傲慢 プライド 190
三人が三本あったうちの右側の通路を抜けると訓練場のように果てしなく広く、ただ真っ白な空間が広がっており、その空間の中央では黒い煙が上がっていた。
「おぉ、来たアル。リーナ、アムリテ、ヨイラ、あれ?あの男はどうしたネ?」
三人が黒煙の中にある二つの人影を判断しようと見つめていると、真横からシャンシャンに声をかけられた。
「シャンシャン!ってことは、今戦ってるのはロミオさん!?すぐに加勢しないと!」
「待つアル」
腰に掛けた鞘から短剣を抜き、黒煙に向かおうとするリーナをシャンシャンが引き留めた。目の前で黒煙が上がっているにも関わらず、そのシャンシャンには焦ったような気配はなく、戦闘に参加する様子もなかった。
「どうして!?敵は魔族でしょ!?なら、すぐに助けに行かないと……!」
「あいつが一人で戦うって言ったからアル。ほら、あいつの顔を見るネ」
シャンシャンが黒煙の中を指さし、リーナ達もそれにつられるようにして見つめていると、黒煙の中から白く輝く長剣を握り締めたロミオの姿が飛び出してきた。
その表情はリーナの予想していた苦しい物ではなく、決闘場では見たことも無い口角を上げて歯を見せていた。そんなロミオを、リーナはオウジンと重ねていた。
「楽しんでる、の?でも、ロミオさんはそんな人じゃ……」
「あいつも決闘場に何年もいる選手アル。そんな奴が戦うことを嫌うはずないネ」
ロミオは空間に入ってきた三人に気付くことなく歯を向きだしにして黒煙の中へと向かっていく。
「まぁ、今のあれは私も初めてだけど、きっとジュリエットとヒイロの事でストレスが溜まっていたからアル。そう言うことだから、あいつが諦めるまでは一人でやらせとくアル」
「そんな……!大勢で戦った方が勝てるのに……!」
「それも正しいとは言えないネ。私もそうアルが、ランキング勢の奴らは一対一を基本としているから、連携なんてしたことないアル。下手に首を突っ込めば、足の引っ張り合いネ」
決闘場では定期的にトーナメントのようなイベントが開催されている。だが、その全てに共通しているのが出場者同士の一対一という形式だった。
そのため、出会った数日のリーナはもちろん、長年の付き合いであるランキング勢同士でも一部の者を除いては連携などをしたことがなかった。
リーナがシャンシャンに説得されていると、黒煙の中から再び人影が飛び出した。
それはロミオの対戦相手であり、一目で魔族と分かる大きな羽を背中に生やしていた。
「ふむ。人間も存外楽しめる。これならもう少しだけ開放しても耐えてくれるな」
「あいにくだが、こっちは楽しんでる暇なんてないのでね!さっさと、パリスとヒイロを返してもらうよ!」
「表情と言葉が合っておらぬぞ人間。ほうら、一本追加だ」
魔族である男が背中に生えた羽を一度だけ羽ばたかせると、空間にあった黒煙は消え去り、魔族が手にしていた長剣は二本へと増加した。魔族は二本になった長剣両手で持つと、ロミオへと高速で接近した。
ロミオは魔族を迎え撃つよう長剣の刀身に左手を当てて構える。
ロミオを射程距離に捉えた魔族は二本の長剣でロミオを挟みこもうと、両腕を広げた。
「正面がガラ空きだよ」
ロミオはその攻撃を受け止めるでもなく、回避するでもなく、自身に届くより先に構えていた長剣を魔族の顔にめがけて振るった。
魔族は長剣が顔面に触れる直前に羽を羽ばたかせ、床を蹴り上げて後方へと飛び跳ねた。
ロミオから急速に距離を取った魔族。その顔面には額から両目の間を通り抜ける細い線が入り、一滴の血が額に現れた。
「冷静さを欠いているようで的確な判断をする。人間、貴様はひどく冷酷だな」
「魔族にそんなことを言われるなんてね。無駄話はこれくらいにして、早く終わらせよう」
「そうだな。だが、ここからは一方的になるぞ。仲間に助けを求めるがいい」
攻撃を受けた魔族はなおも余裕を持った口調を続け、顎でリーナ達の方を刺した。
ロミオはその方向を横目で見ると、リーナ達の存在に気付いた。だが、ロミオは特に反応を示すことなく魔族の方へと剣を構えた。
「必要ないよ。君一人くらい倒せないようじゃ、僕の意義が無いからね」
「傲慢だな。そのプライドは自身を殺すぞ」
その言葉を言い切った魔族は静かに瞼を閉じた。すると、地面が振動を始め、魔族の体全体から紫色の光が溢れだした。
「この感じ、ヒイロさんやオウジンさんが使っていたのと同じ…!」
リーナとアムリテの後ろで呟くヨイラの言葉に、リーナはトーナメント決勝戦で見たオウジンの暴君竜、ヒイロの髪が赤く輝く状態を思い出した。そして、ロミオと戦っている魔族からはその時に感じた何かをリーナも感じ取っていた。
「人間、貴様はセカンダリーに移ることができないのだろう?今からでも仲間を求めろ」
「…………必要ないね。フォトン・スフィア・ファイブ」
ロミオが言葉を言いは放つと、ロミオの持つ長剣の周りを浮遊する光の球が五つ現れた。その球はどれも握り拳ほどの大きさだった。
「ヨイラ、回復の準備をしておくアル。リーナとアムリテは戦う準備をお願いするネ」
床に背中を預けて座っていたシャンシャンは立ち上がり、背筋を伸ばした。