乱入者 174
決闘場にいる多くの者が突如出現した漆黒の羽を生やしている男に困惑している中、オウジンの拘束から抜け出したヒイロは男に向かっていた。それは反射、あるいは本能による攻撃だった。
男は右手をシャンシャンに、左手をロミオによって封じられている。ヒイロの攻撃を回避する術はない。
ヒイロから繰り出された超高速の拳。当たれば致命傷は確実。しかし、その拳は男の顔の正面で止まった。見えない壁がヒイロの拳を遮ったのだ。
「その判断の速さ、さすがは勇者と言ったところだ。威力も人間にしては申し分ない」
ヒイロを正面に捉えた男はニヤリと口元を歪ませると、唐突に羽を広げた。
その衝撃にあおられ、ヒイロとシャンシャン、ロミオの三人は男から引き離された。
「カルッベラ!今すぐに他のランキング勢を呼んでくるんだ!」
ロミオは声を荒げて控室にいるカルッベラに声をかけた。その声を受けたカルッベラはすぐさま控室から飛び出していった。
「あなた達はここにいるのよ」
カルッベラが飛び出した控室に残ったジュリエットは困惑しているリーナとアムリテに優しい笑みを浮かべ、人形のパリスを腕に抱いて控室から戦闘場に飛び出した。
「ジュリエット、できれば避難を……」
「ダメよ、ロミオ。ここで逃げてしまえば、私は私ではなくなるし、あなたもあなたではなくなる」
ロミオの提案をジュリエットは受けることなく、ロミオの隣に立つ。
「僕は別に人間を痛めつける趣味はないが、邪魔をすると言うなら命は頂くが?」
「先に邪魔をしてきたのはそっちアル。簡単に死ねると思わないことネ」
男は両サイドに立つシャンシャン、ロミオ、ジュリエットを横目で見ると大きなため息を吐いた。
「あー、勇者よ。君からこちらに来る気はないのかな?世界を救う存在にさせてあげよう」
男は長い腕をヒイロへと差し出す。ヒイロはその腕をしばらく見つめると、その場から姿を消した。
そして、ヒイロが次に現れたのは男の真後ろだった。
誰も目で追うことができないほどの超高速。その移動に男も気づいておらず、ヒイロは無防備な男の首筋を狙って手刀を繰り出した。
「全く、人間なら勇者に憧れるものと聞いていたのだが……」
男の首と体を確実に分断する一刀。しかし、その一撃はまたしても見えない壁のような物によって首に触れる直前で止まってしまった。
「まぁ、人間の意志などどうでもいい。こちらに来るんだ」
浮遊する男はそのままゆっくりと旋回し、ヒイロに向かって手を伸ばした。
すると、男の視界から外れたシャンシャンは両手を力強く叩き、男の頭部に向かって音の波を繰り出し、ロミオは握っている長剣を光らせて切りかかった。
男の顔はシャンシャンの魔法により爆風を上げ、ロミオの長剣が腹部に直撃した。
「その程度の魔力が魔族に通じると思っているのか?」
二人の攻撃を一身に受けた男。しかし、その体に目だった傷はなく、着ている服にすら傷は付いていなかった。
「な……」
ロミオは驚きのあまり、言葉を失った。男はその隙を突いて回し蹴りをロミオに向けて放った。回避の取れなかったロミオは戦闘場の壁に激突し、土煙を上げる。
「……その人形、妙な魔力が籠められているな?」
土煙の中からロミオはすぐに立ち上がる。その手にはジュリエットの人形、パリスが握られていた。男の足とロミオの間にパリスがクッションとして入っていたのだ。