episode・12 心の一大決心
今日は心の家庭教師の日で、丁度1学期末テストが迫ってきた為、テスト対策としてカリュキュラムを組んだ。
模擬テストの結果が上々だったから、この勢いのまま期末テストでも大幅アップを狙うのは当然で、また今の心なら十分に可能だと期待している。
心の学校はテスト結果を順位化して、全校生徒の前に張り出されるらしくて、全校生徒に実力が知れ渡ってしまう。
心はこのシステムが大いに不満らしく、個人情報が垂れ流されてると煩かった。
だが、俺が家庭教師としてここに来た以上、今後一切そんな事は言わせないと誓いを立てた。
要するに、文句を言う奴は成績が悪いからであって、上の順位になれば文句をいうどころか、ドヤ顔で肩で風を切って歩いて文句なんて一言も言わないんだから。
「アーシ60位以上の順位になった事ないし!」
自分はアホなんだと言って、踏ん反り返れる心の心理が理解出来ない。
「威張るとこか? それ」
「だから、何とかするし!」
「なんで命令口調なんだよ!」
「したら、またボーナス貰えるかもじゃん!
そうだ。期末でも結果を出せたら、また臨時ボーナスGETもあり得るのか!
だけど、この前の模試で貰ったばかりなのに、いいのかなって思ってる自分がいたりする。
勿論、金の為に働いてるんだし、ボーナスを出してもいいという結果を出したのだから、遠慮する必要なないとは思うんだけど。
この前の模試の結果からみても、今回の期末も大幅アップも十分に可能だと思っている俺にとって、期末テストの結果は出来レースみたいに感じてしまって、少し卑怯な気がするんだよなぁ。
結果だけ見ている親御さんからしたら関係ない事なのかもしれないけど、この調子でいけば心はもう自分の勉強法を見付けているから、仮に俺じゃなくても大丈夫だと判断している俺からしたら、気にしないで報酬を受け取るのに抵抗がある。
「ははっ、どうなんだろうな。でも、もう心は俺じゃなくても大丈夫な気もするしさ」
「……は?」
「自分でも掴めてるって実感してるんじゃないか? 勿論分からない単元があったりしたら、教えられる講師がいた方がいいけど、それだけならもう俺じゃなくても大丈夫だろ」
「い、いやいや! 何言ってるし! センセじゃないと駄目に決まってるじゃん!」
「決まってはないと思うけどな」
正直に言うと、この前事務所から連絡があってもう1人担当を増やさないかと言われたんだ。
勿論、その分ギャラも増えるわけだから嬉しかったんだけど、俺の講義のやり方は、時間外労働が増えてしまう事を心の講師をしてみて分かったんだ。
それなのに生徒を掛け持ちなんてしたら、もっと時間外労働が増えてしまう。
多少ならまだイケるかもしれないけど、もし新しい生徒の学年が心と違った場合、単純に倍の時間がかかる事になる。
最近は夕弦に頼まれて勉強を見てやってたりするから、本当に時間が無くなってしまうんだ。
目標の為にやっている事とはいえ、家族の時間を蔑ろにしてまで急ぐ必要はないと思うから、生徒を掛け持つ事はしたくない。
だけど、心の成績結果を事務所に伝えているんだけど、どうやらその結果を宣伝文句にしているようで、俺を指名する生徒が増えてきているらしくて掛け持ちが無理なら事務所的には心の担当を外れて、新規の生徒を担当してもらいたいと言う意向らしいのだ。
「と、とにかく! アーシのカテキョはセンセだけだから! これは決定事項だし!」
「わ、分かった。まぁ、そう言って貰えるのは嬉しいしな」
「ホ、ホント?」
「ホント、ホント」
心の家庭教師を続行すると伝えると、心はホッと安堵した仕草を見せた。本当にもう大丈夫だと思うんだけど、クライアントである心がそう言うのなら、まぁいいか。
担当者の変更の話に決着がついて、俺と心はいつもの講義を始めた。講義に入ると、心は集中して俺の講義に耳を傾けている。
普段のノリは相変わらずだけど、講義中の姿勢は本当に変わったと思う。これだけ真剣に受けてくれると、期待に応えたくなって必要以上に頑張ってしまうんだよなぁ。
「うん。今日はここまでにしておくか」
「え? もうちょい時間あるじゃん」
「まぁ、予定していたとこまで進めたし、それに余った時間で話しておきたい事があるからな」
「……え? な、なんだし」
「前に頼まれたバイトの紹介の件なんだけどな。マスターに話したら人手不足だし、夏休みの期間は特に人手が欲しいから歓迎するって事になった」
「え!? マ、マジ!?」
「あぁ、ただ、今の心じゃちょっと無理とも言われててな」
「は? 何がダメなんだし!」
心にバイトの紹介を頼まれて早速マスターにその事を伝えると、確かに歓迎されたんだけど、バイトを希望している本人がどんな感じなのか訊かれて正直に話したらマスターの顔が曇ったんだよなぁ。
まぁ、曇った原因は俺も納得できるものだったから、こればかりは本人がどうするかに任せる事にした。
「その髪の色と濃いメイクが、店の客層に合ってないんだってさ」
「はぁ!? これはアーシのアイデンティティだし!」
「おぉ、難しい言葉知ってんなぁ! 偉いぞ!」
「バカにすんなし!!」
憤怒する心に苦笑いを浮かべて、俺もその理由は同意していて後は心がどうするかは任せると話すと、心は腕を組んでう~んと唸りを上げていた。
そこまで悩むのなら無理に俺のバイト先じゃなくて、その恰好でも大丈夫なバイト先を探せばと言ったんだけど、他のバイト先は無理だと却下された。
何でそこまで拘るのか謎だったけど、とりあえず心の返答を黙って待つ事にした。
「髪は真っ黒じゃないとダメなん?」
「いや、多分そこまでしなくてもいいと思うぞ。俺の先輩も少し明るくしてるしな」
「髪の色を落としてメイクもナチュラルメイクにすれば、そこで雇ってくれんだね!?」
「うん。それは俺が約束するよ」
「わかったし! その条件飲むから話を進めてよ」
どうやら心はアイデンティティとやらより、バイトをとったようだ。その条件さえクリア出来れば問題ないのは本当の事だから、俺は心に強く頷いた。
一大決心した心は「はぁ」と溜息をついている。
何度も言うが、そこまでの事なら違うバイト先を探せばと思うんだが……。
「丁度、予約してある美容院に来週いくから、その時にカラーも相談してみるし」
「そうなのか。でも予約がそんな先なんて、凄い人気店なんだな」
「それもあるけど、前から指名してた美容師が独立してさ。その人の拘りで1人に対して満足できる仕事がしたいからって、1日に3人までしか切らないんだって」
「ガンガン客を回せば儲かるのに、相当な拘りをもった美容師なんだな」
「うん。だからオープンの日に速攻で予約しようとしたんだけど、もう結構予約が詰まってたんだし」
心は悔しそうに話していたけど、すぐに金髪に触れて丁度良かったとニッと笑みを零した。
それにしても、今時そんな美容院があるなんて驚いたな。
髪を切りたくなくて殆ど美容院になんて行かない俺だけど、そこまでの拘りを貫いている美容師に少し興味をもった。
「それじゃ、マスターにはそう話しておくから、履歴書とか準備しておけよ。マスターに心の携帯番号教えておくから、こっからはマスターと話を進めてくれ」
「りょ~かい! あんがとね。センセ!」
「おう。んじゃ、帰るな」
俺は心に見送られて西宮邸を後にした。
夏休み期間だけとはいえ、心と同じ職場で働く事になるのか……。平和な仕事風景が全く想像出来ないなぁ。
何だか、身の回りが騒がしくなっている気がする。
金を稼ぐ事だけを考えてきただけなのに、気が付けば金にならない事をしている事が多くなってきている事に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。




