Aグループ準々決勝(オウジン) 131
アムリテとミレアの長時間に及ぶ決闘により、戦闘場を照らす太陽はとっくに姿を隠している。肉眼では戦闘場に立つ人影を目視できないほどだ。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、Aグループ準々決勝、ランキング二位、オウジン選手対ランキング三位、デルタ選手の決闘を開始いたします!」
暗闇の戦闘場から男性のジャッジが声を上げると、決闘場の壁が光だし、戦闘場を照らす。その中央にはジャッジの姿があり、両端には大きな斧を手にしたオウジンと青白い光を反射する長剣、刀を握ったデルタがいた。
「決闘場が光ってるの、久しぶりに見ました。あれって、魔石でしたよね?準々決勝なのにお金かけてるんですね」
「オウジン選手とデルタ選手の決闘は決勝戦の次に注目されるだろうからね。それに、君たちの食事代よりは安い物さ」
ヒイロたちが観戦する控室には大量の料理が運ばれており、その一つ一つが普段なら絶対に注文しないような値の張るものばかりだった。
「フカヒレ持ってくるアル。それと、白酒もネ。在庫全部ネ」
「か、かしこまりました!」
「三本だけにしてくれないかな?明日は王者様の決闘もあるから、ご来賓なされる方が大勢いるのだよ」
注文を受けたジャッジは小さく三本ですね、と確認を取った後に急ぎ足で厨房へと向かう。
「それでは両選手、始めてください!」
控室でのやり取りの最中に決闘の開始が告げられ、ヒイロたちの視線は机にある料理から一斉に戦闘場へと移った。
ジャッジの開始から先に動きを見せたのはデルタだった。デルタの服装は黒を基調としたシンプルな服装であるため、日の落ちた戦闘場ではいくら魔石が光を放っているとはいえ、見失えば見つけるのに時間がかかりそうだった。
デルタは握った刀の柄を腰の位置で持ち、音のない素早い走りでオウジンに近づくと、右下から切り上げるようにして刀を振るった。
その刃はオウジンの左わき腹に触れると、そのまま肉を裂き、致命傷を与える、かのように思えたが実際はオウジンの体に傷一つ着けることなく、ただ撫でるだけとなった。
デルタは切り上げが無意味に終わると、すぐさま後転をしてオウジンから距離を取る。対するオウジンの目はデルタを捉えておらず、デルタが先ほどまでいた床を見つめている。
デルタはその隙を見逃すことなく、慢心せずにオウジンの後ろへと素早く回り込んだ。
その際にもやはり音はなく、観客の大勢にはデルタが突如としてオウジンの背後に現れたように見えただろう。
オウジンの背中に回ったデルタは跳躍をして、自身の身長よりも頭二つ分上にあるオウジンの首筋を狙って空中で横一文字を放った。
しかし、その一撃もオウジンの体に傷をつけることはなく、オウジンの首筋には流血どころか、赤みすら帯びていなかった。
デルタはオウジンが振り向こうとしていない事を目視で判断すると、立て続けに刀を振るう。腱、モモ、膝裏、股関節、果ては正面に回ってみぞおちやこめかみへの攻撃も無意味に消えて行った。
その間もオウジンに反撃する様子はなく、デルタは正面から眼球へと刀の一突きを放った。
その瞬間、オウジンは決闘が始まって以来初めて動きを見せた。それは瞬きだった。その瞬きは高速で繰り出された刃の一突きを受け止め、刃の先端を折ってしまった。
デルタは咄嗟にオウジンの胸板を蹴り、空中で一回転を加えながらオウジンから距離を取った。
「…さしもの貴様でも眼球までは鍛えられなかったか?」
決闘が始まって初めて耳にしたデルタの肉声は見た目より、ずいぶんと低くまるで老人を思わせるかのような声だった。
「あぁ?目にゴミが入ったらムカつくだろうが」
「真偽は問わん。ただその眼球、頂戴するぞ」
デルタは折れた刀の先を自身の膝に打ち付けた。すると、乱れがあった剣身は元からその長さであったかのように自然な鋭利さを取り戻した。
「弱ぇ奴らはどうして揃って芸を見せるんだよ。吐き気がするぜ」
「ならば、眼球をえぐりぬいたのちに口腔から心の臓を吐きださせてやろう」
デルタはオウジンの周囲を足音のない走りで旋回を始めた。すると、デルタが三周ほどしたことろでデルタの姿がいくつにも分かれた。
「……くだらねぇ。ふわぁあ…」
オウジンは戦闘場の中央で大きなあくびをすると、手にした大きな斧で背中を掻きだした。それは素人目にも見える隙であり、デルタはがら空きとなったオウジンの左側面から飛び出した。
デルタが手にする少し短くなった刀はオウジンの左眼球をえぐりださんと、突き進む。
「あぁ、クソ。耳にもクソが詰まってやがんな」
オウジンは左から跳躍するデルタに気付いてか、首を横に倒した。すると、刀は進路を変えてオウジンのこめかみへと吸い寄せられた。
そのまま刀はオウジンのこめかみと衝突し、デルタの腕から弾け飛んでいった。
デルタはオウジンの脇腹を蹴ることでそれ以上の追撃を回避したが、刀を持った腕を抑えている。それはオウジンに与えられた衝撃による痛みを抑えるためだろう。