本選第二試合(アムリテ) 中盤 123
「アムリテ大丈夫だよね…?今だって笑ってるし…」
戦闘場ではアムリテの攻撃をいなしたチャギアンが一気に距離を詰め、それから離れるようにしてアムリテが移動するという流れが生み出されていた。
「どうでしょう…。ロミオさんとの決闘から時間が経っているとはいえ、あれだけの魔法を使った後ですから…」
「そうだね。そこらの盗人ならば問題はなかっただろうが、相手は自称でも暗殺者。ましてや、チャギアンはアムリテ君の本気を見ようと思えるほどの、余裕を持っている」
チャギアンの攻撃はまるで、アムリテが回避する方向を知っておきながら、あえて攻撃を回避されているかのようだった。その証拠に、チャギアンはアムリテが回避行動に入るより先に、アムリテの移動先に目線を置いていた。
「アムリテ君に勝機があるとすれば、チャギアンが油断しているうちに膝を着けさせる事だろうね。そうすれば、彼の実力は問題にならない」
「アムリテ…」
「ほらほら!いつまでその薄っぺらな笑みを保てるかな!?」
「っはん!あたしの笑顔が消えるよりも先に、馬鹿みたいにデカい鎌を振り回してるあんたの体力が切れるわよ!」
アムリテは鎌に装飾されている魔石へと魔力を流し、二本の矢と一つの水球でチャギアンへと撃ち放つ。
「あはははは!三本も作らないところを見ると、もう魔力切れなんじゃないの!?」
チャギアンは水矢と水球から逃れるようにして、戦闘場を高速で駆け回る。それを追うようにアムリテは魔力を操作するが、チャギアンの速度について行くには多量の魔力を消費することとなる。
次第にアムリテの攻撃はチャギアンの姿を追うことができなくなり、アムリテは水矢と水球を自身の元へと帰還させた。
「…本当に魔力切れなんだね。ロミオさんとの決闘を見て期待してたけど、これじゃあ期待外れもいいとこだよ」
「……うっさいわね」
アムリテはチャギアンを睨みつけるも、チャギアンへと水矢や水球を飛ばすことはしなかった。
そのアムリテを見たチャギアンは深いため息を吐いた後に、眩しいほど青い空を見上げると小さく呟いだ。
「…もういいや。さっさと勝って次の決闘に期待するよ」
「次にあんたが聞く自分の声は、泣き声だと思いなさい…!」
チャギアンはアムリテの言葉を最後まで聞くことなく、鎌を構えて走り出した。
対するアムリテは、またしてもチャギアンの進路上に水球を構えた。しかし、チャギアンはその水球を意に介すことなく、鎌を大きく振りかぶり水球を分断した。
その瞬間、分断された水球の断面が無数の波紋を広げ、そこから極小の短剣が無数に生み出された。その無数の短剣は水球から離れ、空中に浮きあがると、剣先をチャギアンに向けて一斉に放たれた。
チャギアンは襲い掛かる無数の短剣を大きな鎌を振り回すことで、撃ち落とそうと試みるが、短剣はその鎌をすり抜けてチャギアンの横腹に到達した。
第二試合が始まって初めてのダメージ。そうなると思われた短剣はチャギアンの横腹に当たると、何かに弾かれた様にしてチャギアンの服を濡らすだけに終わった。
「…あんた、服の下に何か仕込んでるわね?」
チャギアンは何のことか分からないと言って風に、笑みを浮かべて頭をかしげた。
「っち!」
アムリテはその後も無数の短剣をチャギアンへと放つが、チャギアンの鎌を通り抜けた短剣はチャギアンの肌を傷つけることなく、地面へと染み込んでいった。
短剣を生み出し続ける水球は次第に小さくなっていき、水球はあっという間に消え去ってしまった。アムリテは水球を作り出そうと、魔石に魔力を送るが、魔石は光るだけでアムリテの周囲に水球は作られなかった。
「もっと、出来るでしょ!?」
アムリテは更なる魔力を魔石に送り込むが、魔石が放つ光は弱弱しい物になっていき、ついには魔石から光を放たれることな亡くなった。
「あははははは!魔力に切れた魔法使いなんて、そこらの子どもよりも惨めだ!あ、僕が聞いた僕の声は笑い声だったけど、君にはこの声が泣き声に聞こえるのかな!?」
チャギアンは声を大きくして、確実にアムリテの耳へと入るようにして笑った。
「あーあ、これだから魔法使いは…。魔力さえあればどうにでもなると思っている馬鹿が!」
「………」
「僕はね、仕事で魔法使いを何人も殺してきた。だからかな?魔法使いの弱さをとことん知っているんだ」
アムリテはチャギアンの言葉に反応することはなく、ただ鎌をぎゅっと握り締める。
「魔法に必要なのは魔力だけはない。杖や魔石のような魔力を通す媒体。それに、魔法を行使するために必要な体力。魔法を使うのに体力も必要なら、武器を握って戦った方が早いよね?これだけで魔法がいかに非効率かが分かる」
チャギアンはもうアムリテのことを見ることもせず、鎌を上空へと放り投げては掴み取ると言った遊びのようなことをしている。
「極めつけは材料がなくては威力も格段に落ち、使う魔力も大幅に増えることだ!何時でも自分に都合のいい場所で戦えると思ってるなんて、魔法使いは魔法のように楽観主義者が多いんだからさ!戦いを舐めてるとしか思えないよ!」
チャギアンは遊ぶことに飽きたのか、それとも言いたいことを言い終えたのか。鎌を持ち直して、アムリテへとゆっくり歩きだした。
「大体の魔法使いは君みたいに考えもなしに相手を舐め腐って、魔法を使って、そして魔力切れで死んでいく。だから、僕は魔法使いを好きになれないんだ」
チャギアンは鎌をアムリテの首元へと掛けると、常に保っていた笑みをやめた。
「じゃあね。途中で止めるから殺しはしないけど、手当てが迅速で的確なことを願うよ」
チャギアンはゆっくりと鎌を引き、鎌はアムリテの薄皮に入りこむ。
「楽しかった、とは言えなかった」
「────そうよね。楽しいのはここからだもの!」
アムリテは鎌を肌で感じ取った瞬間に顔を上げ、チャギアンの懐へと飛び込んだ。
「まだ諦めてなかったのか…!」
チャギアンはアムリテに驚きながらも後方へ素早く引こうとするが、鎌が硬い何かに引っかかって移動の邪魔をした。
「観客の持ち物を使うのは反則に近いと思うけど、あんただって反則してるんだから文句ないわよね?」
チャギアンがアムリテの首筋にある鎌に目をやると、鎌が持つ刃先の中央には色鮮やかな液体が漂っており、その中には一つに固められた拳サイズの氷が集結していた。
「観客のジュースか…!」