Aグループ準決勝(アムリテ対オウジン)転換 140
オウジンの下半身全てが赤黒く変色すると、その下半身に付着していた水が蒸気を上げて蒸発していく。
「ずっと待ってたんだ、あいつとの戦いのウォーミングアップくらいにはなってくれよ!?」
オウジンの変色が腰の位置で止まると、オウジンは床を蹴ってアムリテへと迫る。
「っく!アルト・テイクォス!」
向かい来るオウジンの行く手を阻むようにして、分厚い水の壁が幾重にも重なりアムリテとオウジンの前に現れる。
しかし、オウジンは両腕を赤く光らせると、その両腕を前に突き出して水の壁へと直進する。赤く光る腕からは高温が発せられ、水の壁はオウジンを遮ることができずに次々と突破されてしまう。
だが、アムリテは戦闘場の上空で水球の中に入っており、オウジンはアムリテに対する攻撃手段がない。アムリテがそう思っていると、アムリテの真下までたどり着いたオウジンは地面に両腕をつき、肘を曲げて足を上空へと向けるようにして逆さになった。
「まさか、ね…」
アムリテはその光景に嫌な予感を感じ、急いで自身を包む水球を移動させる。
「遅せぇ!」
アムリテの嫌な予感は的中し、オウジンは曲げた肘を伸ばすことによって逆さの状態から真上に向かって跳躍した。
赤黒く変色したオウジンの足がアムリテの水球を貫き、水球は墜落していく。
アムリテは墜落する水に魔力を送り込むことで床に直撃する前に水をクッションにすることができた。
「あっつ!カスっただけなのに…」
上空から床への直撃を避けることに成功したアムリテ。しかし、それは無傷だったわけではなく、オウジンの足と自分の足が水越しに接近した瞬間、アムリテの足は赤く炎症を起こし、くるぶしの皮はめくれるという火傷を負っていた。
アムリテが痛みに耐えている間にもオウジンは跳躍から反転し、アムリテに向かって降下している。アムリテはオウジンが上げる異様な音に気付き、すぐさま距離を取ろうと戦闘場の端に向かって走り出す。
「魔法使いが魔法を使わなったら終わりだろうが!?」
オウジンの怒鳴り声が上空から降り注ぎ、その直後、オウジンは戦闘場の床に足を突き刺した。
直撃は免れたアムリテだったが、その衝撃はアムリテを飲み込み、アムリテは手から分銅鎖を離してしまった。
戦闘場の壁に当たる分銅鎖。それを拾おうと向かえばオウジンに背を向けることになる。
それが何を意味するかを理解したアムリテは分銅鎖を拾う事よりも、オウジンに背を向けないという選択をした。
「アルト・スフィア!」
魔石を失ったアムリテは指先から空中に浮く巨大な水球へと魔力を送る。魔力を受け取った水球からは小さな水球が生み出され、アムリテの横に浮遊した。
「…お前、馬鹿にしてんのか?」
怒気の籠ったオウジンの言葉に怯むことなく、アムリテはオウジンの一挙手一投足を見逃さないように瞬きをしないで目を見開く。
「どうしてさっさと魔石を取りに行かなかった?しかも、弱いくせに媒体もなしにどうして魔法を使った?」
「背中を向けたらあんたに殺されるからよ!魔石は隙を見て拾うわ!」
アムリテは言葉を交わしている間に魔力を練り、いつでも魔法が使えるように準備をする。しかし、その準備もオウジンの行動によって無駄な物へと変わった。
「それが舐めてるって言ってんだよ!?」
赤く光るオウジンの腕から発せられた高温の光。それはアムリテの横に浮遊する水球を貫き、その背後に立っていた壁を溶かした。
「その程度で俺を止められるなら、さっきの壁で止まってただろうが!?ふざけんなよ!昨日のクソみたいな戦闘も今日とあいつとの為だって堪えてたのによぉ!?」
オウジンの赤黒く変色した下半身がオレンジ色の光を放つ。すると、オウジンが立つ床が煙を上げ、壁と同様にドロドロと溶け始めた。
戦闘場の床が溶け、床の下にあった地面に足が着いたところでオレンジ色の光は消え、オウジンの表情から怒気が消えた。
「…武器を拾え。次に舐めたなら、その時は本気で殺してやる」
オウジンは床が溶けて出来た穴から出ると、アムリテに背中を向けて戦闘場の端へと歩いて行く。
その様子にアムリテは罠の警戒をするが、そのつもりならば先ほどの壁を溶かした攻撃でアムリテを殺していた、という考えにいたりすぐさま分銅鎖を拾い上げた。
「……火力も考えもあいつの方が上。水は十分にあるけど……」
アムリテは自分の唇をかみしめた。アムリテは今まで幾度となく、敗北を味わってきた。しかし、そのすべてにアムリテは水がなかったからと自分の中で言い訳をしていたのだ。
だが、オウジンはそんな言い訳を許さない。自分が不利になろうともアムリテが全力を出せるようにと真正面から魔法を打ち破ってきた。
それはアムリテにとてつもない屈辱と敗北感を与えた。
「……どうせ負けるなら、降参した方が」
アムリテは降参を告げようとジャッジのいる方向に目線を走らせた。すると、アムリテの視線にはたった一人の少女だけが映った。
今にも泣き出しそうな顔をして控室からこちらを見ているリーナだった。
「そんな顔しないでよ。あんたには笑顔が似合うんだから...」
その顔を見たアムリテは自然と口角が上がり、絶望的なこの状況を全てどうでもいい、と捉えた。
「火力不足?実戦不足?知らないわよね。だって、そんなので後悔したってリーナは笑顔になってくれないだから!」
リーナは笑顔になってくれない。その言葉を口にした瞬間。アムリテの目標が決まった。
「さて、どうやったら死なずに胸を張って負けれるかしら!」