敗戦 177
倒れこんでいるジュリエットの傍に人形であるパリスの姿は見えず、ジュリエットは息を床に着けていた。
「………パリスに、魔力が、届かない。たぶん、魔族に………」
ヒイロとともに消えた魔族。その魔族はロミオを庇ったパリスを目にしたときに、興味を抱いているような発言をしていた。ジュリエットはその言葉を聞き逃さなかった。
「オーナー、僕とジュリエットは少し席を外します。ジュリエット、少しだけ我慢してくれ」
ロミオは座り込むジュリエットを背に乗せた。
「待つアル。お前、ここから逃げるつもりネ!?オーナー、拘束するから許可を出すアル」
「シャンシャン、落ち着きなさい。ロミオ選手、作戦会議は一時間後に私の部屋で」
ロミオはオーナーの言葉に黙って頷くと、ジュリエットを背に乗せたまま決闘場を後にした。
「どうしてアル!?腐ってもあいつは五位。それなりの戦力には…!」
「そのことも全員が集まれば話そうと思っている。だが、今はオウジン選手を運ぶのを手伝ってくれないか?」
オーナーは言葉を荒げるシャンシャンをなだめると、戦闘場の中央で倒れている人影を見つめた。そこにはヒイロを魔族の攻撃から庇ったオウジンが倒れていた。
オウジンの背中には赤黒い血液が流れており、傷の深さを物語っていた。
シャンシャンはオーナーの言葉に従い、オウジンの体に手を伸ばそうとすると背後から声をかけられ、制止した。
「待ってください!」
シャンシャンを制止した声は若い女性の物であり、シャンシャンが振り向くと、白い服を着た女性が立っていた。
「今、下手に動かすと傷が広がったり、感染症の可能性もありますので、ここで応急処置をします」
白い服を着た女性はシャンシャンの横を通り、オウジンに向けて手を広げた。
すると、女性の指先から淡い緑色の光が生まれ、オウジンの体を包み込んでいく。
「すごい……!傷がもうこんなに治り始めてるなんて…」
淡い緑色の光に一定時間包まれたオウジンは小さくうめき声を上げた後に目を開いた。
「……あの野郎、どう、なった?」
「……逃げられたアル。ヒイロとジュリエットの人形を持って」
シャンシャンの言葉を聞いたオウジンは開いた目を閉じ、オーナーの会議が始まるまで目を開けることはなかった。
「シャンシャン!あいつはどう────」
オウジンの意識と入れ替わるようにしてカルッベラ、そしてランキング上位勢の数名が戦闘場へと駆けつける。
そして、カルッベラは魔族の事を聞こうとしたが、戦闘場の様子を見て言葉をやめた。
「カルッベラ選手、それにランキング上位勢の君達も私の部屋に来て欲しい。魔族の行方、これからの行動、そしてロミオ君のことについてだ」