Aグループ準々決勝(オウジン) 133
観戦していた観客は一斉に耳を塞ぎ、目を瞑る。それほどの衝撃がオウジンの咆哮には籠められていたのだ。だが、咆哮を放ったオウジンの正面にいたデルタは片耳を抑えるだけで、決してオウジンから目を離さない。
「っはぁ!」
オウジンは声と同時に地を蹴り、デルタへと接近する。その姿勢は一切の乱れがなく、走っていると言うよりはまるで飛んでいるかの様だ。
デルタは接近するオウジンから距離を取ろうとして、後方へ跳躍するが戦闘場を囲む壁に阻まれてしまった。
「っむ」
デルタは一瞬、何に当たったのかわからなかった様子で背後に振り向いた。その瞬間、デルタは頭部を掴まれる感覚に襲われ、次の瞬間には戦闘場に聞き心地の悪い破裂音が鳴り響いた。
「きゃああああああ!」
その破裂音を聞いた観客の一人がオウジンの咆哮から立ち直り、目を開けると、戦闘場の端に立つオウジンの手はどす黒い血が流れており、その足元には頭部のないデルタの体が横たわっていた。
「…な、なんと!オウジン選手!デルタ選手を殺害してしまいました!」
その決闘を見ていた観客全てがジャッジと同じ思考だ。あるいはあまりに衝撃的な光景のため、嘔吐や気絶をしていてそれどころではない者も数名いた。
「さっさと帰って寝るか…」
オウジンはデルタの血液まみれになった右手をブンブンと振り回し、血を払いながら戦闘場の通路に向かって足を進める。
その歩みをジャッジに止められるはずもなく、オウジンが戦闘場から退出しようとした。
その時、オウジンの首元に細く、小さな二本の腕が絡みついた。
オウジンはその腕を誰の物か確認する事無く、半ば反射的に腕の持ち主がいるであろう自分の後頭部に拳を振るった。
すると、オウジンの右手は再びどす黒い血液まみれになり、頭部をなくした腕の持ち主が戦闘場の床に転がった。
オウジンは自身の首元から腕が離れたのちにゆっくりと振り返ると、その頭部をなくした死体に違和感を覚えた。
「…こりゃあ、一体どういう事だ?死んで出るには早すぎるだろ」
オウジンの一撃によって頭部をなくした死体はデルタと同じ体格で、同じ服装。デルタが決闘中に作り出した短剣を腰に刺していたのだ。
「生に価値を見出せぬ貴様でも死には恐怖するか?」
オウジンの、観客の耳に死に絶えたはずのデルタの声がどこからともなく聞こえてきた。
その声の出どころを判明できるものは決闘場にはおらず、決闘中のオウジンやヒイロですらその例外ではなかった。
オウジンは周囲を見渡すが、デルタの姿はなく、オウジンが先に殺したはずデルタの死体が消えているの気づいた。
「……………」
オウジンは無言のまま静かに二度もデルタの頭部を潰した右手を見つめる。
確かにデルタの頭部を潰した手ごたえがあった。それも二回も。だが、戦闘場に残る痕跡ではデルタを殺した回数は一回のみだ。
オウジンは先ほど殺したデルタの死体を確かめようと、そちらに目線を走らせた。
すると、つい先ほどまで転がっていた頭部のないデルタの死体は跡形もなく消えていた。
「分身、にしちゃあ出来が良すぎるな…」
オウジンはゆっくりと歩き出し、遮蔽物がなく、魔石から放たれる光でによって影のなき戦闘場の中央で仁王立ちをした。
すると、再びそれはオウジンの背後に突如として現れた。
「貴様が見下した死人に会う気分はどうだ?」
デルタの声が聞こえると同時にオウジンは左手に持つ斧を声の元へと振るった。
オウジンが放つ斧の一撃は鋭い風圧を生み、か細い体を切り裂く確かな感触と共に、戦闘場の壁に浅くはない傷を刻んだ。
「っはっはっは!これは愉快!素手で殺すことを信念としていた貴様が武器を使うとは!よほど焦りを感じていると見た!」
出所を探らせない声がオウジンの耳に届く。
「……武器を使わねぇのは飽きたからだ。信念なんて、あのクソガキに負けた時に捨てたな」
オウジンは斧を右手に持ちかえると、その場で斧を左右上下あらゆる方向に振り回し始めた。すると、その回転は次第に速度を上げていき、再び鋭い風圧、風刃を生み出した。
風刃は戦闘場の床を切り裂き、壁を切り裂き、戦闘場全体を無作為に切り裂き始めた。
「っはっはっは!そう焦るな。お前が殺してきた者たちの念はお前が楽に死ぬことを望んでおらぬぞ?」
オウジンはその声を今度ははっきりと捉えた。なぜなら、その声は斧を振り回すオウジンの頭頂部にいたのだ。
「クソが!」
オウジンは斧を横一線に走らせ、デルタの足を切り裂こうとするが、デルタは軽々と飛びあがり、オウジンの一撃を回避した。
そして、オウジンの正面に着地をすると、口を大きくゆがませてこう言い放った。
「さぁ、悪夢の始まりだ。存分に楽しめ」