第三試合(アムリテ)中盤 127
啖呵を切ったアムリテは魔石から放つ光で足元に広がった自身の血液を包み込んだ。
「…なるほどぁ、液体がなければ自分の血を、ということですかぁ。あまりに、非効率で危険な手段ですねぇ。下手をすれば命を失いますよぉ?」
「知ってるわよ、そんなの。けどね、やぶ医者曰く、死ななければ体の全ては単なる素材だそうよ?現にそいつは自分の血をドバドバ使ってたわね」
アムリテは頭の中でミネトラを思い出し、ミネトラの戦闘スタイルを再現した。
魔石が放つ光に包まれた血液は一滴も残すことなく、一本の長剣としてアムリテの真横に浮遊した。
「水と違ってこっちは相当に硬いわよ?その細い体で受けきれると思わないことね」
「受けきろうと思ったことなんて生まれてこの方、一度もないですぅ」
ミレアはアムリテの長剣に攻撃の隙を与えまいと、再び三本の矢を撃ち放った。
風を切り裂き、殺意に満ちた風きり音をあげる矢はアムリテの足へと二本、眉間へと一本が向けられていた。
「止まりながら撃たれる弓なんて、当たるわけないでしょ!?」
アムリテは魔石から長剣へと魔力を流し込み、高速で飛んでくる矢に向けて剣戟を繰り出す。その長剣はアムリテが思い描いた通りの剣筋で、放たれた矢を全て切り伏せた。
「術者が再現できなくても関係なしですかぁ…。素晴らしいですぅ!」
ミレアは頬を赤らめ、興奮した様子でアムリテへと距離を詰め始めた。
「弓使いが近づいてきてどうするのよ!?」
アムリテはそれ以上、接近させまいと長剣をミレアへとけしかけた。長剣は赤い軌跡を宙に描き、ミレアの血を吸いつくさんとミレアへと接近する。
長剣がミレアを射程範囲へと捕えた。その瞬間、長剣は予備動作のない回転を始め、ミレアへと襲い掛かる。
「一度受けてみるのも面白いですがぁ、アムリテさんは好きになりそうなので遠慮しますねぇ」
ミレアは恍惚とした表情のまま回転しながら向かってくる長剣の横をあえて紙一重で避け切る。
寸前まで長剣が当たる者と持っていたアムリテは、その結果に反応が遅れ、長剣への指示が滞ってしまった。
「さっき避けたのはぁ、それ以上血を流せば負けるってことですよねぇ?」
ミレアは背中の筒から一本の矢を取り出すと、その矢を弓にかけることはせず、ナイフのように弓の先を短く手にした。
その行動が意味することは一つ。接近戦だ。
アムリテはミレアの思考に勘づき、慌てて距離を取ろうとするが、ミレアの追従はそれを許さない。
あっという間に距離を詰めたミレアはアムリテの脇腹へと、弓の先端を深々と差し込んだ。
「あぁっ…!」
漏れだす声を必死に抑え、ミレアの腕を力いっぱいに掴む。それは痛みに耐えるためでもあり、反撃を確実にミレアへと与えるためでもあった。
「はぁ、はぁ、あたしの、血は高いわよ…?」
息も絶え絶えになりながら、アムリテは魔石へと魔力を流し込む。魔石の光は脇腹からあふれ出す血を包み、アムリテの血は魔力によって姿を変えて行く。
その姿はアムリテが水を扱う際に親しんだ球体だった。
「頭を、守って、おくことね!」
血液で出来た真っ赤な血球はミレアの背後に移動し、一撃の威力を増すためにある程度の距離を取る。
ミレアはその場から急いで離れようとするが、アムリテはミレアの腕を掴んで離さない。
「それならぁ、先にあなたに気絶してもらいますぅ!」
ミレアはアムリテの脇腹に刺さったままの矢の柄を持ち直し、力いっぱい押し込む。
「さっさと膝を着かないと死にますよぉ!?」
アムリテは必死に痛みに耐え、ただひたすらにミレアの背後に飛ばした血球とミレアの攻撃による出血を抑えるために魔力を使う。
あえて距離を持たせた血球はミレアへの攻撃という命令を受け、高速で降下を始めた。
その血球になすすべなく、ミレアの頭部と血球は鈍い音を立てて衝突した。