episode・19 夕弦と心 act 3
「んじゃねぇ」
「うん! また放課後ね」
私の教室の前でそう言って心と別れた。
今気付いたんだけど、心は向かいの棟のD組だった。
私達の学年は全部で6クラスあって、中庭を囲むように建っている校舎は、各学年を階で分けていてクラスはA棟、B棟と半分ずつで別れている。A棟にA~C組、B棟にD~F組が入っている為、同じ学年だけどクラスによっては凄く離れてしまうのだ。
何でこんな建て方にしたのか、今度お母さんに訊いてみようと思う。
心と別れて教室に入ると、何だかクラスの皆からの熱い視線が……。ううん、違うか。なんだろう……何か恐ろしいモノでも見るかのような視線って感じがするかな。
って!誰が恐ろしいモノだ!
私は周りのそんな視線に首を傾げながら自分の席に座ると、隣の席の亜美が恐る恐る声をかけてくる。亜美まで私の事を恐ろしいモノとか思ってるんだろうか。
「夕弦。さっき一緒にいた子って、西宮心じゃなかった?」
「え? うん、そうだけど」
なんだろ。心って有名人なのかな。
「大丈夫だった!? 何もされなかった!?」
へ? 何もってどゆこと?
「西宮ってさ、親が金持ちだからって私達を見下しててさ! この学校にもかなり寄付してるらしくて、理事長すら逆らえないって噂なんだよ」
見下してる? 確かに取っつきにくいとは思うけど、見下してる人が怒ってる私にキョドりながら謝ったりしないよね。
それに、心のあの感じは意図的に作ってる気がする。何でかは分かんないけど。
「別に何もされてないし、そんな態度なんてとられてないよ。皆、誤解してるだけじゃないかな」
「いやいや! 多分、夕弦がまだ転校してそんなに経ってないからだって! 悪い事言わないから西宮には近づかない方がいいよ!」
そこまで言うのだから、亜美は過去に心に何かされたりしたのかな?って訊きたい気持ちはあったんだけど、それ以上によく解らないけど、気分が悪くなってきたから訊くのを止めた。
そこでやっと気が付いた。
さっきの『アーシにこんな風に話す奴って珍しいってか、高校生になってから初めてかもなんだよ』と心が言った事。
事情とか成り行きは全然分かんない。
分かんないけど、きっと知ったら胸糞悪い気分になるのは分かってる。
ケラケラと笑ってはいたけど、その顔からは諦めみたいなものを感じた気がした。
勿論、その時は考え過ぎだって思ってたんだけど、亜美の話を聞いてあながち間違っていないのかもと思えてきた。
嫌われ者の派手なギャル子……か。
うん、益々興味が湧いてきたかもしれない。
◇◆
そして放課後、亜美が部室に向かうのを見送った後、心と待ち合わせしている正門に向かう。と言っても、何も予定なくても帰るのに正門を潜らないといけないんだけどね。
正門が見えてきた。
どこの部活にも所属していない生徒達が正門を抜けていく。
いつもの帰宅風景なんだけど、一か所だけ変な流れになっている列がある。
遠目ではあるけれど、目を凝らしてみると変な流れの中心に心が立っていた。
横切る生徒達は横目で心の姿を見ているけれど、何故か距離をとって通り過ぎている様に見えた。
状況は違うけれど、以前の自分を見てる気がして、気が付いたら私は駆け足で心の傍に向かっていた。
「おまたせ! 心!」
「……あぁ」
心の声が消えてしまいそうな位にか細くて聞き取り辛いのに、私が心に声をかけたのがそんなに珍しいのか、周囲のざわめきで余計に聞き取り辛くて苛立った。
「……ごめんな。目立たない場所で待ち合わせれば良かったな」
「は? 何で? 私達なんか悪い事でもしてるの?」
何で心が晒し者みたいになっているのか事情は知らない。だけど、この状況を今まで誰にも話せずにいたんだと思う。
こういう事は親にも話し辛いというか、話したくない事なんだ。
その気持ちは凄く解るから……。私もそうだった時、誰にも話せなかった。あの頃は親すらいなくて、お爺ちゃん達に話したら余計は心労をかけてしまうから、余計に話せなかったんだ。
でも、私は雅君に救われた。
意固地になってる私を強引に引き寄せてくれたから、今の私がいる。
それなら、私は心にとっての雅君になりたい。
こんな寂しくて、悔しい時間なんてない方がいいんだから。
「そんなくだらない事なんかより、早く心が言ってたカフェに行こうよ! 午後からの授業中にお腹の音を聞かれないように苦労したんだから、スペシャルクラブサンド早く食べたいんだよ!」
「は、はぁ!? スペシャルなんてないって!」
「だったら、心がお店に頼んで作って貰ってよ!」
「む、無茶言うなし!」
私は戸惑いながらも、いつもの口調に戻ってきた心の手を引いて人混みをかき分けて進んでいく。
手を引かれて後ろからついてくる心を横目で見ると、戸惑っている言葉とは裏腹に、その表情は少し引きつりながらも笑顔を見せてくれていた。
ふふっ、あの時の雅君もこんな気持ちだったのかな。
◇◆
「ここだし」
「おぉ! なんていうか……」
「古臭いって言いたいんっしょ?」
「……うっ」
図星を突かれて言葉を詰まらせる私を見て、心は苦笑いを浮かべながら、今度は私の手を引いて店のドアを開ける。
「いらっしゃい、心ちゃん」
「どーも」
「おや、今日は友達連れかい? 珍しい事もあるもんだねぇ」
「うっさいし!」
心はいつもの口調で揶揄ってくるマスターに「いつものとこ座るから」と一方的に告げて店の奥へ歩き出す。
こういう場合って店員が案内する席に座るもんじゃないの?
勝手に座っちゃっていいのかなぁ。
「ここでいい?」
心が案内してくれた席は窓際にある席だったんだけど、ここ以外は外の様子が見える席で、心が指さす席だけ何故か磨りガラス状になっていて、外の灯りは入ってくるんだけど、外の様子は見えない席だった。
私が頷いて席に座ると、心もホッと安堵した様子で向かい側に座った。
「本当に心ちゃんはその席好きだよねぇ。お忍びの芸能人みたく隠れてるのかな?」
「うっさいし! スペシャルクラブサンドとスペシャルパンケーキにアイスコーヒー。アーシはシナモンパイ……はいいや。アイスコーヒーだけよろしく!」
「え? スペシャルクラブサンドとスペシャルパンケーキ? そんなメニューウチにあったかなぁ」
「これから大事な常連になるかも知んないお客様のご要望なんだから、何かこう……スペシャル感があるやつ適当に作るし!」
適当って表現を使ってる時点で、スペシャル感がないのでは?とツッコミたかったけど止めておく。
ていうか、心が沢山空いている席があるのに、わざわざこの席ばかり使っている理由が解った。
きっと、学校の最寄り駅前の店だから、クラスメイト達にここに居る所を見られたくなかったんだな。
実際、この席だけ磨りガラスになっている理由をマスターさんに訊いてみると、大人の事情で大っぴらに会えないお客さんの為にだよと苦笑しながら答えられて、リアクションに困ってしまった。
「はい。おまちどうさま」
マスターさんが注文していたメニューが所狭しとテーブルに並べられた。ハッキリ言って喫茶店のテーブルとは思えない量で、頼んでおいて何だけど、やり過ぎたなと苦笑した。
いや、食べきれる自信はあるよ?あるんだけど、雅君の晩御飯が食べられないかもしれない。
「だから言ったじゃん。大丈夫、無理に食べなくてもアーシも食べてあげるし」
「うぅ……ごめん。助かるよ」
そう言い、私は早速大きなクラブサンドにかぶりつく。
お行儀が悪いとは思ったんだけど、お腹がペコペコだったし、他にお客さんもいなかったからいいよね。
「……ねぇ」
「ん?」
「何も訊いてこないんだね」
『何も』と言うのは、恐らくさっきの正門での事なのは直ぐに分かった。
「……アーシさ」
「いいよ」
「え?」
「無理に話そうとかしなくていいよ。心が話を聞いて欲しいと思ってくれた時でいい」
言うと、心は私が何を言いたいのか察してくれたようで、コクンと頷いてアイスコーヒーで喉を潤してから、話題を変えてきた。
「もうすぐ夏休みだし」
「だねぇ。その前に期末テストがあるけどね。心って頭いいの?」
「アーシはショボいよ。でも、今家庭教師に教えて貰っててさ。少しだけど自信が持てるようになってきたとこ」
「へぇ! 家庭教師って何か凄いね!」
家庭教師。今では低料金でも請け負ってくる会社もあるらしいけど、やっぱりお金を持っている家庭でしか雇うは難しいというイメージがある。
そういえば、心のちょっとした持ち物を見るだけでも高価なブランドものだった気がする。
つまり心の親ってそういう事なんだろうと察した。
「夕弦はどうなん?」
「私? 私はこの学校の編入試験でも結構無理して入ったから、テスト難しいんだろうなってビビってるよ。だから、お兄ちゃんに勉強みてもらおうかなって思ってる」
「へぇ、兄貴がいるんだ」
「うん。お兄ちゃんK大生なんだよ」
雅君の事を『お兄ちゃん』と呼ぶと何だか違和感がある。実際、義理とはいえお兄ちゃんなわけだから、この呼び方が正しいのは解ってるんだけど、釈然としないのだ。
それからもK大生だと話してから、心が雅君に興味が湧いたみたいで色々と訊かれた。
別に心がどうってわけではないけど、まだ再婚同士の連れ子で義理の兄妹って事は話さなかった。
期末テストの事を話していると、いつの間にかあんなにあった食べ物が心に食べるのを手伝ってもらったおかげもあって、完食出来ていたのには我ながら驚いた。




