代用武器 195
ダモクレスの懐まで潜り込んだリーナ。一方のダモクレスはいまだ硬直から立ち直っておらず、リーナは拳をダモクレスに突き刺さったままの短剣に向けて放った。
「ぐっお…!」
短剣が柄の一部を残してダモクレスの体内へと侵入していく。その痛みにダモクレスは顔をしかめて声を上げた。
リーナは更に短剣を殴りつけようと腕を引く。しかし、ダモクレスは両手の長剣を捨てて、リーナの腕を掴みにかかった。一連の動作は驚くほど速く、リーナの拳が放たれる前にダモクレスがリーナの腕に触れる、はずだった。
だが、ダモクレスの腕はリーナに触れる寸前で停止した。ダモクレスは自身の腕に視線を向けると、水球がダモクレスの肘を包み込んでいた。
その間にリーナは追撃を行い、短剣の全てがダモクレスの内臓を傷つけながら入って行った。
「がああああああ!」
ダモクレスは叫び声をあげて、腕を振り回す。リーナはそれを後方に飛ぶことで回避する。
リーナが後方に跳躍した後もダモクレスは叫び声をあげながら、自身の腹部に腕を入れこんだ。紫色の血が溢れ出し、傷口からは血と同じ色をした肉が飛び出す。
ダモクレスはすぐに腕を引き抜く。その手には紫色の血で覆われたリーナの短剣が握られていた。
「はぁ、はぁ……」
ダモクレスは体から取り出した短剣を後方に放り投げる。そして、乱れる息を整えながら、広がった腹部の傷口に手を当てた。
だが、傷が深いためか、顔面や腕の時のように一瞬では治らずに、徐々に周りの血肉が傷口に集まっている光景が見えた。
「同族、が相手では不利か。ならば、信念を捨てるもやむなし……!」
ダモクレスは誰の耳にも届かない言葉を呟き、投げ捨てた二本の長剣に手を向けた。
すると、長剣は奇妙な動きを始め、球体になったところでダモクレスの両手を覆った。
「……本気は素手って言うことある?」
「剣術はただの趣味、と言ったところだ。ここで膝をつくことは許されぬのでな」
ダモクレスはシャンシャンの問いに答えると、おもむろに右手を真横に突き出した。
その際に空気が弾けるような音がし、その少し後に床に水滴が落ちてきた。
「あの剣は渡せぬな。返してほしくば、我を殺してからと思え」
「……リーナ、ごめん。もしかしたらって思ったんだけど、今の溜めてた魔力が…」
気付けば、リーナの周囲にしていた水球は二つとも消え去っていた。
一つはダモクレスの攻撃を防いだ時に。
二つ目はたった今、リーナの短剣を回収しようとした時に。
ダモクレスの体に短剣が効果的なのは十分に証明された。ならば、リーナの短剣が回収できば、勝機も十分に確保できただろう。
だが、アムリテの考えは阻止されてしまい、結果的にアムリテは最後の水球を無駄にしたのだ。
「大丈夫アル。血は止まったし、ここからは私の魔法でサポートするネ」
そう言うシャンシャンの顔は青ざめており、立っているだけでも精一杯に思えた。だが、シャンシャンが無理をしなければリーナが負ける確率は濃厚であり、リーナもそれを感じていた。
「……お願いするね」
無理をするな、そう言いたい気持ちを抑えて無理を強いる。
リーナはリュックから弓の矢を取り出して、わずかな矢柄を残して膝でへし折った。そして、短剣サイズになった矢を手に握り締めて、鏃をダモクレスへと向けた。
「許せ少女よ」
その言葉をきっかけにして、二人はお互いへと駆け出した。
速度はダモクレスが数段速く、ダモクレスは下から上にかけてリーナの腹部をめがけた一撃を放つ。リーナはその一撃をわずかに体を逸らすことで避け、ダモクレスの腹部にある傷口に向かって矢を持った腕を伸ばす。
ダモクレスはその矢の正面に左腕を差し込む、受け止める。すると、矢は簡単に折れてしまい、鏃は明後日の方角へ飛んで行った。
リーナは一度体勢を立て直そうと、足に力を込めた。だが、ダモクレスはリーナが床を蹴るよりも早くに力の込められた足を右足で払った。
予期せぬ形で床から足が離れたリーナ。体が傾き、床に肩から倒れそうになる。
だが、倒れる先に待っていたのは床ではなく、迫りくるダモクレスの左手だった。
回避のできない一撃。頭部に直撃は免れないだろう。
リーナは目を見開き、必死に体に力を込める。だが、魔法の使えないリーナには空中で体を動かす手段がなかった。
しかし、突如としてリーナの背中で爆発が起こり、リーナは傾いた体ごとダモクレスへと密着した。その結果、ダモクレスの一撃を免れる。
リーナはその爆発が誰によって引き起こされた物かを瞬時に理解し、傾いた体勢から下半身に力を込めて床に足を付ける。
両腕を伸ばしきっているダモクレスは腕を引いているが、リーナはその場で屈み、勢いよく飛び跳ねた。リーナの頭部はダモクレスの顎に直撃して、ダモクレスは後方によろける。
その間にリーナは後方へと戻り、再びリュックから矢を取り出して短剣サイズになるようにへし折った。
「そのままあいつの顎を凹ませてやるネ!」