リーナ対ヒイロ 163
「武器を交換して仕切り直し…、という訳にはいかないですね」
リーナとヒイロが持つ短剣はお互いが決闘中に落とした者であり、二人はそれを交換する形で手に握っていた。
しかし、二人の状況には明確な差ができていた。いまだ息すら上がっていない余裕のある表情を浮かべるヒイロに対し、リーナは服の切れ端を巻いた左手から血液を垂らしており、その額には汗が滲んでいた。
「手の傷は浅くないです。今なら魔法で完治できますが、これ以上戦えば更なる傷を負うことは見えてますし、細菌が入れば手を切断することになるかもしれません。ここで終わりにしましょう」
決闘相手であるリーナを心配して出た心からの忠告。それを受けたリーナは声を出すことなく、ある行動で己の回答を示した。
「…分かりました。なら、力づくで勝たせてもらいます!」
リーナが取った行動、それは震える右手で握った短剣の先をヒイロへと向けることだった。それは決闘を続ける意思表示であり、ヒイロはリーナに降参の意志が無いことを理解すると、すぐさまリーナへと駆け出した。
その速度は瞬間移動というにふさわしいものであり、一瞬でリーナの背後へと回りこんだ。そこからヒイロが繰り出した攻撃は、短剣を握っていない左手からリーナの背中を狙った突っ張りだった。
リーナはいまだに背後にいるヒイロに反応すらできていない。その事を確認したヒイロは勢いをつけて左手を繰り出した。すると、ヒイロの手がリーナの背中に触れる寸前、その間に光沢を放つ何かが割り込んできた。
「っ!」
ヒイロは反射的に体を引こうとするが、踏み込んだ左手は勢いを殺しきれず割り込んできた何かに接触した。その瞬間、ヒイロの左手にわずかな痛みが走った。
「……ヒイロ、これでおあいこだね」
体を引いたヒイロが痛みの端った左手を見ると、手のひらからか細い血が一筋流れており、左手と背中の間に入ってきたものに目をやると、それはリーナが前を向きながら後ろに伸ばした右手に握った短剣だった。
「……反応、いえ、分かってたんですか?」
リーナがヒイロの動きに反応できていないことはヒイロが理解していた。だからこそ、リーナが反撃してきたことにヒイロは疑問に思った。
「ヒイロが全力だけで本気じゃないのは分かってたし、優しいのも分かってた。なら、今の私を見たヒイロがどうするか分かったんだ。けど、あの速さは正直驚いてる」
未だに顔を背後に向けないリーナ。そんなリーナにヒイロは背後から声をかけた。
「私はリーナさんと…」
「ヒイロ、私は全力で本気のヒイロと戦いたいの。だから、お願い」
「…分かりました。絶対に死なせませんので、死なないでくださいね」
リーナの思いを聞いたヒイロは覚悟を決めて息を吸った。すると、みるみるとヒイロの赤髪が先端から浮き上がり、赤く発光を始めた。