Aグループ準々決勝(オウジン) 135
目の前で幾度となく繰り返される惨劇の中で一部の者はオウジンの変化に気付いていた。
「…あの状態になるのは半年ぶりくらいだね。いつ見ても見るに値しないものだと思うよ」
デルタの猛撃を浴び続けるオウジンの体は足元から赤黒く変色していき、流れる血は真っ黒になっていた。
「初トーナメント優勝者とヒイロ以外に使うのは初めてネ。ある意味、オウジンはデルタを強敵と認めたと言う事アル」
オウジンの変色はゆっくりと着実に上昇していき、胸の半分まで到達した。
その変色した部位にデルタが手刀を繰り出す。すると、人体のぶつかり合いではまず考えられないような甲高い音を放ち、二人の接触点には火花が散った。
「暴君竜。刃物の通らない硬質な体、相手の命が尽きるまで暴走する凶暴性。彼にふさわしい通り名だよ」
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
変色が胸板まで進んだところでオウジンは咆哮を上げた。それはとても人間の用には思えない声であり、その姿を見ていなければ大型の獣だと想像するほど野性味に溢れる声だ。
「自我を失った獣を狩る事など造作もない。貴様の苦し顔を拝めなかったのは残念だが、これにて終幕としてやろう。せいぜい冥府で苦しみ、天にいる愛息子に苦痛に満ちた顔を笑われるがよい」
デルタは戦闘場の壁が生む影から姿を見せると、変色が到達していないオウジンの首にめがけて跳躍をした。
「グルァアア!」
自身に向かって死角から突如現れたデルタに対し、オウジンは首を回すよりも先に後方に腕を払った。
「っぬ!」
オウジンが放った風圧を空中にいたデルタは全身で受け、戦闘場の壁に背中をぶつけた。
「野生の勘、か。誠に不愉快…」
壁に背中をぶつけたデルタはすぐに立ち上がり、正面からオウジンに向かって駆け出した。
オウジンもそれに答えるようにして走り出す。オウジンが一歩を踏み出すたびに戦闘場の床が揺れ、踏みつけた床には深い足跡が残されている。
デルタはオウジンとの距離がある程度詰まったところで、上空に大きく跳躍をした。
「グルアアアアアア!」
オウジンは上空にいるデルタに向けて、力強く腕を振り払った。すると、再び強烈な風が巻き起こり、デルタの体を更に上空へと追いやった。
「これにて終幕とする」
全ての観客が遥か上空に打ち上げられたデルタを見上げる。その時、デルタの声があり得るはずのないところから聞こえてきた。
それはオウジンの真下にある影の中からだった。
オウジンの影から現れたデルタは脇腹に刺していた短剣を引き抜く。
オウジンは真下から現れたデルタを踏みつけようと片足を上げる。しかし、先手を取ったデルタは手にした短剣をオウジンの股関節へと突き刺した。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
オウジンは悲鳴にも似た方向を上げ、その股関節からはどす黒いドロドロとした血液があふれ出す。デルタはその血液を被ることなく、するりとオウジンの股下を通りぬける。
「最後にその首と眼球貰っていくぞ」
デルタは最早、価値を確信したかのように堂々とオウジンの正面を歩く。
一方のオウジンは背中を丸めて、デルタの姿を見ていない。
「そら、その醜い顔を晒せ」
デルタは丸くなるオウジンの顎と首の間に膝を入れると、そのままオウジンを自身の方へと向かせた。
「グルアアアアアア!」
その瞬間、オウジンの口から血液と同じくどす黒い液体が吐き出され、デルタの顔面を包み込んだ。デルタの顔面に付着したどす黒い液体は白い蒸気を上げて、デルタの顔を溶かし始めた。
「くうほほふふはれへなほもあらはうは」
顔面を解かされてもなお、デルタは冷静さを欠くようなことはなく、呂律の回らない様子で床に倒れた。
「グルアアアアアア!」
床に倒れたデルタをオウジンは執拗に何度も何度も踏みつけ、それが人間だったという事すら分からなくなるほどに踏みつけると、その死体だったものは消え去った。
「人形遊びは────」
「────グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
死体が消え去ると共にオウジンの背後に現れたデルタは、オウジンが無作為に腕を振るった事により生み出された風圧によって壁に叩きつけられた。
「っぐっは!」
その苦しむ声は壁に叩きつけられたデルタから発せられてものではなかった。しかし、その声は確かに戦闘場から聞こえてきた。
そのことにより、控室にいたヒイロはデルタが使う魔法を理解した。