episode・17 夕弦と心 act 1
「うんしょっと!」
今日も今日とて元気に高校生やってる私である。
すっかりこの学校にも慣れて、毎日色々とあるけど楽しくやってます。
友達も出来たし、家に帰れば家族が待っている。
至って普通の事なのかもしれないけれど、私にとってはとても大きな事で、凄く大切な事なんだ。
普通な事ほど軽視しがちだけど、実は普通の幸せが一番手に入れにくいって事を、私はよく知ってる。
だからと言って、私が日直の日に限ってこんな大量のプリントを職員室まで運ばないといけない事態は、はっきり言って遠慮したい思いだ。こんな事は普通同じ日直の男子がやるべきなのに、部活の集まりがあるからって押し付けられたんだよなぁ。
帰宅部はこういう時、都合よく使われるまでがテンプレと言っていいだろう。
美咲が手伝うと言ってくれたけど、美咲も部活の集まりがあるって言っていて、私のせいで遅れさせるわけにはいかないから遠慮した。気持ちは嬉しいんだけど、迷惑はかけたくないから。
もう少しで一階に着く。そうすれば後は楽になるはずだ。
私はプルプル震えだした両手に最後の力を込めて、ヨロヨロと一段一段慎重に降りていってあと2段と迫った時、一階の廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえた。
途端、ドンッと肩に衝撃を受けて何とか保っていた体制が崩れかけて、咄嗟に転ばないように階段の手摺りにしがみ付いた。
当然、両手いっぱいだったプリントの山は無残に階段にぶちまけてしまったわけだ。
走ってきた男子は「悪い!」とだけ告げて、私の方も見ずにそのまま勢いよく階段を登って行ってしまった。
「……うそでしょ」
足元に派手に散らばる大量のプリントを見下ろして、私は力なく呟く。
(早く集めて職員室に行かないと、お弁当食べる時間が無くなっちゃう)
折角、雅君が作ってくれたお弁当が食べれない事だけは避けたい一心で、すぐさまプリントを集めに掛かる。
必死にかき集めながら残りのプリントを見ると、回収出来たのはざっと4割といったところか。
これは思ったより手間がかかると焦り始めた時、頭上から低い声で「大丈夫? 手伝うよ」と声をかけられた。
これはあれだね。少女漫画とかで昔から使い古されているパターンってやつだ。
落としてしまった物を拾い集めていると、手伝うよと声をかけてきて一緒に落とした物を拾ってくれる、おいおいこんなイケメンがこんなに優しいわけないでしょ!とツッコミたくなる発生イベントだ。
私はそんな呑気な事を考えながら顔を上げると、そこには少し髪の色を明るくした爽やかなイケメン男子がいた。
やはりツッコミイベントだと、心の中でツッコミをいれようとしたんだけど、普段からチートイケメンを間近で見ている私の目はどうやら、困ったレベルで肥えてしまっているらしく。
ドキッ!カッコいい!とか乙女の心理描写を心の中で描く事もなく「ありがとう」とだけ言って、プリント集めに意識を戻した。
作業を再開して急いでプリントをかき集めていると、手伝ってくれている男子はその1.5倍の早さで集めてくれている。
急いでいるのなら、無理に手伝ってくれなくていいんだけどなぁ。
そんな事をぼんやりと考えていると、「はい」と束ねたプリントを差し出されて辺りを見渡してみると、いつの間にか完全にプリントが全回収されていた。
すごっ!手が4本あるんじゃないかと本気で疑ってしまう程の早さに舌を巻いていると、屈んでいた私と男子が同時に立ち上がった。
少し見上げる程の身長差、私は女子にしては身長は高い方で163㎝ある。
見上げる角度は雅君を見上げる位かな。と言う事は180㎝には少し足りない位の身長だろう。
制服のズボンをかなり着崩していたから、足の長さがよく解らかったのは残念だ。雅君とどっちがスタイルがいいか比べたかったんだけど。
「……ありがとう。えっと、この上に置いてくれる?」
上履きの色が緑って事は私と同じ2年生なんだから、初対面だけど敬語はいらないよね?
「また落としちゃうかもだから、俺も一緒に運ぶよ」
「え? お昼休み終わっちゃうから、いいよ」
「そんな事気にしないで。職員室でいいんだよね」
名前も知らない男子はそう言って、断ってる私の意見を無視して拾い集めたプリントの山を運び始めるから、仕方がないと後を付いて行く事にした。
半分になったプリントの山は軽くて、さっきまでと違って周りを意識する余裕が生まれると、何だか視線を集めている事に気付いた。
「悠君どうしたの? 重そうだね。私も手伝うよ」
「ははっ、ありがとう。でも、大した事ないから大丈夫だよ」
「悠く~ん! 今日の放課後って空いてる? 良かったらどっかでお茶とかしない?」
「あぁ、ごめんね。今日は部活だから」
う~ん。この悠君って呼ばれている男子は、すごくモテるんだね。声をかけてきた女子達が私を睨みつけてくるんだけど、誤解されてるっぽいなぁ……。
居心地最悪な空気を耐え抜いて職員室に辿り着いた。
ここまででいいと言ったんだけど、ここまで来たんだからと持っているプリントを返す事なく、一緒に職員室に入って来た。
ホント、何がしたいんだろう。
「おう、ご苦労だったな。成瀬」
「これから男子の方を指名して下さいよ。女子には無理がありますから」
プリントを運ぶように指示を出した先生に、そう愚痴る。
「ははっ、そうだな。でも、そのおかげでいい事もあったみたいじゃないか」
先生はそう言ってチラっと私の横に立っている男子を見た。
おいおい、先生よ。一応校則に不純異性交遊禁止って事になってなかったですか?
成績さえ良ければいいと、基本的に校則が緩い学校ではあるんだけど、何故か不純異性交遊は駄目だという。
まぁ、私にはそんな予定がないからどうでもいいんだけどね。
「先生、それセクハラってやつですよ?」
「おっと、そうなるのか。全く何を話せばいいのか分からなくなるよなぁ」
先生が嘆くのも少し理解出来る。
あからさまな事ならいざ知らず、何でもかんでもセクハラやパワハラって騒ぐのもどうかと思う。
先生の冗談に、セクハラだと訴える私が言うのもなんだけどね。
「それじゃ、お昼ご飯まだなので失礼します」
私がそう言って会釈すると、隣に立っている男子も会釈して後を付いてくる。
ホントになんなんだよ。
「えっと、重い物持ってもらってごめんね。ありがとう」
頼んだわけじゃないけど、一応お礼は言っておかないとね。
「俺が勝手にやった事だから、気にしないで」
うん。気にしてないけどね。
「それじゃ、教室に戻るね」
「あ、ちょっと待って」
「あのさ、この前転校してきた子だよね?」
「まぁ、そうだけど。それがなに?」
「えっと……俺、C組の沢井悠って言うんだけど」
沢井 悠……どっかで聞いたような。
あっ!亜美と樹がカッコいいって騒いでた男の子の名前だ。
「あぁ、私は――」
「成瀬 夕弦さん――だよね?」
おっと、何故に違うクラスのはずの男子が私の名前を知ってるのかな? しかもフルネームで。
「あのさ、俺も昼飯まだなんだけど、よかったら一緒に食べないか?」
「――は?」
ヤバかった。ここが職員室前で、他の生徒達の姿がなかったから良かったものの、もし誰かに見られてたら私の明日が無くなってしまうとこだったよ。
一緒に食べようのお誘いの返事はNOで確定してるんだけど、どうやって断れば余計な波風を立てずに切り抜けられるか……それが問題だ。
「失礼しましたぁ」
そんな時、職員室の隣にある進路指導室から、気怠そうに話す何となく聞き覚えのある声が聞こえて視線をそっとに向けると、派手な金髪に派手なメイクに着崩しまくっている制服の着こなし方。
やっぱりあの子だ。
「に、西宮さん! 待ってたんだよ」
「……は?」
ですよねぇ。一度ちょっと話をしただけの新参者の転校生にいきなりそんな事言われたら、リアクションに困りますよねぇ。
だけど、ここは強引にでもイかせて頂きます!
「ホラッ! いつものとこ行くよ!」
「え? ちょ、なんだし!」
ワタワタとしてる西宮さんの背中をグイグイと押して、沢井君から離れていく。
まぁ、ワザとらしいとは思う。だけど、それでいいとも思う。
だって本当に騙せてしまったら、日にちを改めてとかになったら困るもん。
何が困るって、何だか亜美と樹に悪い気がするし。
立ち去る背中から沢井君が何か言ってる気がしたけど、このまま聞こえないフリして退散するとして、今の内に西宮さんの言い訳考えておかないと。




