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episode・18 夕弦と心 act 2

 2階へ上がる階段の前までくると、沢井君の姿は完全に見えなくなっていた。そこで、強引に押し続けていた西宮さんの顔を背中越しから覗こうとしようとした時だ。


「何からツッコめばいい?」


 何だか、表情からと言うより、全身からゴゴゴゴゴゴゴってオーラが見えるけど、決して私は厨二病ではないから気のせいだ。


「えっと……それは」

「弁当で手を打ってやるし」

「へ?」

「アーシもご飯まだだし、前に食べてた弁当が滅茶苦茶美味そうだったから、その弁当で手を打ってやるし」


 え?え? 私の楽しみを奪うつもりなの!?

 説明しなくても察してくれたのは助かるんだけど、雅君のお弁当は学校に行く楽しみの一つなんですけど……。


「ひ、一口だけじゃダメ?」

「ダメに決まってるじゃん」

「じゃ、じゃあ半分でお願いします」

「……しょうがないから、それで手を打ってやるし」


 西宮さんはそう言って、早く弁当箱をよこせと手を突き出してくる。


 いや、お弁当箱は教室にあるんですけど……。


 私達は一旦お互いの教室に戻って、お弁当箱を手に持ち西宮さんと待ち合わせしている屋上に向かった。


 今日の献立は何かは知らないけど、雅君の出汁巻き卵が大好きだと言った時から出汁巻き卵は必ず入れてくれている。

 これだけは死守したいと思っていた矢先、屋上について日陰が出来ている場所で腰を落とした途端だ。お弁当箱を広げようとしていると、巾着袋に残っていたお箸が入っているケースを西宮さんが抜き取り、お弁当箱を開けるなり真っ先に黄金に輝く出汁巻き卵に箸をのばしてきた。


「ちょ、ちょっと! 出汁巻き卵はダメ! 私の大好物なの!」

「――――」


 私の魂の叫びが聞こえないわけないのに、西宮さんは無反応のまま出汁巻き卵様を猛スピードで口に放り込んでしまった。


「あぁ!」

「ん~! 滅茶苦茶美味い! なにこれ! 金取っていいレベルじゃん!」


 ひ、酷い……。私の午後からの活力源だったのに……。


 ガックリと両手をついて項垂れているのに、西宮さんは箸を止める気配がない。

 私はそんなに悪い事をしたのだろうか。雅君のお弁当を奪われなくてはいけない程の事をしたのだろうか。大好物の出汁巻き卵を食べられないといけない程の事をしたのだろうか。

 誰か……教えて下さい。


「ごっそ~さん! 期待以上に美味かったわ」


 項垂れる私の前に軽くなった弁当箱が置かれる。

 これは新手の虐めではないだろうか。

 まさかお弁当をカツアゲされる日が来るなんて、想像もした事なかったよ。


 でも、出汁巻き卵以外のおかずも絶品のお弁当だ。

 出汁巻き卵が食べれなかったのは非常に口惜しいけど、半分残ったお弁当を食べれば元気百倍アンパンマンになれるはずだ。


 私は自分にそう言い聞かせて、返されたお弁当箱を手にした時、目の前の現実に全細胞が拒否反応を起こして、愕然とした。


「……え? 何……これ」

「何ってアンタの弁当じゃん。約束通り半分貰ったかんね」


 半分だと?……確かに量的にみればそうなのかもしれない……。

 だけど……だけどね! おかずが全滅していて、一口サイズに握られたおにぎりだけが鎮座する弁当が、半分残した結果というのなら、私は世界に対して訴える覚悟があるぞ。


「もう……無理」

「え? 何か言った?」


 私は勢いよく立ち上がって、腕を組んで踏ん反り返っている西宮さんに詰め寄る。


「これのどこが半分なのよ! 私の楽しみ奪った罪を謝罪しなさいよ!」

「え? ちょっ!?」


 ガチに睨みつける私を見て、ドヤ顔を浮かべていた西宮さんの顔から余裕が消え失せる。


「わ、悪かったって。弁当が美味過ぎて止まらなかったんだ」

「このお弁当が美味しいのは知ってるよ! でも、だからって人のご飯を平らげていい理由にならないでしょ! 私におにぎりだけ食べてろって言いたいわけ!?」


 いや、このおにぎりも美味しいんだけどね。握り加減が職人か!?って言いたくなる程で、おにぎりの中に入ってる具も手作りで滅茶苦茶美味しいんだから!って誰に言ってるんだろ。


「ごめんって! あっ、今から食堂行く? 奢るし」

「食堂? 私ここの食堂って行った事ないけど、美味しいの?」

「いや、クッソ不味くてそれなのに、値段は一丁前でムカつくんだよなぁ」


 夕弦リミッター解除!これより標的を駆逐する。


「ちょ、待った! 待った! そ、そうだ! 購買のパン買おう!」

「こんなに遅くに行って、まともなパンが残ってるとでも?」

「確かに! 毎回大量に余るコッペパンしかないだろうな。あっはっはっはぁ!? う、うそ! あ、そ、そうだ! ガム食べる!?」

「空腹時にガム噛んだら、余計にひもじくなるの知ってる?」

「ホントそれな! って違くて……えっと、そうだ! アンタって何か部活とかしてんの!?」

「は? 帰宅部だけど?」

「そう! アーシもなんだけど、今日の放課後って何かあんの?」

「特には……ないけど」

「それなら、帰りにどっか行かない? 何か美味い物食べに行こう! 勿論、全部アーシが奢るからさ!」

「……美味しい物って?」

「クラブハウスサンドが美味いカフェがあるから、そこで何でも食べていいし!」


 クラブハウスサンド!? 大好物のサンドじゃん。

 おにぎりだけ食べて、あと2限をやり過ごせばクラブサンド……悪くない話だ。


「そのカフェってパンケーキある?」

「パンケーキ? あるけど」

「そのパンケーキも美味しい?」

「う~ん。パンケーキって好みが別れるから一概には言い切れないんだけど、アーシは結構好きかな」

「――よし。それじゃあそのカフェでクラブサンドとパンケーキとアイスコーヒーで、今日のお弁当の恨みはチャラにしてあげる!」


 恨みとか大袈裟に聞こえるかもだけど、それだけ毎日楽しみにしてたんだから、これくらいいいよね。


「太るぞ?」

「うっさい! 晩御飯少なくするもん!」


 とか言ったけど、出来る気がしない。だって、今晩は雅君がご飯作ってくれる日だからだ……。

 ハッキリ言って確実に今日のご飯も美味しいのだろうから……。


「ぷっ! あははは!」

「何で笑うの!? バカにしてんの!? 私だってやる時はやる子なんだからね!」


 私はそう言って、超へっぴり腰のファイティングポーズをとる。

 いや、絶対に勝てないのは分かってるんだけどね。


「違くてさ! アーシにこんな風に話す奴って珍しいってか、高校生になってから初めてかもなんだよ」

「……どういうこと?」


 え?なに?この西宮さんって子、もしかして怖いギャルなん!?

 確かに近寄りがたい雰囲気はあったけど……。


「いや、いい。アンタは何も気にする事ないし」

「いやいや! 気になるじゃん!」


 滅茶苦茶気になる事を気にするなって言われても無理だと訴えた所で、予鈴が鳴った。


「お、もう予鈴鳴ったか。そろそろ教室に戻るべか。んじゃ放課後に正門前で待ち合わせって事で」

「ちょっと待ってよ西宮さん!」

「――その呼び方はもう違うし」

「……は?」


 初めてここで会った時もそうだったけど、西宮さんは時に人の話を聞かない癖があるようだ。


「――こころ

「え?」

「アーシの事は心って呼び捨てでいいし!」

「へ? あ、あぁ。じ、じゃあ、私も夕弦でいいよ。アンタとか言われるのヤダし」

「ん。そりゃそうだね。そんじゃ放課後に!」


 言って、ペロッと舌を出した西宮さ……じゃなくて心の顔はいつものキツい顔つきではなくて、何だか嬉しそうに見えた。


「って! 私も戻んないとだった!」


 屋上に取り残されそうになった私は、慌てて心を追いかけて置いて行こうとした事に文句を言うと、あははっ!と可笑しそうに笑った笑顔の八重歯が妙に可愛く見えたのだ。


 そこで初めて気付いた。

 こんなに言葉を選ばずに話せていた事を。


 前の学校では絶対に考えられない事で、ずっと存在を隠す様に過ごしていた頃はちょっと話すだけでも頭をフル回転させていたものだ。今の学校でもそれが癖になってしまったのか、亜美達にだってこんなに気を許した事はなく、無意識に言葉を選んでいた。


 心にはそれがなくて、思った事をストレートに言葉に出来ていた。何故と訊かれても返答に困るんだけど、心は少し取っ付きが悪い所はあるけれど、その分、裏表が凄く少ない感じがしたんだ。確証がもてる程の付き合いではないけど、多分間違ってないと思う。


 女子同士というのは面倒臭いのだ。

 表向きは大好きって顔をしているのに、裏ではディスられているなんて日常茶飯事で、気を許した方が悪いみたいな暗黙のルールが存在する程に、本当に面倒臭い!


 だけど、裏表が少ないと感じる心には構える必要を感じない。

 そんな女の子に興味を持つのは自然な事だと思う。


 だから、放課後が凄く楽しみになってきた。

 決してクラブサンドが楽しみという事じゃないよ? ホントだよ?


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― 新着の感想 ―
[一言] >女子同士というのは面倒臭いのだ。 >表向きは大好きって顔をしているのに、裏ではディスられているなんて日常茶飯事で、気を許した方が悪いみたいな暗黙のルールが存在する程に、本当に面倒臭い! わ…
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