美味しいごはん 4
リーナはアマナに手を引かれながら、朝に通った道を進んでいた。朝とは年齢層が違い、比較的若い人や、作業服を着た人などが多くいた。
「リーナちゃんは、店内で食べるのと食べ歩き、どっちがいいですか?」
「……あの、アマナさん」
「食べ歩きなら、串焼きとかがいいですねー!店内なら、ガツンとステーキでも行きますか?」
人の喧騒で聞こえなかったのか、アマナはにこやかな笑みを浮かべながら、人ごみをかき分けていく。
「アマナさん!」
リーナはアマナに聞こえるように大きな声を上げた。
「何でしょう?」
笑みを浮かべながら、アマナは振り返る。
「私、負けましたよね?」
「はい。負けました」
「…泣いてましたよね?」
「はい。泣いてましたね」
「なら、ここは一人にするのが普通じゃないんですか!?」
「今日来たばかりの場所で、一人になるんですか?」
「うっ、それは…」
言葉に詰まる。実際、リーナは街のことも分からないので、一人になれる場所もわからない。
「それに、落ち込んだ時に一人でいると、余計ダメなことを考えてしまいます。誰かと一緒においしい物
を食べるのが一番ですよ!」
アマナは太陽のように明るい、笑顔でリーナに向かって言った。
その笑顔につられ、リーナの表情に笑顔が宿った。
「さ!着きましたよ!」
アマナは大きな店の前で止まった。
「ここは…?」
「元気を出すにはやっぱり、お肉が一番です!」
そう言って、アマナはリーナの手を引いて中に入った。
店の中に入ると、良くできた大きな牛の作り物が目に飛び込んできた。
「いらっしゃいませ!ってアマナさんじゃないですか!?お久しぶりです!」
リーナが牛のつくり物に驚いていると、キレイな服装で清潔感のある青年が声を掛けてきた。
「お久しぶりですー!今日って個室は、空いてますか?」
「空いてますよ!シヨンさんたちが帰ってきたって情報が回ってきて、店長が個室用意しとけって言ってたんで!」
シヨン達の情報が回るということは、もしかして、有名人なのだろうかとリーナは思った。
「それは嬉しいですね!注文はいつも通りでお願いしますね」
「かしこまりました!案内します!こちらへどうぞ!」
青年の後をついて行くと、木で出来た枠の中に、紙を貼ったような扉がある部屋の前に案内された。
アマナがその扉を横に引くと、藁のいい匂いがする床があり、奥にある窓からは丁寧に細工された枝を持つ木と、その下を流れる小川。そして部屋の真ん中にあるテーブルには鉄板のようなものがあった。
「すごい…」
リーナの口から言葉が漏れだす。
「ふふ、気に入ってもらえましたか?」
アマナは慣れたように靴を脱ぎ、藁の匂いのする床の上を歩き、木で出来た椅子に座った。
リーナも真似をして、椅子に座った。
「私、あまりお金持ってませんよ…?」
部屋には二人しかいないのに、雰囲気のせいかお金の話をするのが恥ずかしくなり、声が小さくなる。
「大丈夫ですよ。私が全部お支払いしますから」
アマナは誇らしげに胸を張って、ドンと胸に手を当てた。
「悪いですよ!ここって、その、安くはないですよね…?」
「どうでしょう?あまりお金のことは気にしたことないで分かりません」
リーナは人間のこの人よりも、魔族の自分の方が金銭感覚は正しいのでは、と思った。
「失礼します」
アマナと上品とは言い難い会話をしていると、扉の外から声がした。
「どうぞー」
アマナが返事をすると、キレイな女性が銀色の大きなお皿を手に持ち、入ってきた。
「お待たせいたしました。こちらに置かせていただきますね」
そう言って、銀色のお皿をテーブルの上に置いた。
銀色のお皿には、きめ細かい光を反射する生のお肉や、つやつやした野菜が乗っていた。
「ごゆっくりどうぞ」
女性は皿を置いて行くと、そのまま部屋から出て行った。
「それでは、いただきます!」
「いただきます」
「さて、さっそく焼いて行きましょう!!」
アマナは銀色のハサミのような器具で、お肉を掴むとテーブルの鉄板の上に乗せた。
すると、ジューという音を立てて、いい匂いが立ち込めた。この音と匂いを嗅いだだけで、リーナは唾を飲み込んだ。
「リーナちゃん、どうぞ」
アマナがリーナのお皿に焼けたお肉を乗せた。
そのお肉は脂が乗り、てかてかと艶めいていて、さらにリーナの食欲をかきたてた。
「このソースをかけると美味しいですよ?」
リーナはアマナから瓶に入った茶色のドロッとしたソースを受け取った。
そのソースをお肉に少量垂らし、フォークの上に乗せ、口に入れると、お肉が口の中で溶けていき、うまみが口を覆いつくした。その旨みが口から全体に広がり、体が喜びを表すかのように震えた。さらに、濃厚なソースが脂のしつこさを抑え、何枚でも食べれると思えた。
「すっごく美味しいです!!」
朝のバーガーとはまた違った旨みの暴力に、リーナは感激した。
「よかったです!いっぱいあるので、遠慮せずじゃんじゃん食べてくださいね?」
リーナはそう言われると、次から次へとお肉と野菜を食べ進めた。
リーナはアマナが使っていた箸という食器を試してみたが、うまく掴めなかったので、フォークで堪能した。
お肉をお腹いっぱいになるまで食べたリーナとアマナはギルドの前まで戻ってきた。
「食後の後は、甘い物が欲しくなりますね!」
「はぁ…。なら、どうしてギルドなんですか?外にもいろんなお店がありましたけど…」
アマナがリーナの顔の前で、人差し指を振る。
「甘いですよ、リーナさん?甘々すぎて、舐めちゃいたいくらいです」
アマナが舌を出して近いてきたので、リーナは遠ざかる。
「ふふ、冗談ですよ。リーナさんはまだ地下の方には行ってませんよね?」
「地下なんてあるんですか?」
リーナがギルドで見たのは、二階へ続くであろう階段と、闘技場だけだった。
「カウンターの右の扉は闘技場に入れますが、左の扉は地下へ行けるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
「それでは、行きましょう!デザートを求めて!!」
アマナの後に続き、リーナはギルドに入った。
カウンターの左の扉を開けると、下へ続く階段があり、その先には闘技場と同じような扉があった。
「さぁ!開けてみてください!」
リーナはアマナに言われた通り、両手で扉を開けると、料理とお酒の強いにおいと共に、大勢の人がいくつもあるテーブルに座って、騒ぎながら食事をしている姿。そして、受付よりもはるかに大きい、カウンターらしきものが奥に見えた。
「すごい人…」
「なんたって、ギルドですからね!冒険者が、昼夜問わずお酒を飲んで、騒いでます」
改めて見渡すと、何十人かは顔が真っ赤になっており、数人は倒れていた。
「あの人達、ほっとてもいいんですか!?」
「大丈夫ですよ。彼らも大好きなお酒で死ぬなら、本望でしょうし」
そう言ったアマナの目は、心底どうでもいいと言う心情を語っていた。
「さ、あんな人たちよりもデザートですよ!」
アマナは後ろに向き、入ってきた扉に戻った。
「あれ?ここじゃないんですか?」
「こんな臭いところで、食事なんてできませんよ」
リーナは気のせいかアマナの使う言葉が、強くなっているように感じた。
「ほら、もう一階下にいけるんですよ」
リーナも扉に入ると、確かに階段はまだ下に続いていた。
階段を下りていくと、今度はキレイなお花で装飾された扉があった。
「どうぞ!」
先ほどと同じように扉を開けると、今度はすごく優しい匂いが漂ってきた。
「いい匂い…」
扉の中は、白い壁に等間隔に並べられたテーブルと可愛い椅子があった。
「やっだー!アマナちゃんじゃない!久しぶりー」
リーナがキョロキョロしていると、奥から大きな女性らしき人が話しかけてきた。
「お久しぶりですママさん」
「ママ!?」
リーナは驚きのあまり、声を出してしまった。
しかし、よく考えると母ということなら、大人びたアマナをちゃん付けで呼ぶ理由も頷ける。
「あら?こちらのお嬢さんは?」
「この子はリーナちゃんです。リーナちゃん?この人は私のお母さんではなく、愛称でママって呼んでるだけですよ?」
「あ、そうなんですね…。初めまして、リーナです」
「うふふ、可愛い子ね。ぜひあなたもママって呼んでね?」
ママと言う人物が、リーナに向けてウインクをした。
「わ、わかりました。ママ…?」
躊躇いながらも、リーナはママと呼ぶことにした。
「うふふ、注文はもう決まってるのかしら?」
「私は苺のパフェを!」
アマナが元気よく、手を上げて注文した。
「えっと、私メニュー知らないんですけど…」
リーナは申し訳なさそうに言った。
「あら、私ったら。ごめんなさいね」
そう言って、ママとは近くにあったテーブルから一枚の紙をリーナに渡した。
「この中にあるのから、選んでね」
リーナは渡された紙を見た。
人間の読み書きは、魔族とは違っていたがマクトに習っていたため、何とか読むことはできた。しかし、メニューを読めてもそれがどんな料理なのかリーナは分からない。
「えっと、じゃあこの一番上の抹茶プリン、ください」
結局、一番上にあるメニューを注文した。
「ありがとね。それじゃ、好きな席に座って待っててね」
そう言って、ママは部屋の奥の扉に入って行った。
「楽しみですね!運ばれてきたら、一口ずつ交換しましょう!」
アマナはニコニコと笑顔を浮かべ、席に着いたのでリーナもその正面に座った。
しばらく、リーナとアマナがお昼に食べたお肉の話をしていると、ママが銀色のトレイを運んできた。
「お待たせー!ゆっくりしていってね」
ママは縦に長い透明な筒形の器に、苺が白い物の上に乗ったデザートと、透明なつぼ型の器に入った緑色のデザートを置いて、奥の扉に戻った。
「来ましたね!では、さっそく!」
アマナはテーブルの上に置かれていた籠からスプーンを取り出し、苺をすくいあげて口に入れた。
「んー!やっぱりママの作ったクリームと苺は格別ですね!」
アマナは左手を頬に当て、幸せそうに笑っている。
リーナも籠からスプーンを取り出し、抹茶プリンと言うものを口にした。
すると、口の中で踊るような触感と緑色の上にある茶色の膜から驚くような甘味がこみ上げ、その甘味を滑らかな苦みが絶妙に緩和した。
「こんな味は初めて食べた…」
リーナは口に手を当て、触感と味を楽しんだ。
「リーナちゃん!一口貰ってもいいですか?」
アマナが目を輝かせて、リーナプリンを見つめる。
「はい!どうぞ!」
リーナがプリンをアマナの方に寄せると、アマナはスプーンでプリンをすくい、口に入れた。
「抹茶ってこんな美味しかったんですね!癖になりそうな味です!」
「ですよね!?こんなのがあるなんて、知りませんでした!」
二人は周りに他の客もいないのもあって、大きな声で抹茶の感想を言い合った。
「さ、私のパフェもどうぞ!上の苺は食べっちゃったので、深めにスプーンを入れくださいね」
今度はアマナがパフェをリーナの方に寄せる。
リーナは言われた通り、少し深くスプーンを入れて上げると、半分に切った苺がスプーンに乗った。それを口に入れると、クリームと言うものの甘さと苺の酸味がお互いを邪魔することなく、一つの味を生み出していて、確かに抹茶とは違う癖になるような味だった。
「こっちもすごく美味しいです!」
その後、アマナとリーナは昼食を食べた後にも関わらず、苺パフェと抹茶プリンを完食した。