだと常に楽しませてくれて、それが最後まで続くんだから、俺みたいに一気読みした読者って多かったんじゃない!?」
確かに、一気読みしてしまって寝不足になったってコメントが送られてきた事は結構あったな。
勿論、それは書き手として嬉しかったんだけど、同じ位に読んでくれた人を心配した事を覚えてる。
普段の俺なら他人の事なんて気にしないんだけど、好きな事をやっている世界ではそう出来ない事を、その時知ったんだ。
訊けばこの梨田って人は卒業したら映画の制作会社に就職したいと考えている本格的な人で、俺の作品の評価もこれまでにない角度からの評価も多くて、よく書き手側の気持ちを理解してくれているのは分かった。
こういう出逢い方じゃなくて、もっと普通にゼミとかの集まりで居酒屋とかでそんな話で意気投合なんてして、それ以降も凄くいい付き合いが出来ていればなって思う。
でもセミボッチの俺がそんな想像出来るんだから、よっぽど波長が合う人なのかもしれないな。
「ありがとうございます。そういう風に評価されたら、物書きとしては光栄です。だけど……」
「小説と脚本は別物だって?」
「……はい」
「まぁ、そう思うのは当然だと思う。だけどね、物語を作るって根っこは一緒なんだよ。君が作った物語にある心理描写を役者の台詞に変えるだけ。極論かもしれないけど、あながち間違っていないと思うんだ」
梨田さんにそう言われた時、これまでの作品を全て台詞に変える想像してみたら、確かに脚本として形になった。
勿論、それだけでは脚本として成り立たない部分もあるけれど、脚本として書き下ろす事が何だか出来そうな気になってきたのは、きっとこの人の話に既に引き込まれてしまったからなんだろうな。
「実は今回の作品に抜擢したい女優さんがいてね。まだ一回生の新人なんだけど、俺が熱心にスカウトしてきた子でさ。でもその子も色々あるみたいで入会するのを戸惑っているみたいだったから、仮入会って形にしてあるんだ」
「……はぁ」
「その子は以前から知ってる子でさ。動画サイトに自分の演技を公開してて凄く人気がある女優志望の子でね、大学に入学する機にどこかの劇団に入ったらしくてホントに凄い子なんだよ!」
この人にそこまで言わせるんだから、相当なキャストだったんだろうな。映画にあまり興味がなかった俺でも機会があれば一度観てみたいと思わされた。
「その子の迷いを絶ち切る脚本を君に書いて欲しいんだ。月城君!」
「い、いや、俺にそんな事……無理ですよ。それにバイトが忙しくて時間があまり取れませんから」
「そんな事はない! 実際に俺が読ませて貰った作品を脚本に落とし込めば、きっと彼女も気に入ってくれる自信がある。だけど、今回のテーマに合っていないからそれは無理なんだ」
「テーマ……ですか」
「あぁ、今回のテーマはリアル路線での大学生活の一部を切り取った恋愛物の作品にしたいんだ。というより凄く世話になった先輩経っての希望でね」
「リアル路線の大学生活での恋愛もの……ですか」
「そうだ! どうかな? ザックリとでいいからイメージ湧くかな」
「――」
俺はいつの間にか想像を駆け巡らせていた。
やる気がないとか言いながら、作品のイメージを構成していく。
俺って実は乗せられやすい性格なのかもしれないと、今更ながらに気付かされて苦笑してしまった。
「あの、作品の事ですけど、終わり方って――」
「ハッピーエンドがいいのか、そうでないのがいいのかって事?」
「まぁ、そうです」
「観る人を引き込んでくれる物語なら、どちらでも構わないよ。だから、その辺は月城君に全部任せる」
梨田さんに直ぐに返事をくれなくてもいいと言われた。
それは瑛太にも言われた事だったけど、あの時より前向きに考えてみようと思っている自分がいて、近い内に制作メンバーを全員集めての決起集会をやるから、もし迷ってくれているんだったらその席に参加して欲しいと言われて、俺が頷くと梨田さんは満足そうな笑みを浮かべた。
決起集会の詳細が決まったら、瑛太を通さずに直接連絡を取りたいからと、お互いの連絡先を交換して俺達はその場で別れた。
正直言って、俺にはそういった大学生活を送る気が無かった。
小説だって時間がある時に少しづつ書き進める程度の趣味で、こうして沢山の人間に関わるような事をする気なんてなかったんだ。
だけど、初めてかもしれない。
初めて少しワクワクしてる自分がいる。
俺がこんな気持ちになるなんて、少し前までなら考えもしなかった事だ。
この梨田さんとの出会いが、この先あんな事になるなんて、立ち去る梨田さんの背中を見送ていた俺には想像もしていなかった。




