episode・4 ヒヨる石嶺
「はぁ、今日も連絡なし……か」
最近騒がしい大学内から逃げるように、ランチ時間はこの中庭の一番端にあるベンチに来るようになっていた。
賑やかで楽しい雰囲気が好きだったはずなのに、あの時から煩く感じる様になってしまって、気が付けばよくここに来ている。
あの日。月城に会う気が無いと言われて別れてから、もう一か月以上が経過しているんだけど、その際月城から連絡が一切ない。この前恐る恐る月城の家に行ってみたんだけど、もう引っ越した後で誰もいなかった。
「……そういえば、引っ越し先も教えてもらってないや」
幼馴染ってこんなもんなのかなぁ……。
もっと一番近い存在で、月城の事を一番理解していて、一番心を許してくれている存在なんだと思ってたんだけどな。
小さい頃はずっと一緒だったんだ。
何をするにもいつも一緒で、それが当たり前だと思っていた。
――あれ? あれって何時からだったっけ?
「師匠~~!!」
「うひゃい!」
ボンヤリと考え事をしていると、突然後ろから半泣きの……え~と、そう!三島さんが現れた。
本当にこの子は気配を感じない。もう忍びのように――って忍びなんて会った事ないんだけど。
「み、三島さん。あのね、その師匠って呼び方なんだけど」
「師匠は師匠なんです~」
「あぁ、もうそれでいいや……それで? どうしたの?」
「教えて貰った店に通っているんですけど、全然月城さんに会えないんですよぅ!」
そういえば月城のバイト先を教えたんだっけ。
「教えて結構経つよね? どれくらいの頻度で通ってるの?」
「ほぼ毎日ですけど?」
「えっ!? 何でそれで会えないのよ!」
「大学の帰りに寄ってるんですけど、何故か順番待ちが出来ている日以外は顔を出してたんですが、いないんですよ」
それは変だ。それだけ通ってて流石に会えないのはおかしい。
もしかして、バイト先を変えた?
それにしても殆ど毎日通ってるとか、本当に月城に会いたいんだなぁ。
そこまでしてるんだから、いっその事、私が電話をかけて代わってあげたい気持ちもあるけど、今の私達の関係じゃそれもしてあげられない……か。
「ねぇ、三島さんって今日は何時頃終わりそう? そんでもって、その後何か予定あったりするかな」
「え? あと一コマで今日は終わりで、その後はモンドールに行くだけですけど」
「あははっ、やっぱり今日も行くんだね。うん! よし! 私もちょっとあいつに用があるから、今日は私も一緒に行っていいかな」
「ホ、ホントですか!? 勿論です! 月城さんの幼馴染さんである師匠が一緒にいてくれたら、凄く心強いです!」
ホントは複雑なんだけどね。どう見ても月城の事が好きなこの子は、ハッキリ言ってライバルなんだから……。
でも、ここは割り切って彼女を利用させてもらおう。1人じゃ怖くて会えそうにないから……。
◆◇
私は三島さんと大学の最寄り駅で待ち合わせて、モンドールがあるW駅に向かった。
電車に乗る前からそわそわと落ち着きがない三島さんに苦笑いを浮かべながら、もし店に月城がいた場合の事を考えていた。
そもそも、あれから音信不通だった相手にどんな顔をして会えばいいんだろう。いつもどおり気安く声をかければいいのか、それとも神妙な面持ちで登場すればいいのかさえ、今の私には判断出来ない。
「ねぇ、三島さん」
「はい?」
「もし喧嘩中の友達と会う事になったら、三島さんならどんな顔して会う?」
「え? 月城さんと喧嘩してるんですか?」
「え、いや、もしもの話で、別に私と月城の事を言ってるわけじゃ――」
「やっぱりそうなんですね。今日見かけた時から、背中が凄く寂しそうでしたもんね」
「――え? 私そんなだった?」
「はい。もうこの世の終わりみたいな空気だしてましたよ」
マジか。いや、落ち込んでたし、月城の事ばっかり考えてたけど、そこまでだった事に驚いた。
それだけ、月城の存在が私の中で大きいものだったんだな――勢いで動いたけど、少し怖くなってきた。
そう感じた私の足はW駅の改札前で完全に止まってしまっていた。
もう一度、月城に拒否されたら、多分だけど立ち直れない気がしたからだ。
「どうしたんですか?」
「……あぁ、えっとね。私、やっぱり今日は帰ろうかなって」
言って、私は元来た階段の方に体を向けると、ギュッと右腕を掴まれた。誰に掴まれたのなんて考える必要もなく、振り向くと少し緊張した顔をした三島さんが私をじっと見ている。
「そんなに月城さんが怖いんですか?」
「えっと、怖いって言うかね……」
「お二人の間に何があったのかは知りませんし、訊いたりしません。ですが、あまり月城さんを馬鹿にしないで貰えますか?」
「……は、はぁ!? 何言ってんの!? 私は別に!」
唐突な言い分に、私は頭で意味をかみ砕く前に、三島に噛みついていた。
月城を馬鹿に!? そんな事するわけないじゃない!
「月城さんはとても優しい人です。それは私なんかより石嶺さんの方がよく度存知でしょう?」
「だから私は!」
「そんな優しい人が、わざわざ会いに来た人に冷たく接すると思っているんですか? それも見知らぬ他人ではなく、幼馴染である石嶺さんにですよ!?」
こんな彼女を見たのは初めてだ。
まぁ、知り合って間もない関係だけど、少なくともこんな風に訴えかけてくるイメージは私の中にはなかった。
あと、やっと師匠じゃなくて、苗字で呼ばれた。このままずっとそう呼んで欲しい。
「……でも、私が悪かった事だし、月城は結構冷めてるとこあるから、もう私の存在なんて気にする価値もないって思ってるかもしれないし……さ」
「石嶺さんはアホなんですね」
「はぁ!? アホってアンタねぇ!」
「もういいですよ。私だけで行ってきますので、そこで好きなだけ拗ねてて下さい」
言って、彼女は淡々と改札を潜り、もう通い慣れたからなのだろう。まるで地元の人間の様にスマートに目的地に向かって行く。
悔しい。つい最近知り合っただけのくせに、小さい頃から一緒だった私に、月城の事で説教されるなんて……。
助けてって泣きついてきたくせに――私に説教なんて10年早いわよ!
気が付けば私も勢いよく改札を潜り抜けて、ズンズンと足を前に進め一気に三島の隣に並んでた。
「あれ? もう拗ねるのやめたんですか?」
「別に拗ねてなんかないし! 私がどれだけあいつと時間を共有してきたのか、アンタに見せてやろうと思ってね!」
「へぇ、それは楽しみですねぇ。会った途端にキョドらないで下さいよ」
「そんな事するわけないじゃん! ほら! いくよ!」
「ふふっ、はい!」
まんまと乗せられた事に腹が立つ。こんな気弱そうな子にこんな事言われる程、私は弱っていたんだな。
情けないよ、ホント。明るさだけが取り柄なのに、これじゃ良いとこなしの女じゃんか。
見てなさいよ!私の事を師匠って呼んだカッコいい私を見せてやるから!
体中から力がみなぎる感じがして、あれだけ重かった足が軽い。
多分、口角が上がっていたんだろう。三島さんが同じように口角を上げてニッコリと微笑んでいる。
私もニッと笑みを見せて、目的地であるモンドールに並んで向かった
着いた。三島さんは通い慣れてるんだろうけど、私はここに来るのは二回目だ。
一度、月城の働いている所が見たくて来た事があるんだけど、店に前まで来て急に恥ずかしくなって逃げる様に帰っちゃんだよね。
「あれ? またヒヨリましたか?」
少しだけ躊躇した途端、三島さんがニヤリと笑みを浮かべてそう言う。
ふざけんな!私がビビる必要なんてないんだからね!




