episode・8 この人がお姉さん!?
「な、何でアンタがここに!?」
「何でってご挨拶ねぇ。それにアンタじゃなくてお姉ちゃんなんだぞ?」
は?お姉ちゃん? 何言ってんだこいつ……。
思考が全く追い付かない。
現状の把握すら出来ていない。
その原因は、俺の姉だと言い張るこいつのせいだ。
だって……目の前にいるのは、ついさっきラーメン屋でスタッフに聞こえるように、そこのラーメンをディスって立ち去った女だったからだ。
「おかえり、雅君」
「……ただいま、沙耶さん。あの、この人が何でここにいるんですか?」
「あら? 2人は知り合いだったの?」
「うん! さっき駅前のラーメン屋で意気投合しちゃってさぁ!」
首を傾げる沙耶さんに、姉と名乗った女がさっきの話を盛りに掛かる。
「いや! あれのどこが意気投合したって事になんだよ! あの後、滅茶苦茶気まずい空気でラーメン食ったんだからな!」
「えぇ!? でもさ、あたしの食レポは正しかったでしょ?」
そうなんだ。確かにあそこのラーメンが絶賛するような味ではなく、またリピするかと問われれば、即答でNOと答えるレベルだったんだ。
せめて、あのラーメンがあと100円安かったら、コスパ的に合っていると思うんだけど。
「ま、まぁ確かに、それは同意だったけどさ」
「ふふん! いいねぇ君。変に屁理屈こねないで、素直に認める所は好感がもてるよ」
なに目線なんだよ!偉そうにマウントとった顔しやがって!
それと、俺達の空気が良くないのが原因なのは分かってるけど、みっともなくオロオロすんな! クソ親父!
「ちょっと、お姉ちゃん! 雅君に馴れ馴れしいんじゃない!?」
え? 俺もこの家族一員だよね? お客扱いされてるみたいで、悲しくなるんだけど……。
「うるさいなぁ。あたしにとっては弟君なんだから、これ位の距離感なんて当たり前じゃない」
「だ、だからって初対面でそんな調子じゃ――」
「あれぇ? 夕弦、もしかして妬いてるのぉ?」
「バッ、バカ言わないでよ! 雅君は兄妹なんだよ!? きょ、兄妹に妬くとかあるわけないじゃん!」
「あぁ、はいはい。分かった、分かった」
「ぐぬぬ……!」
あからさまに揶揄って楽しんでるな、この人。夕弦は嫌っているってわけじゃないみたいだけど、苦手にしているっぽい。
これからこの2人に板挟みにされて、精神ゴリゴリ削られる日常しか思い浮かばなくて、今から胃が痛くなってくる。
「とりあえず、煩い夕弦は放っておいてっと」
「放っとかないでよ!」
多分だけど、この人――夕弦の事、大好きなんだなって気がする。
「改めまして、成瀬 紫苑です。これから宜しくお願いします。太一さん、雅君」
「うん。宜しくね、紫苑ちゃん」
「俺も改めましてですけど、月城 雅です。これから宜しくお願いします」
黒髪をベースに所々アッシュを入れた色の髪を肩位まで伸ばしていて、少し強めにいれたメイクがその色を際立たせている。
顔の造りも沙耶さん譲りの目鼻立ちがハッキリした所謂、美人顔ってやつで、その目は自信に満ち溢れているって表現がピッタリ当てはまっているだろう。
手足はモデルのように長く、全体的にスレンダーな体型だが、主張する部分はしっかり主張しているスタイルと相まって、美しいと言う表現しか思い浮かばない。
そんな人がこれから俺の姉になると言われても、正直ピンとこないものがあったけど、俺はそれを口に出さずに会釈して受け流す事にした。
夕弦の時のように、少し時間をとりお互い色々と話す事が出来れば、俺より大人の人なんだから自然と家族をやれるだろう。
――その時の俺は、そう思っていたんだ。
「それより、いきなり今日来るなんて何かあったの?」
沙耶さんがそう尋ねる。どうやら予定していた事じゃなかったらしい。
「ん~、明日を定休日にする事にしたから、本当は明日ゆっくり来るつもりだったんだけど、ラーメン屋で面白い出会いがあったから我慢出来なくなって来ちゃったんだよねぇ」
面白い出会いですか……俺にとっては災難な出会いだったんですがね。
「そういえば、そのお店で雅君と会ったって言ってたわね」
「そうそう! 顔を見た時から気付いてたんだけど、面白そうだったから、知らんふりして揶揄ってたんだよね」
やっぱり揶揄ってたのかよ!
……ん? あれ?
「あの、どうして俺が家族の人間って知ってたんですか」
そうだよ。冷静に考えると、何で俺が月城だって知ってたのか疑問に思ったのは当然だと思う。
「それはねぇ。夕弦から連絡貰った時、君の画像を送って貰ってたからだよ。ほらっ!」
そう言って画像を立ち上げたスマホを俺に見せてきたんだけど、画像を見ても首を傾げる事しか出来なかった。
「この画像で、よく今の俺が同一人物って分かりましたね」
「えぇ!? 普通、分かるでしょ!」
紫苑さんはそう言うけれど、俺にはそうは思えない。
何故なら、画像に写っていた俺の顔はいつもの顔を覆い隠す程の前髪を垂らしているものだったからだ。
因みにだけど、今までこの違いを見抜けたのは瑛太だけだったのだけど、それも顔を合わせるようになってから、かなりの時間が経ってからだった。
だから、初見で見抜かれたのは、紫苑さんが初めてだ。
「そんなに驚く事なの? 私にはすぐに分かったんだけどなぁ」
そう呆気らかんと答える紫苑さんに俺は首を傾げたんだけど、そんな俺を気にする事なく「とりあえずお風呂入らせて」とだけ告げて、小さな手荷物を持って風呂場に姿を消してしまった。
あれ?今日来る予定じゃなかったのに、何で着替えとか準備してたんだ?という疑問が湧いたんだけど、どうやらマンションの隣にあるコンビニで下着を買って、パジャマは夕弦の予備を無理矢理奪取されたって、夕弦が口を尖らせながら教えてくれた。
かく言う俺も今日は家庭教師のバイトだった為、早めに休みたかったんだけど、先に紫苑さんに風呂に入られてしまった為、皆が集まっていたリビングのソファーに沙耶さんが淹れてくれた珈琲を片手に交じる事にした。
「ところで紫苑はどう? 雅君」
「どう……とは?」
「あの子って誰に似たのか、人一倍野心家な所があって扱い辛いとは思うんだけど、根はいい子なのよ」
あぁ、俺が紫苑さんと家族として上手くやっていけるか心配してるのか。
まぁ、確かに変わった人だと思うし、初見がああいう出逢い方だったから腹が立ったりしたけど、家族だと分かればそれも個性だと思えるようになったいた。
「まぁ、悪い人ではないのは何となくですが解りますし、少し時間がかかるかも知れませんが、沙耶さんが心配するような事はないと思いますよ」
「そう? そう言って貰えると私としても助かるんだけど、もし無茶な事言ってきたり、してくる事があったら、直ぐに私に話して頂戴ね」
「はい。わかりました」
沙耶とそんな話をしていると、親父もホッとしている様子だったんだけど、夕弦は面白くなさそうに口を尖らせて、結局自室に戻る時に「おやすみ」と挨拶をしただけで、他に何も話す事なく自室に戻って行った。
◇◆
「ふぅ、さっぱりした。ここのお風呂凄いね」
「でしょ? 俺も初めて入った時、興奮しちゃって湯あたりを起こしそうになりましたよ」
「あはっ、それ分かるわ!」
濡れた髪を頭に掛けたバスタオルで撫でるように水分を拭き取りながら、初めて来たとは思えない程に自然にキッチンにある冷蔵庫を開ける紫苑さん。
夕弦の可愛らしいパジャマを着ているというのに、紫苑さんからは色気というか大人の女性特有の雰囲気が駄々洩れているように感じて、俺は疾しい事などないはずなのに、何故かバツの悪さを感じた。
因みに親父と沙耶さんも先に休むと自室に戻っていて、この広いリビングには俺と紫苑さんの2人だけだった。
「弟君もこれからお風呂なんだろうけど、一本だけ付き合ってくれない?」
紫苑さんはそう言って、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出していた。
正直早く休みたかったんだけど、新たに加わった姉の誘いとあらば、無下に断る事は出来ないな。
「はい。それじゃあ、頂きます」
「よしよし! そうこなくちゃねぇ!」
ほいっ!とキッチンからソファーに向かいながら、座っている俺に向けて缶ビールを投げ渡されて、俺はおっかなびっくりに何とかそれをキャッチしたんだけど、受け取りそびれて頭に直撃したらとか考えなかったのかな?
「んでは! 新しい姉と弟に乾杯だ!」
「は、はい。乾杯です」
缶を軽くぶつけ合い、お互い勢いよくキンキンに冷えたビールを喉に流し込んだ。
「はっはぁぁ! やっぱりお風呂上りの一口目は最高だね!」
「……はは、そうですね」
俺まだ風呂入ってないんだけどね。
でも、風呂に入っていなくても、仕事終わりの一杯は最高に美味いよな。
ソファーに深く腰掛けて足を組む姿が同世代では絶対に出せない色気があり、湯上りでピンク色に染まった頬がそれを更に加速させている。
無防備にリラックスしているのは、俺は家族として見てくれている事だから嬉しい事なんだけど、俺は無意識に視線を夜景が綺麗に見えるガラスの壁に向けて、ビールをチビチビと飲んだ。
「正直に言うとさ」
「はい?」
不意に声のトーンを下げて話し出すものだから、外していた視線を思わず戻してしまった。
「母さんの再婚、実は私的には反対だったんだよね」
「そうなんですか? その理由を訊いても?」
紫苑は勿論だと頷いて、話を続ける。
「ハッキリ言って母さんは仕事の事に関しては超一流の人間で、そんな母さんを私は尊敬してる。だけどプライベートでは世間知らずな所があってさ。だからそんな母に近付く奴なんてどうせ財産目的だと思ってる」
「――は!?」
静かに怒りがこみ上げると言うのは、こういう事なんだと初めて知った。
こいつの言い分だと、親父はその財産目当てで近づいて求婚したという事になるからだ。
ジワジワと頭に血が上るのは感じて、髪が逆立つイメージが湧いてくる。
目が充血していき、殺気が滲みだす。
「一応訊きますけど、それは親父の事を言ってます?」
「……そうよ」
反吐が出る。
なんだ……こいつ!
親父が財産目当てで近づいただ!?
「ふざけんなよ!」
「ふざけてなんかないわよ……」
怒りのやりどころが思いつかなくて、気が付けば手に持っていた缶ビールの缶をグシャッと握りつぶしていた。
「なに? 暴力? 男ってそれしかないから、ホント嫌いなのよ」
「……取り消せ」
「は?」
「親父が財産目的で再婚したってのを、今すぐ取り消せ!」
「どうして? 現に君はお金に人一倍執着してるって聞いたよ? 蛙の子は蛙って事じゃないの?」
もう限界だ。これ以上こいつと話す口はもたない。
「俺の事はどうでもいい。けどな……親父の事はもう我慢出来ねぇ」
自然とそう言葉が零れ落ちたと同時に、気が付けば紫苑目掛けて手を振りかぶっていた。
この手を振り下ろせば全てが終わると、頭では分かっていたけど、もう止められそうにない。
溜め込んだ力を一気に解放するように、俺は紫苑の顔を目掛けて肩に力を込めて振り上げた手を振り落とした時、親父が俺に再婚の話をして祝福した時のあの嬉しそうな顔が脳裏を過った。
鈍い音がリビングに響く。
歪んだ視界には目をギュッと閉じて、思わず両手を交差して自分を守ろうとしている紫苑が映っているが、どこも傷付いている様子がない事に安堵した。
……間に合ったか。
歪んだ視界を作った原因は、俺が俺自身の横っ面を殴りつけたからだ。
ギリギリの所で理性を取り戻した俺は、振り下ろした手を止めるのは間に合わないと判断して、軌道を俺の顔に向けて握りしめた拳を叩きつけた。
相当痛みがあるはずなのに、アドレナリンが溢れ出しているからか、あまり痛みを感じなかった。
どうやら親父の全てを失ってしまう最悪の事態だけは回避出来たようだ。
「馬鹿じゃないの?」
「はっ! お前にだけは言われたくないね」
俺はそう反論して、めり込んだ拳を引き抜き、フロアにへたり込んだのだった。




