試験範囲と内容は教えて欲しい 3
扉の中は少し暗い通路が続いていて、突き当りにはまた扉があった。
その扉をシヨンが開けると砂が敷き詰められた大きな広場があり、その広場を囲う壁の上には椅子が置かれていた。
シヨンはその広場の真ん中まで進んだので、リーナも後を追う。
「…シヨンさん、ここは?」
「ここはね、闘技場って言って、冒険者同士が唯一戦ってもいい場所なの」
「……えっと~、そんなとこにどうして私を?」
リーナに嫌な予感が走る。
「あら?言ってなかったかしら。試験って言うのは、ギルドから認められた試験官と冒険者志望の子が戦って、試験官が認めたら、晴れて冒険者になれるのよ!」
説明している間もシヨンの口はニヤニヤが止まらない。
「つまり、あんたとあたしで真剣勝負よ!」
「聞いてないですよ!私、人と勝負なんてあまりして来なかったんですから…。勝てるわけないじゃないですか…」
「だいじょうぶよ!意地の悪い奴じゃない限り、勝てなくても合格させてもらえるんだから!」
リーナはその言葉に少し安心した。シヨンは自分の事を仲間と言ってくれた。なら、どんな負け方をしても合格させてくれるだろうと。
「わ、わかりました…。なるべく痛くしないでくださいね?」
涙目になり声が震える。
「なら、痛くならないように頑張りなさい」
シヨンがいい笑顔で、返すとモミジが扉から入ってきた。
「お待たせしました。今日は他に予定もないので、好きに使ってもいいそうです!」
「そ、ありがとね。モミジちゃん、悪いんだけど、あの二人も呼んできてくれる?」
「もう呼んできました!」
モミジはシヨンのお願いを予想していたのか、モミジの後ろから二人の姿が見えた。
「シヨン!お前が、試験官は無理だろ!俺と代われ!!」
「リーナちゃん、今回は運が悪かっただけだからね?次の人は優しいと思うから、気を落とさないでね?」
リーナは二人の言葉に首を傾げた。シヨンは自分を合格させてくれると言った。なら、ケガをするかもしれないが、運が良いとまではいかなくても、悪くはないと思う。
「あんた達、黙りなさい!さっさと席について見てればいいのよ」
「っち、リーナ、頑張れよー!」
「はい!頑張ります!」
カルロの応援に、力強く返す。
「リーナ、準備はいい?」
「はい!いつでも大丈夫です!」
シヨンはモミジを間に挟むようにして、リーナの正面まで近づき、モミジの方に頷く。モミジも同じように頷くと
「登録試験の説明をします。審判は私、モミジが務めます。ルールはありませんが、試験官が合格を出す、挑戦者が棄権する、審判が試合の続行が不可能と見なす。三つのどれかが発生した場合には、試合を終了します。挑戦者、質問はありますか?」
「いえ、、問題ありません!」
「それでは、試験官シヨンと挑戦者リーナの登録試験を開始します!」
モミジが開始の合図で右腕を上げると共に、シヨンが後方に大きく跳ね、あっという間にリーナとの距離が開いた。
「リーナ、今回は特別に合格の基準を教えてあげる。私に触れることよ!」
リーナとシヨンの身長や体格はほぼ同じ、いや身長ならリーナの方が高いまである。
「分かりました!早速、いきますよ!」
体力勝負では勝てると考えたリーナは、正面からシヨンに向かって走り出した。
それに対し、シヨンは右腕を上げた。すると、シヨンの足元に紫色に光る魔法陣が出現し、上空には黒い色の球が大量に表れた。
「当たると、痛いからうまく避けなさい!」
シヨンが右腕を振り下ろすと、無数の球がリーナに向かって飛んできた。
「~~っつ!」
その球の一つが、リーナの頭に当たり、リーナは後ろに吹き飛ばされてしまった。
「攻撃してくるんですか!?」
赤くなったおでこを抑え、抗議する。
「当り前じゃない。あたし自慢じゃないけど、かけっこで赤ん坊にも負けたことあるくらいよ?」
シヨンは腕を組み、フンと鼻を鳴らした。
「ほら、休んでる場合じゃないわよ!」
そう言うと、シヨンは再び腕を上げ、黒い球を作ってはリーナに向かって、飛ばしてきた。
「うわぁ~!」
リーナは必死に右へ走り、左へ走り球を回避した。
「逃げるだけじゃ、勝てないわよ?こっちに寄りなさい!」
「無理ですよ!?この球、やめてくださいよ!」
その言い合いの中でも、シヨンが球を飛ばし、それをリーナはギリギリで避けていた。
試合を見ていたカルロはとなりのアマナに向かって
「なぁ、アマナ。お前だったら、あの球をあんなにギリギリで避けれるか?」
「どうでしょう…。私はシヨンちゃんの魔法はずっと近くで見てきましたから、反応はできますが、初見であの球をあそこまで避け続けるのは……」
アマナは唇に手を当て、リーナの姿をじっと見た。
「だよなぁ。それに、見たことないけど、動きが型っぽいんだよなぁ」
カルロは頭の後ろで腕を組みながら、考える。
「あ!リーナちゃんって、もしかして────」
そう言うと、カルロは観客席から立ち上がり
「リーナちゃん!師匠のことを思い出せ!!」
大声でリーナに向かって叫んだ。
「あいつ…!これはあたしの試験なのに…!」
シヨンがカルロを睨む。
「師匠…。ソリューシャだったらこんな時……」
リーナはソリューシャとの会話を思い出す
ソリューシャとリーナは日課の修行が終わり、魔王城への帰り道で話していた。
「リーナ、相手の剣戟は躱すよりも捌けるなら、捌け」
「どうして?躱したほうが、こっちは自由に動けるし、相手は攻撃の速度で態勢は崩れてるから、隙をつけるんじゃないの?」
「それは、実力がこっちのほうが上か対等な場合の話だ。相手が格上なら、相手は余裕を持って攻撃してくる。態勢が崩れるほどの速度は出さないし、反撃されることを常に考えてる。なら、相手がわざわざ出してくれた緩い手を自分の思い通りに動かしてやって、そのまま攻撃に転換する方が、当たりやすいんだよ。それでもほとんどの場合が致命傷には ならないけどな」
「えっ、それなら、躱して強い一撃を撃つ方が良くないの?」
「当てれるならそっちの方がいいが、大抵避けられる。なら、かすり傷を与えればいい。刃に毒でも塗れば、それは必殺となるんだからな」
「躱すより、捌く…!」
リーナは腰から短剣を取り出した。 そして、向かってくる球に向かって振り下ろした。 すると、球はリーナを避けるように二つに切れてそのまま後ろに飛んで行った。 その後も飛んでくる球を短剣で切っては一歩ずつ、シヨンに近づいて行く。
「そう、それでいいの…。でもそれだけじゃ、まだ足りない」
シヨンは誰に聞かせるでもなく、呟いた。 シヨンの足元にある魔法陣が紫色から、緑色に変化した。
すると、生み出す球の色が緑色になった。 リーナは飛んでくる緑色の球もこれまでと同じように短剣で切ろうと振りかぶった。
「避けなさい!」
シヨンが大きな声でリーナに指示する。 その声に従うと言うよりは驚いて、リーナ
は後ろに飛んだ。 すると、リーナのいた場所で緑色の球は爆発した。
「爆発!?」
あのまま振り下ろしていたらと考えると、リーナはシヨンに感謝した。
「黒は跳ねるだけ、緑は爆発ってこと…?」
リーナが作戦を練ろうと、その場にいると、黒色の球が飛んできてリーナの髪をかすめた。
「あんた、戦いの最中に棒立ちとか、死ぬ気なの…?」
シヨンの眼光がリーナに刺さる。そこでようやくリーナは、シヨンが本気で戦っていることがわかった。嫌な汗が、頬を伝う。
「勝つ条件はシヨンさんに触ること…。最初に飛んできた緑の球は、地面に着いてから爆発した…」
状況を口に出しながら整理している間も、黒色の球と緑色の球は、リーナに向かって飛んでくる。
「今は考えるよりも、動く!」
リーナは姿勢を低くして、シヨンに向かって走り出した。
「緑が少ない道を…!」
向かって飛んで来る、球の色をよく見て黒色の球は短剣で切りながら、爆発する緑色の球が少ない道を進む。シヨンとの距離がだんだんと狭まり、リーナは弾幕の薄い上空にジャンプした。
「いける…!」
シヨンは、落下するリーナに向かって
「リーナ、よく覚えときなさい。人間との戦いってのはね、騙しあいよ」
直後、魔法陣が強い光を放ち、その光が闘技場を、リーナを飲み込んだ。
光が収まると、シヨンの足元でリーナが倒れていた。
「し、試合を終了とします!」
モミジの大きい声が上がり、試合が終わった。
「どうして、跳ねるだけの爆発しない球を作ったか。どうして、正面からしか球が飛んでこなかったか考えてきなさい」
シヨンは倒れたままのリーナに向かって、そう言い闘技場から姿を消した。
観客席からアマナが降りてきて、リーナに近寄る。
「リーナちゃん、大丈夫ですか?」
アマナはうつぶせになっているリーナの頭を、膝の上に乗せた。リーナは腕を目の上にやり、顔が見られないようにうなずいた。
「シヨンちゃん、すごかったですよね?普通はあんなに魔法を連発するのも、上手に操るのもできないん
ですよ?」
リーナの反応がないが、アマナは続けた。
「私達のリーダーですから、強いの当たり前なんですけどね。可愛くて強いって、神様も不平等だと思いませんか?」
アマナの口調が、少し拗ねたようになる。
「でも、それ以上に優しいのがずるいですよね」
リーナがわずかに肩を震わせる。
「悔しかったですよね?勝てないと言ってもいいところまで、って思ってましたよね?」
リーナの呼吸が深く、早くなる。
「でも悔しい以上に、手加減してくれたことが許せないんですよね?」
リーナの外見には傷一つ付いていなかった。あの魔法の中でも、致命傷に成り得るのは多くあったのに。リーナは試合が終わって、気付いた。シヨンが怪我をしないように、リーナを誘導していたことに。
シヨンは勝つだけじゃなく、罠の存在を教えるためにわざわざ二種類の魔法で攻撃してきた。その魔法でわざと隙を作り、誘導した。しかも、リーナに怪我をさせないように注意しながら。
そう思うと、修行を付けてもらった、師匠に申し訳ない気持ちがあふれ出し、リーナは弱い自分を許せず涙が出てきた。
「お昼ごはん、食べに行きましょうか?」
アマナはリーナを膝から下し、リーナが立ち上がると手を引いて闘技場から去った。