ロミオとジュリエット 178
戦闘場でヒイロとオウジンの決闘を見ていた観客にオーナーは魔族の事を伏せつつ、ある程度の説明を終えた後に、一同はオーナーの私室へと足を運んだ。
なお、その最中もオウジンは意識を取り戻すことはなく、ランキング上位勢のカルッベラともう一人の男性が手と足を持って運んだ。
「まずはロミオ選手の事から話そうか」
椅子に腰を下ろしたオーナーはこの場にいないロミオについて語りだした。
「彼はそもそも、魔族との接触を嫌っていた。だから、ヒイロが連れ去られても追うことに否定的だったんだ」
「好き嫌いで仕事を選んでいいはずがないアル。それに、それは仕事以前の話ネ」
シャンシャンはなおも興奮冷めやらぬ様子で、時折鼻息を上げている。
「もちろんそうだ。だけど、シャンシャン、君が自分の命よりも大事なものが危ないとなったらどうする?例えばの話、友人の友人が誰かに襲われている。しかし、助けに行けば大事にしているものが壊れるかも知れないと」
シャンシャンは長い沈黙ののちに口を開いた。
「……行かないアル。正直、そいつがどうなろうとどうでもいいアル。自分のものを差し出してまで助けたところで利益もないなら、放っておくのが一番ネ」
「そうだね。決闘場に在籍している選手なら、それが通常の思考だと思う。なのに、どうして君は今回に限って、ヒイロを助けようとしているのかな?」
オーナーの問いかけにシャンシャンは顔を伏せてしまった。
オーナーはシャンシャンからの返答がないことを確認すると、続けて言葉を発する。
「勘違いしないで欲しいが、君の思考は一般的なものだ。親しい者が危険に晒されれば、助けようとする。自分に多少の危険が伴おうとも」
シャンシャンはなおも顔を下に向け、オーナーの言葉を黙って耳にしている。
「だけどね、そこでロミオ選手の立場になってあげて欲しい。彼にとってヒイロは多くいる友人の一人に過ぎない。そして、彼が最も大事にしているもの、それはジュリエット選手なんだ。ここからは、ジュリエット選手の話を少しだけ」
オーナーは思い出すかのようにして、目を伏せる。
「ジュリエット選手は魔法少し特殊でね。回復魔法を除いた魔法は本来、五つの属性に分かれているのは知っているね?シャンシャンの魔法が風魔法の応用みたいに。だけど、彼女の人形、パリスを操る魔法はどれに当てはめても逸脱している」
火、水、風、土、電気。ジュリエットの魔法は、どの魔法にも当てはまらなかった。火、水、風はもちろん、土ならば常に魔力を使って形成している理由が、人形に電気信号を送っていると言うならば、相手に悟られると危険を冒しながらも、命令を口に出す必要がなかった。
「そのことで、本人に一度聞いてみたことがあってね。すると、彼女はこう言ったんだ。私にもよくわからない、と。だから本人のためにも、魔力感知のできるジャッジに審査させた」
オーナーは伏せていた目を再び開き、部屋にいる選手を見渡した。
「そして、ジャッジの見解を聞いたんだ。彼女の人形には魔力とは別に、魔族が有するはずの魔素が含まれていると」
オーナーの言葉に選手の間にどよめきが伝わる。
「驚くのはそれだけではないよ。その魔素は見えない糸でジュリエット選手の体内に繋がっていてね。その糸が何らかの形で切れてしまうと、彼女の心臓は活動を停止してしまう。つまり、死んでしまうんだ」
「……し、ぬ?」
それまで顔を伏せていたシャンシャンは、死の言葉を聞いて顔を上げた。
「そう。だからこそ、ロミオ選手は魔族との不用意な接触を嫌い、魔族を追う判断をしなかった。シャンシャン、これを聞いてもなお、ロミオ選手を無理矢理魔族のもとへ連れて行くのかい?」
「……わ、わた、しはそんなこと、知らなかったアアル。だから、あいつが我がままを言ってると」
「ロミオ選手が理由もなくヒイロを見捨てる判断なんてすると思うかい?この会議中に結論が、ううん。君ならもう出ているね。ロミオ選手が合流すれば、しかるべき言葉をね」
シャンシャンは小刻みに震えながらも、首を縦に振り、頷いた。