無意識 194
リーナはヨイラに治療されているシャンシャンを庇うようにして、ダモクレスの正面に立つ。シャンシャンはそのリーナの肩に手を置いた。
「ここからはリーナ一人で戦うアル」
「……分かった」
先ほどの攻防でリーナはダモクレスに致命傷を与えた。だが、それはシャンシャンが十分な隙を作りだしたために与えることができた傷だ。それに加え、リーナは突き刺さった短剣を抜くことに手間取り、その間にダモクレスに攻撃を許してしまった。
その結果、リーナを庇ったシャンシャンが左足を失った。それはリーナに強い衝撃を与えた。シャンシャンの治療に当たるヨイラ。魔法使いのアムリテ。この場にはダモクレスを受け止められる者がリーナしかいない。
リーナはそれを即座に理解し、短剣の無くなった拳を握り締めた。
「リーナ、ヒイロとオウジンが戦ってた決勝戦を思い出すアル」
ヒイロとオウジンが戦っていた決勝戦。それは決着が決まることなく、中断してしまった。だが、二人はその決勝戦で武器を持たずに素手で戦っていた。
それは今のリーナがするべき戦闘だった。
「私とロミオはあの時、変貌した二人の決闘を完全には目で追えていなかったアル。だけど、リーナとアムリテには見えていたネ?」
リーナはシャンシャンの問いかけに頷いた。確かにあの時にリーナはヒイロたちの動きが見えていた。だが、それは見えていただけで、戦えば体を動かす前に負けていただろう。
「リーナ、自身を持つアル。リーナは私よりもロミオよりもずっと強いアル。それを自分で認めないように、自分はいつも下だと思って動くのを遠慮しているアル」
「そんなこと───」
「───あるわよ」
シャンシャンの言葉を否定しようとしたリーナを遮ったのはアムリテだった。
「あんた、アナザーにいた時はもっと強かった。ううん、予選ではそれよりも。ただ、ヒイロと戦う前の決闘。相手を殺しそうになった決闘からあんたは弱くなった」
リーナは否定しようとしたが、言葉が喉を通る前に俯く。
ヒイロと戦う前、ジタルラとの決闘でリーナは相手選手を殺そうと、眼球にめがけて槍を振り下ろした。その一撃は介入したアムリテによって防がれたが、その後にリーナは自分がしたことに激しく後悔をした。
「リーナ、あの時の相手は何もしてない人間だった。だけど、今目の前にいるのは何?」
リーナはゆっくりと顔を上げて、正面で二本の長剣を持つ魔族を見つめた。
「ヒイロを誘拐した奴の仲間で、ロミオとシャンシャンの命を奪おうとした相手よ。あんたの事だって、あたしの事だって殺そうとしてる。そんな相手に負けてもいいの?」
「そんなこと…。剣だって刺してるし……!」
「それはあんたが頭で考えてるからよ。倒さなきゃいけないって、殺さなきゃって。だから、咄嗟の判断が遅れる。だから相手に返される。あの魔族はあんたよりも強い。そんな相手に殺す、なんて無駄な考えを持って勝てるの?」
殺さなければいけないと考えていたリーナ。それをアムリテは無駄だと言い放った。
「あんたがしなきゃいけないのは殺すことじゃない。勝つことよ」
アムリテの言葉にリーナはヒイロとロミオに教わっていた訓練の内容を思い出した。
「…大降りをしないで戦う。だったよね。勝てるかは分からないけど、負けないようにする。アムリテ、ありがとね!やっぱり、アムリテがいないとダメみたい!」
「ふん!何回言っても分からないなら、何回でも言ってあげるから行ってきなさい!」
その場で数回飛び跳ねたリーナは姿勢を低くしてダモクレスへと駆け出した。
アムリテはそのリーナの両サイドを庇う形で残っていた最後の水球二つに割り、並走させる。
「これだけ待たされたのだ。期待を裏切ってくれるなよ?」
口内で起こされた爆発のダメージを受けていないのか、ダモクレスは剣を握りなおして向かってくるリーナを見つめる。
長剣の範囲内まで近づいてきたリーナに向かってダモクレスは二本の長剣を振り下ろした。それはシャンシャンの左足を奪った時一撃よりもさらに速い一撃。リーナの視線は長剣を追えていない。ダモクレスは期待を諦めて静かに瞼を閉じる。
すぐに伝わるであろう、二本の長剣が少女の頭蓋骨を切り裂く感触。
それはいつまで経ってもダモクレスに伝わらず、不思議に思ったダモクレスは薄く目を開いた。すると、そこには最後に見た位置より少しだけ右に逸れて、二本の長剣を紙一重で回避している少女がいた。
ダモクレスは咄嗟に腕を横に払おうとするが、振り降ろした反動がいまだ解けない。
その間にリーナはダモクレスの腹部に突き刺さっている短剣へと右手を伸ばす。
狙いは腹部に刺さった短剣の回収。そう判断したダモクレスは腹部に力をこめ、筋肉を縮小させることで、短剣が抜けるのを防ごうとした。
案の定、リーナの右手は短剣を掴んだ。だが、ダモクレスはその手から伝わる力に違和感を感じた。
弱すぎる。
自身よりもはるかに矮小で非力な少女。だが、その手から伝わる感触は先ほどの腹部に剣を突き刺した時よりも数段劣る力だった。
ダモクレスは狙いが短剣でないことに思考を巡らせるが、どれも決定打に欠けた。
そうしている間にリーナはダモクレスが力をこめ、ピクリとも動かない短剣を確認すると、足に力をこめてわずかに跳ねた。そして、リーナは掴んでいた短剣を離して、短剣の柄に右足を乗せる。
「っぬ!」
ダモクレスは遅れてリーナの狙いに気付いて腹部から顔面に力を込めた。そのダモクレスの読みは正しく、リーナは右足を乗せた短剣を蹴り飛ばして、左膝をダモクレスの顎に直撃させた。
ダモクレスは腹部に刺さった短剣が食い込んだ痛みと顎に受けた衝撃で体勢を崩した。