episode・22 先行投資の約束 side石嶺
ヤバい!ヤバい!服が中々決まらなくて、少し遅れ気味だ。
女の子が遅れてくるのは基本だ……なんて常識が月城には通用しないと思う。
遅いぞ!とか、いつまで待たせんの!?とか言うのは容易に想像がつく。
最悪の場合、帰っちゃう事だってあいつの場合有り得るんだよなぁ……。
昨日楽しみ過ぎて、中々寝付けなかったのが原因だ。遠足前の小学生かっての!
こんな事なら近所なんだから、現地で待ち合わせなんてしなくて迎えに来てもらえば良かったよ。デートっぽくしたかったから私から提案したんだけど、完全に自爆した!
とにかく少し遅れるってメッセージ送って、帰られるのだけは何としても阻止しないと!
◇◆
待ち合わせ時間に10分遅れて待ち合わせ場所前まで到着した私は、急いでいるのに思わず足を止めてしまった。
待ち合わせ場所に設置している1人掛けの椅子に、足を組んでスマホに視線を落とす月城の姿に、見惚れてしまったんだ。
注文通りこの間選んであげた服装、髪もワックスでしっかりと固めていて、眼鏡もコンタクトに変えている。
ただそれだけの事なのに、今の月城は少女漫画に登場するイケメンみたいに、変な星がキラキラと光っているように見える。
おっといけない!遅刻してるっていうのに、ボケっと見惚れてる場合じゃなかった。
「ごめん。待った?」
月城の元に駆け寄って声をかけると、あいつはゆっくりとスマホから私に視線を向ける。
「おぅ。15分位待ったかな」
「そ、そこは俺も今来たとこって言うんじゃないの!?」
「そんなテンプレ、俺の辞書にはないな」
「て、テンプ?」
予想はしてたよ? でもさ!なんていうか「待った?」「いや!俺も今来たとこ」みたいな台詞に憧れてたんだから、偶には私の予想を裏切って欲しかったな。
ていうかテンプレってなに?天ぷらの聞き間違い?え?違う?
とりあえず気を取り直して、今日の服をしっかり見て貰おう。
自分で言うのもなんだけど、かなり悩んでコーディネートしたんだから!
私は自然に全身が良く見えるように立ち振る舞ってみたけど、月城は何だか鬱陶しそうな顔をしている。
一生懸命準備した乙女心に火を付けられた私は、今日も服装のポイントをきっちり解り易く説明してあげたけど、月城は首を傾げるだけ……月城の隣を歩くのに恥ずかしくないように、頑張ったのに――ばか。
「まぁ、上映時間までにはまだ時間あるし、ブラブラしながら行くか」
「うん!」
私は色々と納得いかない事もあったけど、立ち上がった月城の隣に立って歩き出した。
周囲の視線が、特に女の子の視線が月城に集まっているのが分かる。
そんな奴らからこいつは私のだとアピールしたくて、必要以上に専門店で立ち止まり、積極的に話しかけて仲良しアピールとかしたけど、月城は興味薄なリアクションしかしない。
うぅ……ヤバいか?
でもでも!あいつが気怠そうにしてるのはいつもの事で、気にしてたら月城の友達なんてやってられない。
だから文句とか言ってやればいいんだ。
それに……なんか懐かしい感じがするんだよね。
昔の事を懐かしんでいると、視線を感じて見上げると月城が私をじっと見つめてた。その表情が今の私と同じに見えて、もしかして同じ事を考えてた?なんて思うと急に恥ずかしくなった。
「ん?どうかした?」
白々しくそんな事を言ってみると、何でもないとか言って1人で先に映画館へ向かおうする。
「ちょっとぉ、待ってよ~!」
なんて女の子っぽい言い方で月城の後を追ったけど、いつか私以外にも本当の月城に気付く女の子が現れるかもしれない。そんな危機感をずっと抱いてた私は月城の隣を歩いているのに、何故かどんどん距離が出来てしまっているように感じて、いつもの笑顔がちゃんと作れているか不安になった。
映画館に着いた私は、月城に様子が変わってしまった事に気付かれる前に、お花を摘みに行くと告げて離れる事にした。
この短い時間で、何とか元に戻さないと。
トイレでする事ではないとは思ったが、深く深呼吸をして気持ちを落ち着けて軽く化粧を直し終えた私は、待たせている月城の元に向かうと、月城の周りに見覚えのない女が3人もいた。
私は咄嗟に月城達の近くに立っていた柱の影に身を隠し、様子を伺ってみる。
どうやら逆ナンにあっている月城は、相変わらず気怠そうに対応しているようだ。
声をかけている女達は私達と同じ位の年齢の大学生だと思う。
1人じゃなくて、友達と一緒だと答えているのに、女共は諦める様子はなく粘っている。
まだ質問してくる女達に、答えようとしている月城に違和感を覚えた。
昔の月城ならここでバッサリと突き放していたはずだからだ。
やっぱり月城は変わってきている。他人と深く関わりたがらないのはいつも通りだけど、突き放すラインが引き下げられている気がする。
私はゾッとする感覚に襲われて、気が付けば月城達に向かって歩き出していた。
「ちょっと~? 雅く~ん?」
どさくさに紛れて、月城の事を名前呼びで声をかけてみる。
照れ臭い気持ちもあったが、それ以上に懐かしさが込み上げてきた。
「彼女をほったらかして、ナンパとか笑えないなぁ」
もうこうなったら、遠慮という概念がなくなった私は、自分が月城の彼女なんて口走っていた。心臓が飛び出る程にドキドキしたが、周りにそれを悟らせない様に、必死に平静を保とうと口角を上げて見たが、多分ドキドキで目は笑えてなかったと思う。
「ほら! いくよ!」
月城が余計な事を言って女共に嘘がバレる前に、腕を掴んでその場から月城を連れ出した。
「な、なぁ! 彼女って誰の事だよ。それにナンパとか俺に出来るわけないだろ」
「分かってるよ! 逆ナンから助けてあげたんでしょうが!」
「は? 逆ナン? アホか! 俺がそんなリア充イベントに遭遇するわけないだろ」
この状況でも、自分が逆ナンにあっている自覚がない月城に、私は盛大に溜息をつく。自分がモテるって自覚がないのは、私としては助かっているわけだけど、ここまで鈍いと私のこれからの苦労が簡単に想像出来てしまって、溜息をつきたくなるというものだ。
「月城って今、眼鏡持ってる?」
「眼鏡? あぁ、一応持ってきてるけど?」
「それなら、映画行く前にお手洗い行ってきてくれない?」
「お手洗い? 俺は別に小便もウ〇コもしたくないんだけど」
「しょん……バ、馬鹿! 女の子の前でそんな下品な事言わないでよ! 違くて、お手洗いでコンタクト外して眼鏡に戻せって言ってんの!」
これ以上、余計な邪魔が入らないように、凄く名残惜しいけど眼鏡に戻してもらう事にした。
っていうか、女の子に対してしょ、しょん……とかデリカシーってものがないのかあいつは!
「これでいいか?」
そう言って眼鏡スタイルに戻した月城を見て、残念な気持ちとホッとする気持ちが混ざって複雑な心境になった。といっても、髪型はそのままだから、超イケメンから普通のイケメンになった程度なんだけどね。
それから本来の目的だった映画を観たんだけど、期待し過ぎてたからなのか微妙な感想しかもてなかった。月城も同じ感想だったみたいで、その後にお昼ご飯に入った洋食店では、ダメ出し会になったのは言うまでもない。
ご飯を食べ終えて、食後の珈琲なんてしている時に、月城から引っ越すという事を知らされた。
突然な事で驚いたんだけど、おじさんが再婚する知らせを聞いて、私は自分事のように嬉しかった。
小学生の頃はよく月城の家に遊びに行っていたから、おじさんとおばさんの事はよく知っていて、可愛がってもらっていたから大好きだったんだ。
だから、2人が離婚したと聞かせれた時は凄くショックだった。
勿論、家族である月城に比べたら大した事ではないのかもしれないけど……ショックだったんだ。
それからだったな。月城が変わってしまったのは……。
月城のご近所さんじゃなくなるのは正直寂しいけど、おじさんが再婚するのは本当に嬉しい。
でもそんな気持ちも……月城の次の言葉で吹き飛んでしまった。
月城が小さい時、弟が欲しいってよく言ってたのを思い出して、その事を話題にした時だ。
「そうだったか? まぁ、弟じゃなくて妹なんだけどな」
私は無意識に机を叩き、立ち上がっていた。
「い、妹!? い、いくつの子なの!?」
「え? 17歳の高校生だけど?」
17歳!? JK!? いくら家族になるって言っても、血の繋がらないJKと同じ屋根の下で生活するって事!?
――他人を拒む月城は家族を人一倍大事にする奴だ。いつかどころじゃない!私も知らない月城をそのJKが知る事になっちゃうじゃん!
「へ、へぇ……お、落ち着いたらさ。私にもその妹ちゃん紹介してよ」
「え? 引っ越して離れて特に接点なくなるのに、そんな事する必要あんの?」
刺さった。本当に刺さった。月城が見ず知らずの女子高生と生活するって事より、よっぽどその言葉が突き刺さった。
近所じゃなくなったら、もう私と会う気がないと言われた気がしたからだ……。
「……月城」
「ん?」
「ごめん。今日はもう帰るね」
私はそう言い捨てて、月城の反応を待たずにテーブルに自分の支払い代金を力なく置き、店から立ち去った。
何度か私を呼ぶ声が聞こえたが、今はどうしても月城と話す気になれなかった。




