episode・20 夕弦と心 act 4
テストの話の中で、私と心の得意科目が違う事を知って、テスト前に一度勉強会をしようという話になった。
この学校では自分がどの位のレベルなのか分からなかったんだけど、どうやら心はショボいとかいいつつ、学年順位は上の下といったところで、言い方が悪いけどこんな外見だけど学生として努力している事が分かった。
それに今の家庭教師が来てから初めての定期テストらしくて、絶対に順位を大幅に上げると宣言した心がキラキラしてて羨ましく思ったりした。
「実はアーシ、バイトすんの」
「え? ウチの学校ってバイト禁止じゃなかった?」
「まぁね。だから、夏休みだけの短期バイトなんだけど、働くって事を体験してみたくってさ」
そう話した内容と、話す表情に違和感を感じだ。
だって、まるで好きな人に会いに行くって顔してたんだもん。
「そうなんだ。どんなバイトなの?」
「カフェっていうか、喫茶店って言ってた」
「言ってたって働く店がどんなか知らないの!? ていうか、そんな恰好で接客するって……」
言って、余計な事を言ってしまったと自覚してハッと口を塞いだけど、勿論手遅れで心のジト目が痛い。
「家庭教師が掛け持ちしている店を紹介してもらっただけでマスターと電話で話はしたけど、まだどんな感じの店かは見た事ないし。っていうか、今サラッと失礼な事言われた気がすんだけど?」
「――あ、ははは……ですよねぇ」
やっぱり手遅れだったかと私が目を泳がせていると、心は怒るわけではなく「はぁ」と溜息をついた。
「まっ、夕弦の言う通りだし。いくら紹介でも店の客層に合わないからって、センセにも何とかしないと協力は出来ないって言われた」
「ま、まぁ……そうだろうね」
バイト経験がない私でも、今の心の外見では接客業は断られる事の方が多いだろうというのは分かる。
実際、こんな外見のウエイトレスさんが注文を取りに来たら、思わず構えちゃう自信があるもん。
「だから、丁度明後日に美容院の予約とってたから、そこで相談しようと思ってるんだ」
「って事は、その金髪をやめちゃうの!?」
「ん。多分、そうなるし」
これは驚いた。
知り合って日が浅いけど、心の髪の色ってトレードマークみたいになっているんじゃないだろうかって思ってた。
そのトレードマークを捨ててまで、バイトしてみたくなるものなのかと疑問を持った時、自然とその答えが頭に浮かんだ。
「ねぇ」
「なに?」
「もしかして働いてみたいってのは只の口実で、ホントはその家庭教師の先生に近付きたいだけなんじゃないの?」
言うと、心がブッと吹き出した。
しまった。アイスコーヒーを飲んでる時に、そんな事言っちゃったから、心が思いっきり珈琲ぶちまけちゃったよ……。
勢いが良かったのが幸いして制服を濡らさずに済んだみたいだけど、テーブルの上は大惨事だ。
手元にあったお手拭きを総動員して、2人でテーブルを拭いている間、ずっと心が恨めしそうに見ているのに気付いてたけど、ここはスルーを決め込む事にした。
「違うから」
「ん?」
「べ、別にセンセの事が好きだとか、付き合いたいとか思ってるわけじゃないし!」
「あれ? 私はそんな事言ってないよ? ただお近付きになりたいのかって訊いただけで」
「く、くしょー……」
心が顔を真っ赤にして、悔しそうに唸ってる。
てか、くしょーって……。
ぷぷっ、心ってホントに可愛い。
あの外見で、このリアクションなんだもん。
えっと……こういうの何て言うんだっけ? ギャップ萌えで合ってるのかな?
私が男子なら、こんな可愛い子ほっとかないけどなぁ。
「と、とにかく社会勉強の為にバイトすんの! 以上!」
「んふふ、そっかそっか。頑張ってね、色々とさ」
チクリと追撃すると、心はもう口を真一文字に結んで悶えるだけになった。
ふふっ、ちょっとやり過ぎちゃったかな。
だけど、心とこうして話すの楽しいんだから、しょうがないね。
「あ、でもさ」
「なに? まだアーシを揶揄い足りないって?」
「あはは、違くて。バイトもいいけどさ、夏休みなんだし私とも遊んで欲しいなって」
言うと、少し落ち着いてきた顔の赤みが、また再沸騰を始める。
「え? ちょ、アーシなんかでいいん!?」
「へ? なんで?」
「だって、アーシって学校であんなんで、嫌われてるっていうか……さ」
今の心の学校での現状。
私が転校してくるまでに、きっと色々あったんだと思う。
ホントの心は凄く可愛いし、照れ隠しにツンツンしてる時もあるけれど、そこがまた可愛いって思う。
きっと色々と誤解されやすいだけで、心の性格を考えたらその誤解を解こうとしてこなかったんじゃないかな。
だけど、ここで余計な手を回したりすると、きっと怒らせてしまうんじゃないかと経験的に思うから、心から話をしてくる時までこっちからは詮索しないでいよう。
まだ二回しか話した事がないけど、私はもう心に興味津々なのだ。
「そんなの気にしないよ? いいじゃん、心は心なんだからさ!」
言うと、心は目を大きく見開くと、恥ずかしそうに俯いた。
「あ、アーシもね。夕弦と話すのって好きなんだと思う。何て言うか素を出せるっていうかさ」
「うんうん! そう言って貰えると、凄く嬉しいよ」
照れてる心に笑顔でそう答えていると、腕時計のアラームが鳴った。
おっと、今日は私がお風呂掃除の当番だったと、セットしていたアラームで思い出した。
料理はあまり得意ではない私。
でも、何もしないでただ過ごしてるのは嫌だったから、毎日は出来ないけど、洗濯と掃除を手伝うと家族に言ったのだ。
お母さんはどうせ長続きしないだろうから、気にしなくていいとか言われて凄く腹が立ったから、絶対に続けてやろうと決めている。
「私そろそろ、帰らないとだ」
「え? あぁ、もうこんな時間だったのか」
「うん。楽しい時間はあっという間だね」
「あ、アーシといて楽しい?」
「うん! メッチャ楽しいよ! 心は違うの?」
言うと、心は首が捥げるんじゃないかと心配になる程に、激しく左右に振った。
あぁ、いちいち可愛いなぁ。
でも、今日はここまでだ。これから心と沢山の時間を過ごせるんだから、我慢だ我慢。
私達は席を立ってマスターの元へ会計を済ませようと向かう。
奢ってくれるって話だったけど、流石に頼み過ぎたのが気になって財布を出そうとしたんだけど、心は慣れた手つきでカードをマスターに渡していた。
高校生がカード支払いって普通なの!?
いや、違うよね!?
ペイ払いなら分かるんだけど、クレカなんて普通のご家庭じゃ有り得ないよね!?
「ん? どしたん?」
「い、いや、クレカで支払いとか、心って実は大人!?」
「はぁ!? 人を勝手にBBAにすんなし!」
店を出た時、家族がクレジット派でお小遣いを現金で手渡す事なく、クレカで支払いをするようにと手渡されていると言う。
金持ちならではって思われがちだけど、なんでも使用明細が手元に届く為、どこで何に使ったのか把握出来るから、クレカ払いの方が合理的だと言う事らしい。
だとしても、JKがクレカ払いに違和感を感じるのは間違っていないと思う。
「えっと、御馳走様」
「ん、ていうかこれはお詫びなんだから、お礼なんていいし」
「だとしても、やっぱりねぇ……」
「何も気にする事ないじゃん。てことで弁当食べたのこれでチャラだかんね!」
「それは勿論だよ」
「んじゃ、また明日」
「うん。バイバイ」
心は手を小さく降って私に背中を向ける。
段々小さくなっていく背中を見送りながら、私は思うのだ。
今まで塞いでいて見る事が出来なかったもの、経験出来なかった事を、心となら何でも出来るかもしれない――そう思ったんだ。




