Aグループ準決勝(アムリテ対オウジン)139
アムリテの隙を完璧につくタイミングでオウジンの腕から赤い光が放たれた。
アムリテのへの直撃は免れない。そう誰もが確信していると、オウジンの腕はおもむろに真上へと上げられ、赤い光は天を覆う雲の中に消えて行った。
「……どうして」
直撃すれば致命傷は避けられなかった一撃。それをあえて上空に放った理由をアムリテが考えていると、空から数滴の水がアムリテの鼻先に落ちてきた。雨だ。
「これで本気が出せるな?それとも、魔力を練る時間でも必要か?」
オウジンの表情に嘲笑うような笑みはなく、いたって真面目にアムリテが優位になる提案を申し出てきた。
アムリテは必死にオウジンの考えを読もうとするが、全てがある一点に繋がることに気付いた。
「……戦闘バカ、って言うやつね」
アムリテはその結論を口に出すと、このトーナメントに出場してから初めて自分が冷や汗を掻いていることに気付いた。
しかし、アムリテは気合負けしそうになる考えをすぐにやめ、握り締めた魔石に大量の魔力を送る。アムリテから魔力を受け取った魔石が放つ光にあてられた雨粒はアムリテのの上空に集まり、一つの水球と形を成していく。
「アルト・スフィア!」
止まることなく膨張していく水球から、アムリテは自身の体を包み込めるほどの水量を分裂させると、その分裂した水球で自身を包み込んだ。
「アルト・ブローチィ・レオス!」
アムリテは立て続けに魔力を魔石へと流し込み、水球から無数の水矢を作り出してオウジンへと撃ち放つ。チャギアンとの戦いでもその威力は十分に証明されていた回避不可能な弾丸の雨。
しかし、オウジンはその水矢を避けるそぶりも見せず、全てをその体で受け止める。チャギアンの体を貫いた水矢はオウジンの四肢や頭部に直撃するが、どれもその皮膚を貫くには至らない。
「アルト・ドォリィ!」
無数の水矢が意味をなさないことを理解したアムリテは新たな魔法を行使する。
それはアムリテの両横に水で出来た大きな槍を作り出した。二つの水槍は戦闘場の宙を舞うようにして飛翔し、オウジンの正面と背後から腹部へと直撃する。
しかし、水槍もやはり水矢と同様にオウジンの体に傷をつけることはできない。
「でしょうね!」
水矢と同様にオウジンに傷をつけることができない水槍。だが、水槍は水矢と違う点が一つだけあった。水槍はオウジンの体に接触しても消滅しないことだ。
オウジンの体と接触してもなお、オウジンの体を貫こうと前へ突き進む水槍は、アムリテから更なる魔力を受け取り、回転を始めた。
回転により推進力を上げる二本の水槍に圧迫されるオウジンは再び、腕を赤く光らせた。
「させないわよ!アルト・レイトルギ!」
アムリテは上空に浮遊する水球から小さな水球を二つ作り出し、オウジンの腕へと放つ。
その水球はオウジンの脇に滑り込んだ。直後、脇の間に挟まった水球は膨張し、オウジンの腕の可動域を大幅に狭める形になった。
「っは!ここにきて小細工もできるようになったか!」
オウジンはこの日、初めて感情らしい感情を見せた。それは歓喜にあえぐ笑みだ。
アムリテはオウジンの笑いを意に介さず、回転する水槍へ更なる魔力を送り込む。すると、オウジンの肌がめくれる感触が水を介してアムリテに伝わった。
その感触はアムリテに自信を与える。
「いっけえええええ!」
魔石が装飾されている分銅を強く握り締め、アムリテは精一杯の魔力を送り込む。
「っがあ!」
対するオウジンは全身を赤く光らせ、腹部と背中を押そう水槍と脇に挟まった水球を蒸発させようとする。
その際に上がった蒸気は戦闘場を覆い、観客の視界を奪った。
数秒ののち、蒸気が消え去って行き、視界がクリアになっていく。
戦闘場の中央に立っていた人影は一歩も動いておらず、いまだ仁王立ちをしている。
しかし、その姿に観客は唖然とした。
先の試合でデルタの猛攻に耐えきったオウジンの体に大きな赤黒い凹みができていたのだ。その凹みは血こそ流れていないものの、軽くはない傷だ。
「…まさか、立って受け止められるなんてね」
「いい攻撃だ!だが、俺を殺すにはまだ足りねぇぞ!?」
大声を上げた直後、オウジンの体は赤く変色し始めた。暴君竜と言われる姿になり始めたのだ。