ヒイロ対オウジン 171
ヒイロは決闘中にも関わらず、決闘相手であるオウジンの目の前で立ち止まった。
それはオウジンが口にした言葉が原因だった。
観客やランキング上位の選手が知るオウジンは相手を殺すことにためらいが無く、それこそを戦う理由としているような人物だった。
その認識はヒイロにもあった。だからこそ、ヒイロはその言葉に動揺を隠せかなった。
「……どうしてそんなことを?」
平常心を装おう。しかし、その下ではトーナメントでのオウジンの不審な行動が脳裏を掠めていた。
第一にオウジンはトーナメントで明確な殺意を向けてきたデルタとその仲間たち以外を殺害していない。それはこれまでのオウジンの行いを顧みれば異常なことであり、それが要因でデルタに命を狙われていたのだから。
いくらシャンシャンやロミオがオウジンの殺害を止めようと試みても、半端な相手であればオウジンがその気になればその瞬間に息絶える。だが、そうならなかったのはオウジンが初めから殺意を抱いていなかったということだ。
第二にアムリテとの決闘での異変だ。オウジンはアムリテの決闘が始まった時点から勢いがなく、暴君竜になるまでは叫びもしていなかった。
その二点からヒイロはオウジンに違和感を感じていたが、自分には関係のない物と考えないようにしていた。しかし、オウジンの口からこぼれた言葉によりその違和感を無視することはできなくなってしまった。
「勝ちたいならこれまで通りに殺そうとしてくださいよ。それが私達です。それがここで戦う意味です。どうして、よりによってあなたが…」
王者と二位、ヒイロとオウジンは決闘場以外で顔を合わせたことも無いような仲だったが、ヒイロはオウジンに少なからず親近感を抱いていた。
そんな相手が見たことも無いような無の表情を浮かべ、口にするはずのない言葉を口にしたことにヒイロの心は滅入って行く。
「……お前なら分かっているだろ」
ヒイロの知っている怒鳴り声ではなく、抑揚のない零れるように出た声。
「……魔族、ですよね?でも、そんなもの私達がいれば……!」
「そうだ。だからこそ、早く降参しろ。体力を温存し───」
───続くオウジンの言葉を遮るようにしてヒイロはオウジンの頬を平手打ちした。
頬を叩くために跳躍したヒイロは顔を下に向けて着地。その後、顔を上げたヒイロの瞳は赤色に輝き、オウジンを強く睨みつけた。
「魔族を理由に勝負を諦めないでください!私はあなたを殺すつもりで戦います。魔族との戦いを気にして降参するなら構いません」
ヒイロは後方に飛んでオウジンから距離を取る。そして、両眼の縁に溜まった涙を払いのけた。
「ですが、その戦いが終わればあなたを二度と決闘場に入らせません!」
言葉を終えたヒイロが両の手を握り締めると、髪がふわふわと浮き始め先端から鮮やかな赤色が光りだした。
その様子をオウジンは目を細めて見つめると、口に仲から血の混じった唾を吐きだした。
「……お前が……」
オウジンはヒイロから目を背けると、無言のまま足を大きく開いて全身に力を込める。
すると、みるみるうちにオウジンの体は赤黒く変色し始め、元から大きかった体格も目に見えるほどに大きく変貌し始めた。