episode・21 先行投資の約束
西宮に家庭教師として知り合った週末の日曜日。待ち合わせ時間の10分前に、待ち合わせ場所に指定された映画館が入っているモールの1階にある広場に到着した。
周囲を見渡すと、まだ石嶺は来ていない事を確認した俺は、近くにあった1人掛けの椅子に腰を下ろした。
まだ午前11時前だというのに、モール内は多くの客が行き交いしている。
こんな時は、お得意の人間ウォッチを楽しむ場面なのだが、今日に限っては出来そうもなかった。
それはいつもは影の様に存在感がない俺なのに、今はウォッチをするどころか逆にウォッチされている気がしたからだ。
んだよ……陰キャの俺がこんな格好してるのが、そんなに可笑しいのかよ。可笑しいですね、すみません。
周りのそんな視線に耐え切れる気がしない俺は、ポケットからスマホを取り出して、最近ハマっているソシャゲを立ち上げて視線をスマホの画面に落とす事にした。
「ごめん。待った？」
スマホの画面に視線を落としていると、頭の上から少し緊張交じりの聞き慣れた声がした。
「おぅ。15分位待ったかな」
「そ、そこは俺も今来たとこって言うんじゃないの！？」
「そんなテンプレ、俺の辞書にはないな」
「て、テンプ？」
テンプレなんて、もう世間でもお馴染みだと思っていたのだが、どうやらあいつは知らなかったようだ。
縦にラインが入ったデニムタイトロングスカートを軽やかに着こなし、インナーにダメージミックス編みのニットキャミの上には、ベージュのシースルームラ染めスタンドカラーシャツを羽織っている、相変わらず洒落乙な恰好をした石嶺が困惑した様子で首を傾げている。
因みにだが、今日の服装の詳細も後で石嶺に教えて貰った事だ。
説明されても、全然分からなかったんだがな……。
「まぁ、上映時間までにはまだ時間あるし、ブラブラしながら行くか」
「うん！」
俺はベンチから立ち上がって、2人並んでモール内の専門店をブラブラと眺めながら、石嶺と約束していた映画館へ向かう。時折呼び止められて足を止めると、石嶺は楽しそうに目に付いた物を指さして、俺に意見を求めてくる。
俺はそれに対して、興味薄そうに応えるとあいつの文句が飛んでくる。
そんなやり取りが楽しいとは思わなかったが、懐かしいとは思えた。
近所の商店街やコンビニに、小遣いを握りしめて下校した俺達はよく探検に向かう様に、2人で練り歩いた。
そんな昔と同じ様に接するのは、何時以来だっただろうか。
「ん？ どうかした？」
そんな昔の事を思い出していると、不意に石嶺が覗き込む様に俺を見ていた。
「いや、何でもねぇよ。そろそろ時間ヤバいから行こうぜ」
「ちょっとぉ、待ってよ～！」
昔を思い出すとか、柄にもない事をしたのもだから、恥ずかしくなってぶっきら棒にそう言って、映画館へ向かう。
タダ券を提示して入場チケットを受け取り、会場へ入る前に石嶺がお花を摘みに行くと離れていった。
俺は大型スクリーンで映画の予告を眺めていると、聞き覚えのない声に話しかけられて顔をスクリーンから離すと、そこには恐らく大学生と思われる3人組の女がいた。
「あの、今って1人なんですか？」
ちょっと1人でいるだけで、すぐさま御1人様だと思われるのは、もはやセミボッチたる才能としか言いようがないなと、頭の中で胸を張って大威張りした。
「いや、友達と一緒なんだけど」
友達という単語を使う時、めっちゃ緊張するのは何故だろう。
「それって男友達ですか？ 女友達ですか？」
そんな事知ってどうするつもりなのか理解出来なかったが、この子達の目が真剣だったから、大事な事なのだろうか。
まぁ隠すような事じゃないしな。
「ちょっと雅く～ん？」
女の子達の質問に答えようとした時、地獄の底から響いてくるような声が聞こえて俺と女の子達が振り向くと、そこには全く目が笑っていない笑顔らしき表情をした石嶺が肩を震わせて立っていた。
「彼女をほったらかして、ナンパとか笑えないなぁ」
うん。確かに笑ってないね――特に目が。
「ほら！ 行くよ！」
石嶺は俺の言い分も、女の子達の事も一切無視して、俺の腕に手をかけてズンズンと歩いていく。
「な、なぁ！ 彼女って誰の事だよ。それにナンパとか俺に出来るわけないだろ」
「分かってるよ！ 逆ナンから助けてあげたんでしょうが！」
「は？ 逆ナン？ アホか！ 俺がそんなリア充イベントに遭遇するわけないだろ」
そう言うと石嶺の足が止まり、大きく溜息をついた。
「月城って今、眼鏡持ってる？」
「眼鏡？ あぁ、一応持ってきてるけど？」
「それなら、映画行く前にお手洗い行ってきてくれない？」
「お手洗い？ 俺は別に小便もウ〇コもしたくないんだけど」
「しょん……バ、馬鹿！ 女の子の前でそんな下品な事言わないでよ！ 違くて、お手洗いでコンタクト外して眼鏡に戻せって言ってんの！」
顔を真っ赤にして抗議する石嶺を見て、言い方が悪かったと反省する俺だったけど、女の子っていうか人とあまり話す機会がない俺に、そんなデリケートな常識を突き付けられても困るんだよなぁ。
そんな事言ったら、また反撃が来るから言わないけどね。
俺は石嶺に言われた通り、男子トイレに向かい鞄からコンタクトのケースと眼鏡を取り出して、素早く眼鏡の恰好に変身した。
んだよ、石嶺がコンタクトにして来いって言うから、面倒臭かったけど約束守ったってのに……似合ってなかったんかな。
まぁ、眼鏡の方が落ち着くし、顔を隠せる部分が増やせるからいいんだけど。
「これでいいか？」
眼鏡をかけて石嶺の元に戻ると、よく分からんがホッとしたように見えた。
「うん！ その方が安心出来るよ」
俺が眼鏡かコンタクトを使うかで、そんなにお前に負担かけてたの！？
俺達はそのまま会場へ入り、目的の映画を観た。感想としては期待した程ではなかったとだけ言っておこう。
まぁ、あれだ。この映画が悪いんじゃなくて、あまりにも面白そうに編集したCMをガンガン流していたから、俺の中で勝手にハードルを上げ過ぎていたんだと思う。
映画を観終わった俺達は、映画の感想を言い合う目的で少し遅めの昼食を摂る為に、適当に目に付いた洋食屋に入った。
「え？ 引っ越しするの？」
映画の話や世間話をしながら昼食を食べ終えて、食後の珈琲を楽しんでいる時に、今度引っ越す事を石嶺に話した。
「あぁ、実は親父が再婚する事になったんだ」
「えぇ！？ おじさん再婚するの！？」
石嶺とは小学生からの付き合いで、当時はよくお互いの家に遊びに行っていたりしていたから、お互いの両親の事をよく知っている。
だから、周りにわざわざ父親の再婚の話なんてするつもりはなかったけど、石嶺には言っておこうと思い話してみると、予想以上に驚いていた。
「あぁ。それで家族が増えて、今の家じゃ手狭だから引っ越す事になってな」
「なるほどね。え？ でも元々3人家族で住んでたんだから、あの家でも大丈夫なんじゃないの？」
「いや、向こうも子連れでな。最終的には5人家族になるらしいんだ」
「何か、分かり辛い言い方するね。最終的にとか、らしいってどゆこと？」
「その辺は家族の事だから気にしなくていい。とにかく手狭になるんだよ」
「そうなんだ。1人っ子の月城には嬉しいんじゃない？ 小さい頃、弟が欲しいって言ってたじゃん」
「そうだったか？ まぁ、弟じゃなくて妹なんだけどな」
俺は特段可笑しな事を言ったつもりはなかったんだけど、妹が出来ると言った途端に石嶺は机をバンっと叩き立ち上がった。
「い、妹！？ い、いくつの子なの！？」
「え？ 17歳の高校生だけど？」
「じゅ、17！？ JKと一緒に住む気なの！？」
「あ、あぁ。そ、そんなに驚く事か？」
何か石嶺の顔色が凄く悪くなっている気がする。何で女子高生と暮らす事でそんなに驚くんだ？別に兄妹として生活するだけなのに……。
