魔族 152
「...まさか追ってくるとはね。君は本当に魔女の様だ」
リーナは決闘場の人通りが空くな通路である男の後ろに立っていた。
リーナにはその男が放つ声に覚えがあった。ライトクレイルに高揚感と恐怖心を与え、リーナが不快感を覚えた声。ライトクレイルとの決闘中に耳に入ってきた声だ。
「あなたとライトクレイルの関係は知りませんが、彼をどうする気ですか?」
「あれの事が気になるなら心配はいらない。もうあれに興味はないからね。欲しいなら君にあげよう」
男の言葉にリーナは強い憤りを感じ、拳を抑えていなければ飛び掛かるほどだった。
「……そんな簡単に切り捨てるなら、どうして自分の子どもだなんて言ったんですか?」
「簡単な話さ。人間は他人を信じることで迷いがなくなる。それが同種同士での殺し合いだとしても、自分が間違っていることだとしてもね。そのためには親子という関係が一番手っ取り早かったのさ。道端で拾われたことなど、あれの記憶にはないだろうね」
「……どうしてライトクレイルを、は拾っただけだから、ですよね。なら、どうして誰かをそこまで強くする必要があったんですか?自分で努力すればいいだけだったんじゃないですか?」
男は小さなため息を吐いて肩を上げた。それはまるで、リーナに対して呆れているように。
「僕でいいならば言われなくてもそうしたさ。だけど、誰にでもどうしようもないことはあるはずだ。例えば、自分の生まれとかね」
「…出身で強さは変わらないと思いますが、それだけの理由で誰かの人生を狂わせていいはずがありません」
「…察しが悪いね。面倒だから話すけど、僕は魔族だ」
今までリーナに背を向けて話していた男が正面を向くと、リーナは底知れない威圧感を感じた。
「それでいい。そのまま動かなければ、傷つけることなく君の前から消えよう」
男がリーナに手の平を向けた瞬間、リーナは全身の汗が噴き出した。
「あぁ、お喋りついでにもう一つだけ。僕があれを拾ったのは勇者を生み出すためさ」
「ゆう、しゃ…?」
「いつの時代も魔族の天敵として魔王を下すもの。勇者さえ手中に収めれば、魔族が人間を根絶やしにするのは時間の問題となるだろう。その時はぜひ、君にリベンジを。僕が直々に」
男は不敵な笑みを浮かべてそのまま通路の奥へと消えて行き、男の姿が見えなくなったところでリーナは思い出したかのように息を吐いた。
「……魔族、魔王、勇者。お城ではあんな顔、見たことなかったけど…」
リーナは男から聞き出した言葉を思い返し、思考を走らせる。しかし、リーナの頭に浮かぶ思考はどれもが明るい物ではなかった。
「…そろそろ、魔界に戻らないといけないのかな」
リーナは考えがまとまらないままに控室へと足を動かし、アムリテ達の元へと向かった。