ヒイロ対オウジン 173
オウジンの血液に触れた左手を見つめるヒイロ。その左手は表面の皮膚がただれ、焦げ臭い匂いが鼻をついた。
常人ならばすぐにでも適切な処置をしなければならない状態だが、ヒイロは火傷している左手を握り締め数回開いた。そして、何事もなかったかのようにオウジンに視線を戻した。
一方、ヒイロの正面で全身から蒸気をオウジンはただじっとヒイロを見つめていた。
ヒイロが今まで戦ってきたオウジンは相手に一直線から向かっていき、正面から圧倒的な力でねじ伏せるタイプだった。それが今のオウジンからは考えられず、攻撃もヒイロからの致命傷を抑える必要性があるものに限られていた。
オウジンがヒイロ、あるいは魔族に対して弱気になっている。ヒイロはそう思えず頭の中ではいくつもの思考が交差するが、どれも腑に落ちない。
ヒイロが頭を悩ませていると、オウジンの体が急速に収縮し、赤黒かった肌は元の人間らしい肌に戻って行った。
「……四位、五位構えろ」
暴君竜を解除したオウジンはヒイロから視線を逸らし、控室にいる決闘場ランキング四位、五位のシャンシャンとロミオに声をかけた。
おもむろに声をかけられたシャンシャンとロミオは驚くが、その行動に最も驚いたのはヒイロだった。
決闘中である自身から目を逸らし、あまつさえシャンシャンとロミオに声をかけた。
それは完全に勝負を捨てる、という事だった。
「……オウジン、君の相手はヒイロだ。今は決闘に集中するべきなのでは?」
オウジンがロミオの言葉に言葉を返すことはなく、オウジンは戦闘所の中央までゆっくりと移動する。
その様子を見ていたヒイロは肩を震わせ、オウジンが戦闘場の中央で足を止めた瞬間に超高速でオウジンの顔面を殴りにかかった。
オウジンはその拳を右手で受け止めると、そのまま右手を握り、ヒイロの身体に覆い被さった。
罠だった。そう思った瞬間、ヒイロは全力で拘束から逃れようとしたが、その直後に背中から伝わる感触にヒイロは動きを止めた。
オウジンがヒイロの拳を受け止めたのは右手。しかし、ヒイロの背中にはオウジンの血液が服越しに伝わってきたのだ。
「「ヒイロ!!」」
ヒイロがその事態を把握するより先に控室からシャンシャンとロミオが声を上げて、飛び出した。
すると、わずかにヒイロが感じるオウジンの体重が軽くなり、ヒイロはオウジンの拘束から抜け出すことができた。
「やれやれ、できれば初手で決めたかったのだが。少し焦ったな」
オウジンの拘束から抜け出したヒイロが声のする上方向を見上げると、そこにはシャンシャンの両手の間に指を挟み、ロミオの長剣を左手で受け止めながら、浮遊する漆黒の羽が生えた男が立っていた。
「喜べ人間ども!貴様らが待ち望んだ勇者が今日、誕生する!」