愚直 196
振り回せるサイズにまでへし折った矢を握るリーナ。その姿を見つめるダモクレスは自身の顎を手で触れていた。流血はしておらず、目立った外傷はない。だが、ダモクレスは顎を触れた手を見つめていた。
「あいつ、素手が本気とか言ってたのに大したことないじゃない!リーナ、勝てるわよ!」
「うん。シャンシャンもありがとう。もうちょっとで慣れるから、それまでよろしくね」
「任せるアル!」
健を捨てたダモクレス。だが、その動きに目を見張るほどの変化はなく、それまでの動きに多少なりとも慣れていたリーナは対応できていた。
「少女の動きは見えている…。体も十分に動いている…。なのに、なぜだ…?」
ダモクレスは両手を握っては開くを何度か繰り返して、体の動きを確認する。
その後、ダモクレスは両手を腰の辺りで握り締めると左腕を前にして、リーナへと駆け出した。リーナは後方にいる三人に被害を与えないために右側へと走り出した。
ダモクレスはリーナの狙い通りに三人を無視してリーナを追いかける。
走る速度はダモクレスの方がわずかに早く、ダモクレスの伸ばした左手がリーナの肩に触れる。ダモクレスはそのままリーナの肩を掴み、右腕を引いて後頭部へと拳を放った。
リーナはその拳を目視することなく、膝を曲げる。すると、ダモクレスの拳はリーナの頭上を通過する。リーナは体を少し後ろに逸らし、再びダモクレスの顎に頭突きを当てる態勢に入った。
ダモクレスの拳が完全に通過するのを目で確認しようと少しだけ顔を上げるリーナ。
その瞬間、リーナは目前に迫るダモクレスの拳を視界いっぱいに捉えた。
リーナは反射的に首を横に傾けて拳を回避する。だが、膝を屈めていたリーナの体は反応することができず、ダモクレスの振り降ろされた拳が右肩に直撃した。
ダモクレスの拳は鉄のように重く、リーナの右肩は鈍い音を立てた。
「あっぁ!」
リーナは小さな悲鳴を上げるがすぐに歯を食いしばり、しゃがんだ状態のまま前方へ一回転した。
ダモクレスはそんなリーナを追いかけると、リーナの丸くなった背中を蹴り飛ばした。
リーナは丸くなった状態のまま飛ばされ、真っ白な壁に激突して倒れこんだ。
口からは咳と共に血反吐が落ち、壁と同じ真っ白な床にリーナの赤い血が零れ落ちた。
「同族で赤とはな。だから、お前はそちらに立つのか?」
止まらない咳を喉を抑えることで必死に止めようとするリーナ。ダモクレスはゆっくりと歩きながら距離を詰める。
その後方で三度の拍手音が鳴り、ダモクレスの体の右側が三度の爆発を上げる。
だが、ダモクレスはその爆発に反応することなく、まるで爆発などは起きていないかのようにリーナへと近づく。
リーナは床に落ちた矢を左手で拾い上げ、ダモクレスへと向ける。
そんなリーナの喉を掴み、ダモクレスは持ちあげた。
「あぅ……」
リーナの口から声が漏れる。
「許せ少女よ」
ダモクレスは右腕を引いてリーナの腹部へと狙いを定めて突き出した。
「駆けろ!フォトン・スフィア!」
それはシャンシャンよりも、アムリテよりも、ヨイラよりも後方から聞こえた声。
その声とほぼ同時にダモクレスの右腕が光の球に覆われて、硬直した。
その隙にリーナは自身の喉を掴むダモクレスの左手に鏃を突き立てて、脱出した。
「休んで下さいロミオさん!応急処置が終わっただけで……!」
「それはできないな。治してくれてありがとう。リーナ君、ここからは僕も戦おう!」