準備運動 146
互いに 一撃目が不発となった二人。だが、そのリーナとロミオの状況には圧倒的な差があった。それは回避された順番だ。
リーナの顎を狙って放たれた一撃を回避したロミオは、結果的にリーナの背後に長剣を置くことに成功した形となり、ロミオは手に持つ長剣を一回転させることで、剣先でリーナの背後を捉えることに成功した。
「終わりだよ」
リーナは背後から襲い掛かる長剣に気付きながらも回避行動が間に合わず、ロミオの長剣に背中を触れられた。その瞬間、リーナは背後に来るであろう痛みに備えて目を固く瞑った。
「……あれ?痛くない?」
だが、リーナの背後に触れた長剣はリーナに血を流させるどころか、リーナの服すら貫くことはなかった。
「ここは訓練場だからね。殺傷能力は極端に抑えられているんだよ。ほら、この剣だって刃は樹脂で作られているだろ?」
リーナは差し伸べられたロミオの手を掴みながら立ち上がり、ロミオが持つ長剣の刃を指で触れた。すると、その刃は一切の鋭さを持っておらず、人どころか布すらも切れないで当然と言った刃だった。
「…そうなんですね。これが本当の剣なら今の一瞬で死んでいましたね、私」
「気にすることはないよ。僕もランキング上位の一人だ。易々と負けられないだけで、君がどうしようもなく非力なわけではない」
「でもアムリテさんに負けましたよね?それに、魔法まで使っておきながら」
リーナとロミオの決闘が落ち着くとヒイロが歩み寄ってきた。
「…ヒイロ、僕は君にお願いされている立場という事で間違いないんだよね?」
「リーナさん、今の決闘のおさらいをしましょう」
ヒイロはロミオの問いかけに応えることなく、ロミオの前を素通りするとリーナの元へと近づいてきた。
「訓練だから気を抜いたのかもしれませんけど、接近してからの動きが固定化されているように見えました」
「固定化…?」
「はい。ロミオさんが放った下段からの切り上げに対して短剣を当てて逸らしたのは良い判断でした。しかし、そこから放った攻撃が大きすぎますね」
ヒイロは決闘中のリーナの動きを真似て、リーナが持っている短剣と同じサイズの短剣を振り回す。
「相手の隙をつけたことにより興奮するのは分かりますけど、こんなに脇を伸ばしきっていたら咄嗟の行動ができなくなりますし、体重も乗っているので地面を蹴って緊急回避、という訳にも行きません」
「…確かに。こうしてみると、かなり単純だった、かな?」
自分が取っていた行動をヒイロを通すことで実際に横から見たリーナは自分の隙の多さに気付いた。
「もちろん、この動きだけだと隙が多すぎるようにも見えました。実際、リーナさんがこの動きをしたのはロミオさんの隙を付いたから、という前提条件が付いてきますよね?」
「うん。ここならいける!ってあの時は思ったなぁ。でも、すぐに躱されて反撃されちゃった…」
「その判断は良いかもしれませんが、あの隙はあえて作りだされたものです。そうですよね、ロミオさん?」
リーナの一撃を回避した直後にロミオは口を開いた。それは彼にそれほどの余裕があることを示している。
「あぁ。その通りさ。君が見たい物は見せられたかな?」
「…。リーナさん、客観的に見た後の今でしたら、どういう動きをしますか?」
ロミオの問いにヒイロが答えることはなく、ロミオはヒイロの後ろで短いため息を吐いた。
「…今でも逸らすとこまでは同じかな。けど、そこからはもっと距離を詰めてから、顔じゃなくて胴体を狙う。そうすれば、咄嗟の動きもできるようになるし、当たればどのみち致命傷になるから」
「そうですね。そっちの方が危険も少なく、利益も大きいです。次はなるべく、大降りをしないで戦ってみてください。そうすれば、別の問題が見えてくると思うので」
ヒイロはその言葉を残して元いたばしょへと歩いて行った。
「それじゃあ、再開しようか?」
「あ、その前に私も武器を変えた方がいいですか?これ、普通の短剣なんで…」
「あぁ、そうだね。なら、トーナメントで使われる短剣にしよう。重さや握り心地にも慣れておいた方がいい」
ロミオはそう言うと訓練場の壁に手を触れて一本の短剣をリーナへと手渡した。
「あの、それは嬉しんですけど、ずるくないですか?私だけトーナメント用を使うなんて…」
「それは気にしなくていいよ。トーナメント出場選手には一般用の訓練場が解放されてるし、そこにはトーナメントで使われる武器が全種類置かれているんだ」
「そうなんですか!なら、遠慮なくいかせてもらいますね!」
そうしてリーナの二戦目が始まるまでの間に、リーナはロミオとヒイロの訓練を受けた。