夢 悪夢 198
ダモクレスとの死闘を終え、体を横にして目を閉じるリーナ。
その横ではシャンシャンがロミオに声をかけており。そのシャンシャンの足を治療しているヨイラがうるさい、と声を上げていた。
「お疲れ様。……腕、大丈夫、じゃないわよね。まだ痛いようなら、ヨイラに言って先に治療してもらう?」
リーナは疲労から目を開けることをしなかったが、近づいてきたアムリテの提案に首を振った。
「ううん、動かないけど痛くはないから。左腕の方も大丈夫かな?アムリテはどこも怪我してない?」
「ずっと後ろで見てるだけだったのよ?してるわけないじゃない」
「それは違うよ。アムリテのおかげで最初にあった女の子から逃げられたし、アムリテのおかげで今回の魔族も倒せた。アムリテは十分に頑張ってくれたよ」
リーナの耳にアムリテが息を吸う音が入り、アムリテもリーナと同様に体を横にした。
「そうね。出来る限りはできたと自分でも思うわ。シャンシャンの足が治ったら、次はあんたの両腕を治すそうよ。それが終わるまではあたしも眠るわ」
「うん。私も。ヨイラは今からが大変だね。ふわぁあ……」
大きなあくびをしたリーナとアムリテは寝息を立て始めた。
リーナ達がダモクレスを撃破する少し前。シャートはエンソフィリアが望んだ夢の世界であくびをしていた。その視線先には遥か遠くでユニコーンに乗って、リーナ達を模した人形を手にし、リッチーとデュラハンに囲まれながら笑う魔族の少女がいた。
「子供ってすげぇよなぁ……」
シャートはベンチだった羽毛の上で周囲を見渡した。
天井は夜空のような暗い色をしていたが、星のような光源が無数にちりばめられていた。そのためか、周囲は明るく、全てのものが輝いているように見える。
「そもそも、光源とか言う考えが無いのかね。ルールとかしがらみとかが無い世界、そんな世界を考えられるなんて羨ましいよ」
シャートは満面の笑みでユニコーンに乗るエンソフィリアを細い目で見つめる。
その目をエンソフィリアが感じ取ったのかは分からない。しかし、どこからともなくそれを遮るかのようにして、桃色の風船がシャートの前に飛んできた。
「少女が夢見た夢の世界。だが、これが夢なら終わりは来る。その直前に悪夢を引き連れ」
シャートは目の前に飛んできた風船に手を触れる。すると、風船は小さな破裂音を上げて破裂した。すると、視界の奥からエンソフィリアが近づいてきた。
「ねぇ、おじさん!もっと何か面白いことできないの?飽きてきたよ!」
そう言うエンソフィリアの表情は先ほどまでの笑みとは打って変わって、不満を募らせ頬を膨らませていた。
「面白いことって言われてもなぁ。ここは何でもお前の思い通りになる。お前が考えればいいんじゃないか?」
「分かんないから聞いてるの!何でも思った通りになるから、何も面白くないの!」
エンソフィリアは自分の言ったことを理解しないシャートに対し、地団太を踏んで不満を告げる。その地団駄に合わせて遠くの景色から崩れて行ってるのを彼女は気付いていない。
「もっと驚かせてよ!こんなとこ、つまんない!」
エンソフィリアは腕に抱いていた人形をシャートへと投げつけた。シャートはその人形を掴むと、エンソフィリアに顔を見せるようにして笑った。
「だよな。何でも思い通りなんて何の面白みもないよな。面白い物、予想ができない世界が望みだったな?いいぜ。見せてやる。この言葉を口にしな」
エンソフィリアの視線がシャートの口元を見つめる。
「夢の世界はもう終わり。夜が明ければ目を覚ます」
「……夢の世界はもう終わり。夜が明ければ目を覚ます」
エンソフィリアはシャートが口にした言葉を一言一句漏らさずに口にした。
すると、エンソフィリアが思い描いた色鮮やかな夢の世界が大きく揺れ始めた。
「きゃあ!?」
エンソフィリアはその揺れに驚き、床にしりもちをついた。だが、夢の世界はエンソフィリアに構うことなく、変貌行く。
夜を写していた空は炎のように赤く染まり、羊毛のように柔らかな肌触りをしていた床は固く冷たい無機質な材質へと変わって行く。さらに、ユニコーンやリッチー、デュラハンはドロドロに溶けて固い床の中へと沈んでいく。
「いやああああああ!?」
エンソフィリアはあまりの変わりように悲鳴を上げて頭を抱える。
「おいおい、お前の望んだことだぞ。予想もできない、見たことも無いような景色。面白いだろう?まぁ、見ても見なくてもどっちでもいいが、これだけで夢は終わらねぇぞ?」
そう語るシャートまでもユニコーン等と同じように溶けていき、世界にはエンソフィリアがただ一人だけ残る。
エンソフィリアは恐る恐る顔を上げ、この場から出る術を探す。すると、後方から気配を感じたエンソフィリアは即座に振り向いた。
そこには頭の位置に逆さになったユニコーンの頭。体がリッチーとデュラハンをバラバラにして、もう乱雑に縫い付けたような存在が立っていた。
その姿はエンソフィリアが生み出したそれらよりもはるかに大きかった。
「……こんな、の、いや……。もう、いや……」
エンソフィリアの瞳から涙があふれだすが、異形の存在はエンソフィリアへと近づいて行く。そして、エンソフィリアに手が振れるところまで近づくと、大きく腕を振り上げた。
「夢はどんな夢だろうと自分の意志じゃ起きられない。せいぜい楽しむことだな」