episode・16 暴君降臨
ついにと言うか、とうとうと言うか、この前爆買いした紫苑の家具が全て届いて最後の家族が引っ越してきた。
いや嬉しいんだよ? やっぱり全員揃うと賑やかだし飯の作り甲斐だって増すわけだしさ。
……でも、ね?
「なに? この味噌汁。美味しければいいってもんじゃなくない? もっと塩分の事考えないと! アンタ親を早死にさせたいの?」
「……いえ」
「それと米の炊き方! これちょっと硬くない? ウチのは柔らかめの消化に優しく炊いてんの! わかる!?」
「……はい。以後気を付けます」
こんな風に味付けにクレームなんて最早挨拶レベル。まぁ、まだ不味いと言われてないだけマシ、か?
「おい、雅ー! この辺埃取り切れてないじゃん! ハウスダストで親早死にさせたいん!?」
「いえ……すぐに掃除し直します」
「おい、雅ー! この洗濯物ちゃんと叩いた!? 花粉とか付いてないでしょうねぇ!?」
「……あの、ウチは乾燥機にかけるから外干しはしてな……」
「は? なに!?」
「いえ、何でもありません」
ふ、平和な生活は暫く無理なのは覚悟してたよ。
でもさ、まさか小姑に化けるなんて想定外過ぎて、毎晩枕ビシャビシャに濡らす事になるなんて思わんかったわ!
枕濡らしてるのは嘘だけど!
俺は紫苑も家族に含むとは言ったけど、アンタの世話をすると言った覚えはないんだが!?
「ちょっとお姉ちゃん!」
「なによ」
「雅君が何でもしてくれるからって、いい加減にして!」
おお、いいぞ。もっと言ってやってくれ妹よ。
「別に便利に使ってるわけじゃないわよ」
本当にそうでしょうか?お姉さま。
「じゃあどういうつもりだったの!?」
「私はただ家族が一番大切だっていう雅に、両親に長生きしてもらう為のバランスの取れた食事作りの指南と、ハウスダストって体に良くないから気を付けなさいって忠告してあげたり、太一さんは知らないけど母さんは花粉症もちだから洗濯物には気を付けてって教えてあげただけじゃない」
……確かにそう、なのか?
いや、でも言い方がなぁ。早死にさせたいのかって最早脅迫案件では?……。
そもそもの話。あちこちのラーメンを啜り歩く女がバランスの取れた食事作りとか。
「おいコラ! 今、不敬な事考えてたでしょ!」
不敬って何様のつもりだよ、ったく。
「いえ、そんな事ありませんよ」
んー、紫苑はこうやって俺をキレさせて揚げ足を盗ろうとしてるんだろうけど、やり方が極端過ぎるだろう。
「ちょっとお姉ちゃん! 今、話してるの私でしょ!?」
「うるさいなぁ。だからさっき言ったでしょ」
「そもそも、私達は家事全般雅君に頼り過ぎてるんだよ! これからは分担するべきだと思う!」
いや、そこまでしなくてもいいんだ、夕弦。
元々家事が嫌いなわけじゃないし、この家族の中で一番時間を自由に使える大学生の俺が引き受けるのがベストなんだから。
「そうは言うけど、アンタ家事できんの? あたしは一人暮らししてたから、大体の事は出来るけど」
ほんとか?
いきなり一人暮らししてたマンションに荷物運びで呼び出された時、とても家事をしっかりやってる部屋には見えなんだが?
「わ、私だって料理くらい出来るもん! 部屋の掃除だってマメにしてるし!」
「自分の部屋だけを掃除するのなんて誰でも出来るでしょ。それに料理は雅担当って決まってんの」
決まってたんですか、そうですか。初耳ですけどね!
「だって、雅は料理と顔面しか需要ないんだから」
ひっで! 他にもあんだろ! 金儲けが得意とかさぁ! あと俺の顔面に重要があるとかギャグか!? ウケる!
「そんなことないもん! 雅君はすっごく優しいお兄ちゃんなんだから!」
!! い、妹よ。今なんと!? お、お兄ちゃんって言ったよね!?
「はっ! そんなこと言うけど、雅の顔面が残念なレベルでも同じ事言える?」
「……言えるよ」
今の変な間はなんだったんですかね?
「外で2人で歩いてて友達とバッタリ会ったりした時、顔面偏差値が低い奴でも『お兄ちゃんなの』って一切の迷いなく紹介出来る?」
「…………できる」
更に間が伸びたな。あとスゲー自信なさげな声に聞こえたのは気のせいか? 何とか聞き取れたってレベルだったぞ?
と言う事は、だ。
夕弦と歩いてて友達遭遇した場合、俺は他人のふりをするか、もしくは瞬間移動で姿を消すか……うん、前者だな。
「あ、あの紫苑さ――」
「紫苑! いい加減にしなさい!」
何だか夕弦と紫苑の2人が険悪なムードになりつつあったから、紫苑の矛先を俺に戻させようと2人の会話に割って入ろうとした時、更に被せるように沙耶さんの声がリビングに響いた。
ずっと俺達3人のやり取りを額に手を当てて何も言わずに見ていた沙耶さんの乱入に、夕弦と俺は目を丸くした。
だが、紫苑だけはそんな沙耶さんに動じる事なく黙ったまま、話の続きを促すようにジッと沙耶さんを見据える。
「紫苑――貴方、雅の何がそんなに気に入らないの?」
「……別にそんな事言ってないじゃない」
「これだけ私達家族の為にしてくれている雅に対して、顔面だけだなんてあんまりよ!」
……え? そこですか? いやいや! 料理も需要あるって言ってましたよね!? つか、顔面云々は紫苑の全然面白くないギャグですってばぁ!
「今はそうでも、今に顔面を全面に押し出して世の中渡り歩こうとするのが、顔面オトコの本質なのよ!」
は? もう何を仰ってるのか理解が追い付かないんですが!?
「確かに雅の顔面は立派だわ。だけどね、雅は顔面だけじゃないのよ! 学歴も立派だし炊事洗濯といった女子力も兼ね備えてる、どこに出しても恥ずかしくない息子なのよ!」
あははー。もうね、顔面顔面うっさいわ!
「はい! 3人共ストップ!」
両手をパンッと叩いて3人の意識を集めて、もうこの方向性を見失った話は終わりだと割って入ってやる事にした。
「アンタは黙ってな!」
「雅は黙ってなさい!」
「雅君、うっさい!」
「……あ、はい」
駄目でした。
あれ? 俺の事で口論になってたんじゃないの!?
これは駄目だと諦めていると、ふと生暖かい視線を感じて顔を向ければ、ずっと静かに情勢を見守っていた親父がいた――っていうかおったんかい! 静かすぎて気付かんかったわ!
そんな親父をよく見てみると、手には2本の缶ビールを持っていて顎をバルコニーの方にクイっと向けていた。
(なるほど、そういう事か)
親父の意図を察して、未だにギャーギャー言い合っている3人に気付かれないように、摺り足でこの場を離脱した俺達はバルコニーに出た。
俺達が住んでいるマンションのバルコニーは一般的な物と違って、ラグジュアリースペースとして設けられている。
タワマンの美点である高層から見渡せる景色をデッキチェアに凭れて眺める事が出来る、実に優雅な時間を過ごせるようになっている所なのだ。
「お疲れだったな」
「ったく、居るんなら助け船くらい出してくれたっていいだろ。それに誰にも気付かれずに冷蔵庫からビール取り出すとか、親父は何時から忍になったんだ?」
「いやー、3人の迫力が凄くてなぁ。ほい、乾杯」
「はいよ」
手渡された缶ビールを突き合わせて喉によく冷えたビールを流し込むと、炭酸の刺激が喉で弾けてホップの香りが鼻から気持ちよく抜けていく。最近分かってきたビールの美味さだ。
「ビールを飲む姿が様になってきたな」
「最初は何でこんな苦いものを金出して買わないといけないんだって思ってたけど、この苦みがいいんだよなぁ」
「そうだな。この苦みがやけに甘く感じる時は、きっと嬉しい事があった時なんだ」
「てことは、俺は今嬉しいと感じてるわけだ」
「違うのか?」
「いや、違わない。親父には本当に感謝してるんだ」
感謝してる。それは昔の事だけでなくて、今こうして新しい家族とワイワイと賑やかに生活出来ている事にもだ。
親父が沙耶さんと巡り合って過去のトラウマを乗り越えて結婚したからなんだから、感謝しかない。
「はは、そう言って貰えるんなら、こんなに嬉しい事はないな」
「再婚の話を聞いた時はとにかく親父がそれで幸せになれるのなら、俺の事はどうでもいいと思ってた。でも今は沙耶さんは勿論だけど、夕弦もいい子でさ。ずっと一人っ子だったから可愛くて仕方がないんだよな」
これは親父に気を使ったわけじゃなくて、俺の本心だ。
沙耶さんは親父の事を本当に想ってくれている。それに俺の事を本当の息子のように気にかけてくれていて、いつも温かい気持ちにさせてくれている。
夕弦は少しツンとしたところがあったけど、今では一緒に馬鹿な事言い合って笑ってくれている。ずっと1人だったから妹という存在がやたらと特別に思えて、一緒にいない時でも今頃どうしてるかなって考える時間が日を増すごとに増えていってる。
俺にとって夕弦はもう掛け替えのない大切な妹になってるんだ。
「うう……お義母さん嬉しいわ、雅」
「わ、私も雅君の事……とても優しい自慢のお兄ちゃんだって思ってるよ」
少し臭い話をしていて、何時の間にかバルコニーに出てきていた3人に声を掛けられるまで気付けずに、俺達はギョッとした顔を見合わせた。
「はは、なんだか恥ずかしい話を聞かれちゃったね」
「何が恥ずかしいの? とても嬉しかったわ、太一さん」
「う、うん! 私もすっごく嬉しかったです!」
「2人共、ありがとうね」
沙耶さんと夕弦が親父が座っているデッキチェアを挟んで立ち、俺達の話を聞いて嬉しいと言ってくれている。
2人の言葉は俺にとっても嬉しいもので、気持ちがポカポカと温かくなるものだった。
またお兄ちゃんって呼んでもらえたし!
(……ん?あれ? なんか忘れてる、ような?)
「おいコラ、雅! 何であたしはその家族に入ってないんだよ! アンタの中ではもうアタシも家族に含まれてるって言ってたよね!?」
あぁ、そうでした。この人をすっかり忘れてましたね。
「や、やだな、紫苑さん。そんなわけないじゃないですかー。紫苑さんは我が家の暴……頼りになるお姉ちゃんですよ」
「おい。今なんか言い直したよね? ぼう? なんて言おうとしたぁ!?」
「ち、違いますよ。ただ単に嚙んじゃっただけで、別に何も言い直してないですってば」
「そんなんで誤魔化せたつもり? これはじっくり話し合う必要がありそうね」
いや、もうアンタのせいでクタクタだからとっとと寝たいんだけど。
「雅、アタシのビールも持ってきて。あ、母さんも飲む?」
「そうね。今日は風が気持ちいいし、ここで皆で少し飲みましょうか」
「えー!? 私は駄目なんだよね?」
「夕弦はまだ未成年なんだから、当たり前じゃない」
「と言う事だからビール2本と、お子ちゃまの夕弦には100%のオレンジジュースね」
「子供扱いしないでよ! バカ姉!」
「はぁ!? アンタ姉に向かって――」
「――うっさい! 仕事バカ!」
「――このっ!」
揶揄おうとした紫苑だったけど、夕弦から思わぬ反撃を喰らって言い返せなくなったんだろうか、青筋を浮かばせて猛牛のように夕弦を追いかけ始めた。
「よーし、捕まえたぞー!」
「ちょ、ちょっと何すんのよ! ってキャアー!」
必死にバルコニー中を逃げ回る夕弦を捕獲した紫苑は何を思ったのか、夕弦の腰に腕を回してしゃがみ込んだ。
「生意気な小娘には昔ながらのお仕置きが必要ね!」
「え? え? まさか――いったーい!」
紫苑の言う昔ながらのお仕置き。
それはまさかの尻叩きだった。生地の薄いスカートの上に紫苑の平手が直撃する度に、パシンッといい音がバルコニーから夜空に飛んでいく。
(それにして、妹にも容赦ないな暴君よ)
そんな2人を親父はオロオロして助けようか迷っているようだったけど、沙耶さんはどこか懐かしい光景を見るような眼差しを2人に向けていた。
恐らく沙耶さんが離婚するずっと前に、こんな2人の姿が当たり前のようにあったのだろう。
旦那さんとの関係が良好で、そんな2人に愛情を注がれていた紫苑と夕弦。何も心配する事なくただ毎日が楽しく当たり前だった日々。
親の離婚はそんな当たり前の日常を壊してしまう行為なんだ。どうしようもない理由があったにせよ、そんな事は子供には関係なくて、ただ寂しい生活を送らされるはめになってしまう行為でしかない。
沙耶さんはそんな子供の気持ちに気付けて激しい後悔に苛まれた末に、親父と再婚して母として再出発を遂げた先にこの懐かしい光景を目の当たりにしたんだ。
きっと思う所が沢山あるんだろうと思う。
そうだな。今夜は家族5人で楽しく笑って飲もうか。
「それじゃビールとジュース取ってきますね」
「あ、それとおつまみが欲しい! 冷蔵庫に美味しそうなベーコンのブロックがあったでしょ? それ使って何か作りなさい!」
チッ! まだこき使うつもりか、暴君様よ。
「はいはい、わかりましたよ」
「それとお酒のつまみなんだから、味は濃いめにしてよ!」
おいコラ暴君よ。アンタついさっきバランスのとれた食事がどうのって言ってなかったか!?
それは完全に暴君の好みだろうが!
こうして、我が家に5人目となる最後の暴君、いや長女のシオンがここで生活する事になった。
こいつと夕弦と同じような関係を築くまでに一悶着あるんだろうなと考えると、今から頭が痛い。




