本選第二試合(アムリテ) 決着 124
鎌が氷に阻まれ、チャギアンが距離を取る事に躓いている間にチャギアンの懐に入りこんだアムリテは、観客が持っていたジュースを右の拳に纏わせると、そのジュースに強烈な回転を加えた。
「っはあ!」
アムリテが放つジュースを纏った拳はチャギアンのみぞおちへと決まり、チャギアンは宙を回転しながら戦闘場の床に背中を強打した。
「な、なんとアムリテ選手!観客が持つジュースを魔法で操り、チャギアン選手への反撃を行いました!見事な一撃ではありますが、指定された武器以外の持ち込みは────」
「──分かってるわよ!けど、あいつのお腹を見てから勝敗は決めなさい!」
怒鳴られたジャッジは言葉を止め、アムリテが指さす方向へと目を向けた。
そこには、アムリテの攻撃をまるで気にしていないかのような表情を浮かべたチャギアンがいた。
「驚いたよ。まさか、ジュースまで操れるなんてね。君が操るのは水じゃなくて液体なのかい?」
余裕綽々と言ったチャギアンを見つめたジャッジは驚愕の光景を目にした。
「チャギアン選手、そのお腹の鉄板はいったい…?」
ジャッジが戸惑いながら見つめる視線の先には着ていた服が破れ、素肌が見えるはずの腹部に鉄板を装着しているチャギアンがいた。
「おや?バレてしまったかい?僕は失格になるのかな?」
チャギアンは悪びれる様子もなく、ただジャッジを見つめる。
「も、もちろんです!武器の持ち込みは────」
「ちょっと待ちなさい!」
不正を働いたチャギアンに敗北を告げようとしたジャッジを、アムリテが再び止める。
「どうして止めるんですか!?この状況なら、あなたの勝ちですよ!?」
「あたしはあいつの泣き顔が見たいの。だから、失格なんて甘え、許さないわよ!」
アムリテは手にした鎌の魔石に魔力を流し、決闘場全体から液体を集める。それは色鮮やかなジュースから流れ出る水道の水まで。
決闘場全体から集めた液体はアムリテの背後で集結し、その大きさは戦闘場に差し込む太陽光を全て遮るほどにまで膨れ上がっていた。
「あんたが馬鹿にした魔法使いに負ける気分はどうかしら?」
「……いいね!僕は君を殺して真正面から全ての魔法使いを馬鹿にしよう!少しでも僕の記憶に残るように散ってくれ!」
「ちょ、ちょっと────」
アムリテとチャギアンの耳にジャッジの言葉は届いておらず、チャギアンはアムリテへと駆け出し、アムリテは点を覆うほどの水球からチャギアンに向け無数の矢を放った。
「アルト・ブローチィ・レオス!」
「あはははははは!」
雨のごとく降り注ぐ水矢をチャギアンは高速で鎌を振り回すことで、体への攻撃を防ぐ。しかし、圧倒的なまでの物量を持った水矢はそんなチャギアンの肌を切り裂き、地面に到達した水矢はチャギアンの足に絡みついた。
「まだだ!まだ!」
「もう終わりよ」
アムリテは絶え間なく生み出される水矢の狙いをチャギアンの体から鎌を持つ腕へと変更し、チャギアンの腕はすぐに真っ赤な血を流し始めた。
「ぐうぅう…!」
チャギアンは右腕に走る痛みに顔をしかめながらも、なおも鎌を離さない。
「アルト・タラッタ」
アムリテはチャギアンから鎌を奪い取ることを諦めると、腕を軽く振り降ろした。
その動きに連動するようにして戦闘場の空を覆っていた水球はゆっくりと降下し、戦闘場の全てを飲み込んだ。
「まさか、まだこれだけの魔力が残っていたとはね…。彼女の魔力は底が無いのかい…?」
戦闘場を飲み込んだ水球を見下ろしているロミオは、その光景に唾を飲み込んだ。
「私もここまでとは…。まずいです!このままだとジャッジの人まで!」
水球に飲み込まれたジャッジの身を案じたヒイロはすぐさま、窓を開けて戦闘場へと飛び込もうとした。
「待って!大丈夫だから!」
ヒイロはリーナの言葉に足を止められ、リーナを見つめる。
「ジャッジへの攻撃は何があろうと禁止されています!相手が反則をしたからと言ってジャッジを巻き込めば、アムリテさんは失格になりますよ!?」
「大丈夫。アムリテは冷静だし、無関係な人を巻き込んだりしない。ほら、見て?」
リーナが指をさす戦闘場を飲み込む水球の上方向から、大きな波紋が広がる。
「あれは…!?」
その波紋は徐々に大きくなり、水球の中からもう一つの水球が現れた。
その中にはアムリテとジャッジ、更に気を失っているチャギアンの姿があった。
「ほら、さっさと観客に勝者がどっちかを言いなさいよ」
水球の中で縮こまるジャッジの肩を突き、アムリテは水球の上部へとジャッジを出す。
水球の上に立つ形になったジャッジは腰が引けながらも、声を上げた。
「しょ、勝者、アムリテ選手!」
「ん」
ジャッジの宣言と共に観客から盛大な歓声があげられ、その瞬間水球は弾け飛び、戦闘場には小さな海ができた。
「アムリテお疲れ!」
控室の扉が開かれるのを待機していたリーナは、扉が開かれた瞬間に飛びついた。
「ぐえっ」
すると、扉の先にアムリテはおらず、リーナはお腹を床に打ち付けた。
「今度こそ本当に疲れてるから…」
アムリテはふらふらとした足取りでソファへと近づくと、そのまま倒れこんだ。
「本当に疲れてるんだね…」
「無理もないさ。僕との戦いだけでも魔力を出し切っているように見えたのに、その数時間後にあれだけの魔法だからね…」
リーナは控室に置かれていた毛布をアムリテへと被せた。
それとほぼ同時に開いている控室の扉がノックされた。
「失礼、邪魔させていただよく」
見ると、そこには薄いひげを生やし、頭には白髪が混じっている男が立っていた。
「おや、オーナー。どかしましたか?」
その男性にロミオは親し気な笑みを浮かべながら、近づいて行った。
「いやなに、先ほどの決闘の事でアムリテ選手に話をと思ったんだが、どうやら遅かったようだね」
オーナーはソファにうつ伏背で寝ているアムリテを見ると、困ったような笑みを浮かべた。
「やはり、アムリテ選手は失格になるのでしょうか?できればそのようなことは、と思うのですが…」
「私もそう思うアル。ジャッジの言葉を無視した決闘の続行や観客のジュースを使ったりの問題はあったアル。けど、それ以上にアムリテは決闘を盛り上げたはずネ」
「それはオーナー、あなたが思う最高の決闘ではありませんの?こんなところであの娘を失格にしてしまっては観客の熱も下がってしまうわよ?」
ロミオとジュリエット、シャンシャンまでもがオーナーにアムリテの失格を取り消させようとしている。
「…君も同じ意見なのかな?ヒイロ」
「……本来ならば失格になってしかるべきでしょう。しかし、今回は年に一度のトーナメントです。なら、そのくらい大目に見ても良いと思いますが?」
ヒイロの力強い瞳を見たオーナは短い息を吐いた。
「あの、あなたが誰かは知りませんけど、アムリテを失格にしようと思ってるならしないでください!お願いします!」
リーナはオーナーへと頭を下げる。その様子を見たオーナーは少し考えるようなそぶりをすると
「心配させたようですなかったね。だが、安心して欲しい。彼女を失格にする気は毛頭ないよ」