episode・10 紫苑の狙い
「そう。あたし今日休みなんだけど、母さんに家具を買い揃えろって言われてて、大学引けたらアンタ付き合いなさいよ」
紫苑はそう言って、沙耶から預かっているクレジットカードと愛車の鍵を見せてきた。
「それは構いませんけど、気にくわない俺が一緒でいいんですか?」
「まだアンタに言いたい事が山ほどあんのよ!」
「例えば?」
「何で敬語に戻したのとか? しかもサラッとさ」
「それは作者の気が変わったのでは?」
「は?」
「イエ、ベツニ」
「と、とにかくいいわね!」
「……はぁ」
雅をそう言って自身の支度を整えると、紫苑を家に残して出て行った。
◇◆
大学へ向かい予定した講義を受け終えた雅は、中庭のベンチに腰を下ろして、缶コーヒー飲み一息つく。
「はぁ、早く帰るとは言ったけど、正直気が進まないんだよなぁ」
完全に敵視されている事が分かっている相手に、優先的に行動しないといけない理由はない。
雅は小さな抵抗に苦笑しつつ、クズカゴに空き缶を投げ入れてベンチから立ち上がると、離れた場所からこちらへ駆け寄ってくる大山の姿が見えた。
雅は思わず逃げ腰になってしまうのは、向かってくる大山の顔に嫌な予感を抱いたからだ。
「あんな顔をしている時の瑛太って、碌でもない事言い出すんだよなぁ」
雅はそう独り言ちて反射的に逃げ出そうとしたのだが、大山はそれを察知したのか、一気に距離を詰めてきた。
「よう! 雅」
「お、おぉ。瑛太はいつも元気だな」
「まぁな! お前は何時にも増して元気ないじゃん」
「まぁ、身内でゴタゴタがあってな」
「ふ~ん。でよっ! 雅に頼みたい事あんだけどさ!」
(興味ないなら、最初から聞かないで欲しいんだけど)
やっぱり面倒な話をもってきたようで、雅は露骨に嫌な顔を見せるが、大山はそんな雅の事など気にする素振りも見せる事なく、話を続ける。
「今年のK大祭の事なんだけどさ!」
「断る!」
「まだ何も言ってないじゃん」
「訊かなくても分かる! そんでもって断る! あと、俺は予定があるから帰る!」
「予定って今日はバイトないだろ。お前にバイト以外の予定なんてあんのか!?」
かなり失礼な事を言われたが、実際事実だったので雅は何も言い返せないところなのだが、今日に限って言えば予定があるのだと胸を張る辺りが、普段はバイト以外にする事がない事を強調してしまっている事に雅は気付かない。
「さっき言っただろ? 身内のゴタゴタした案件があんだよ」
「身内のゴタゴタねぇ。親父さんの再婚上手くいってねえのか?」
「別にそういうわけでもねぇけど、色々あんだよ。て事で帰るわ」
「まぁ、ホントっぽいし、今日は諦めるけど、近い内に時間くれよ」
「はぁ……分かったよ。じゃあな」
珍しく食い下がる大山の事が気になった雅だったが、とりあえず先客を優先しようと自宅に向けて足を進めた。
「ただいまです」
「遅いわよ! 何時まで待たせるつもり!?」
「あのですね、俺も忙しい身なんですよ」
「呑気な大学生が笑わせないで欲しいわね。まぁいいわ、じゃあ行くよ!」
雅は紫苑に連れられて地下にある駐車場へ向かうと、流石は高級タワ―マンションといっところか、高級車ばかりが停まっており、ここにある車だけで総額おいくら万円なのだろうと、雅は庶民的な計算をしたくてうずうずした。
そんな高級車など目もくれずに、紫苑は沙耶の愛車の前に立つと、マスターキーのセンサーが反応して勝手に車の鍵が開錠された。
「さぁ、乗りなさい」
「……はぁ」
紫苑が乗り込んだ後に、雅も助手席に乗り込む。
「ところで今更なんですが、紫苑さんって免許持ってたんですね」
「ホントに今更ね。まぁ、ほぼペーパーみたいなもんだけどね。それじゃ行くわよ」
「は? 今何て言いました!? ってうわっ!」
言うなり紫苑はいきなりアクセルを踏み込み過ぎて、向かい側に駐車している車に追突しかけたところで、急ブレーキをかけて事なきを得た。
「か、勘弁してくださいよ……。まだやりたい事沢山あるので、死にたくないんですが」
「ちょっとアクセル踏んだだけで、あんな急に走り出すと思わなかったのよ!」
うむ。流石ポルシェだって事だな――いや、違うだろ。
「俺が免許持ってたら良かったんですけどね」
「はっ! アンタが持ってても、下手かもしれないじゃない」
「あぁ、それはないですよ。少なくとも紫苑さんよりは遥かにマシです」
「い、言ってくれるじゃない!」
「はいはい。眉間に皺寄せる暇があったら、ゆっくり安全運転で運転して下さい。家具買いに行くんですよね?」
「わ、分かってるわよ! ホントにムカつく!」
さっきの失敗が懲りたのか、その後は安全第一の運転を心がけるようになり、目的地に近付いてくる頃には鼻歌なんて歌っていたが、雅は少し口角を上げるだけで何も言わなかった。
主な家具は雅達が買い揃えた西宮の店で購入した。その後に雑貨を買い揃えて、概ね買い揃えた雅達は近くにあったカフェで一息つく事にした。
「しっかし買いましたねぇ。総額いくらになったか、考えただけで恐ろしいですよ」
「アンタ達が買った物と殆ど同じなんだから、大した差はないでしょ」
そう言う紫苑だったが、確かに西宮の家具を購入した。だが少なくとも雅は遠慮して全家具ともグレードを一番低い物を買ったのだ。だが、紫苑は全て最上級グレードで統一されていて、大した差がないとはいったいと心の中で唸った。
「そんな事より、夕弦にちょっかいだしてないでしょうね!?」
「は? そんな事するわけないでしょ。夕弦は俺にとっても妹なんですから」
「今はそうでも、一緒に住む内にってパターンだってあり得るじゃない! 家族って言っても血が繋がってるわけじゃないんだし」
「ありませんよ。夕弦はどこまでいっても、可愛い妹ですよ」
紫苑が向けてくる疑いの眼差しを真っ直ぐに見返しながら、そう言い切る雅の言葉に一切の嘘はない。
初めて出来た妹を可愛がる事に憧れを抱いていた雅にとって、当然の感情で例え血が繋がっていなくとも、そんな事は関係ないと話した。
「……そう」
「えぇ、だから紫苑さんも――」
「ねぇ、あたし達の本当の父親の事って訊いてる?」
雅の話を遮り、紫苑が睨みつけるような眼差しを向けてそう問う。
「以前、夕弦から簡単にですが。それがどうかしたんですか?」
「気にならないの?」
「はい。どうでもいいと思ってますが?」
「な、なんでよ!?」
「何でって言われても、今の生活にその情報は必要ないからですよ」
昨晩、太一と雅を財産目的で沙耶に近付いたんじゃないかと疑われた時、違和感を抱いていた雅だったのだが、今の紫苑の話を聞いて違和感の正体に気付いた。
「なるほど。紫苑さんの話を聞いて、何がしたいのか分かった気がします」
「は? 何言ってんの?」
「財産目的云々はただのこじ付けで、紫苑さんの狙いは沙耶さんと紫苑さん達のお父さんの復縁で、その為には俺達が邪魔なんですね」
「!!――な、なんで」
「昨晩から違和感はあったんですが、この席でお父さんの話を出してきたので、確信がもてました」
「そ、そうよ! 私はお父さんと復縁する事を望んでる。だって……」
「無理に話さなくていいですよ。俺は確認したかっただけで、詳細を問い詰めようなんて思ってませんから」
そう話す雅に困惑を隠せない紫苑。
何故そんな事をしようとしているのか、そして復縁を望んでいるのは紫苑本人なのか、それとも父親がそれを望んでいるのかと普通なら知りたがる事なのに、それ以上踏み込んでこない雅の考えが理解出来ないのは無理もない事だ。
「さてっと! それじゃそろそろ帰りましょうか。紫苑さん」
「え? あたしも帰っていいの? あたしはお父さんとの復縁を望んでるんだよ?」
「まぁ、復縁されるのは困りますけど、そうなってしまったら親父に魅力が足りなかったって事でしょ」
「あ、あたしをあの家に居させたら、何するか分からないんだよ!?」
「そうですね。勿論、ある事ない事でっち上げたりされたら黙っているつもりはありませんが、今は特に何もしてないじゃないですか」
復縁を望んでなんていない雅にとって、紫苑は爆弾のようなものだ。
そんな爆弾を同じ家に置いておくのは、勿論マズイ事ではある。
だが、雅のこの判断には実は沙耶が関わっているのだ。
以前、料理を教えている時の事だ。
不意に紫苑の話をしてきた事があり、夕弦の時とは違う意味で苦労させてしまうと、頭を下げられた事がある。
だが謝る沙耶だったが、大事な娘だから受け入れて欲しいと嘆願されていたのだ。
その時は深く考えずに了承したのだが、まさか沙耶を復縁させようとしているなんて考えもしていなかった雅は、安請け合いしてしまった事を後悔したが、沙耶の頼みを無下に出来ないとそのままの紫苑を受け入れようと決めたのだ。
「バッカじゃないの!? どうなっても知らないからね!」
ニヤリと笑みを浮かべる紫苑に、只々腰が引ける雅であった。




