二戦目(リーナ 2) 110
「……ヒイロみたいな態度をするアルネ」
シャンシャンはしゃがみ込みから立ち上がり、手にしている黒い手袋を深く更に深くはめた。そのおでこは赤く腫れており、弓での攻撃が有効なものだと証明していた。
リーナはシャンシャンが立ち上がるのを見ながら、弓に二本の矢を構えて照準を再びシャンシャンの顔面へと矢を放った。
「最初から二本来るって分かってるなら、対処するだけアル!」
上下に分かれて飛んでくる矢に対してシャンシャンは両の手で突っ張りを放つ。二本の矢は一回目、二回目同様に小刻みに震えて墜落する。
「さぁ、いく────」
日本の矢を墜落させたシャンシャンはリーナに詰めようとその方向を見た瞬間、声を失った。
なぜなら、そこには弓矢を放っていたリーナの姿はなく、あるのは地面に落ちている弓だけだった。混乱しながらも、シャンシャンは左右を見渡してリーナの姿を探す。だが、リーナの姿は見当たらず、シャンシャンが弓に視線を戻そうとしたとき、シャンシャンは視界の端に影を捕らえた。
「下────」
シャンシャンは咄嗟に後方に引こうとするが、影を捕らえるために下へと向けた顔が遅れを取り、下から突き上げられる拳を顎への直撃を許した。
シャンシャンは戦闘場から足を離して、頭部から床へ激突した。
通常の人間ならば、気絶どころでは済まないような衝撃だが、リーナは油断することなく弓の元へと下がる。
リーナは弓を拾い上げると倒れているシャンシャンへと照準を合わせる。リーナは気絶しているならば、撃たないつもりでいたが、案の定というべきかシャンシャンはよろけながらも立ち上がった。
「……あー、もう。いいアル。失格になったところで衛兵に怒られるだけアル…」
リーナはぼそぼそと独り言を口にするシャンシャンを見て、底知れぬ恐怖に駆られた
それは魔獣やデルゴーンの時とは比べ物にならないほどの、明確な殺意だった。
「ジャッジさん!シャンシャンを止めないと、リーナさんが殺されます!今すぐ試合を終わらせてください!」
戦闘場の傍にいるヒイロもシャンシャンの殺意を感じ取った様子でジャッジの判断を仰ぐ。
「殺害予告はルール違反にはなりませんので対応できません。ただ、リーナ選手が殺されれば殺意の有無は明確になりますので、シャンシャン選手は失格になります!」
「殺されてからじゃ遅いのよ!あたしも加勢するわ!」
「待ってください!アムリテさんが今戦闘場に上がると、リーナさんが失格になってしまいます!」
ジャッジの言葉に業を煮やしたアムリテが戦闘場に上がろうとすると、ヒイロが慌ててアムリテを制止する。
「試合なんてどうでもいいわよ!死ぬことより、勝つことの方が大事なの!?」
「そんなわけありません!でも、リーナさんは勝つのでもう少しだけ耐えてください!」
ヒイロの言葉には謎の説得力があり、アムリテは少しだけ落ち着くことができた。
「リーナが死んだらあんたを一生恨むことになるわ。それでも止めるの?」
「はい。リーナさんは絶対に殺させません。もしその時が来れば、私の命を差し出します」
ヒイロの強い言葉と瞳を見て、アムリテは戦闘場から手を離す。
「どうやって勝たせるか聞いてもいい?」
「シャンシャンを正気に戻します。でも、そのためには────」
ヒイロの説明を遮るようにしてシャンシャンは両の手を大きく叩き合わせた。
その手から発せられる音は通常のそれとは全く異質な音で、頭の奥が締め付けられるように痛む。
「リーナさん!聞こえますか!?」
戦闘場の上にいるリーナの耳にヒイロの声が届く。リーナはその声に返事をしようとするも、シャンシャンが発する音に遮られ自分でも何を言っているか聞こえなかった。
「シャンシャンは今、興奮しています!不用意に近づいては体を爆発させられますが、拍手の合間にシャンシャンの目前で自分の両手を叩いてください!それだけでシャンシャンは冷静になります!」
リーナはその話の真偽を考えるよりも、どうやってシャンシャンの前で両手を叩くかを考え始める。
相当な距離が開いているにもかかわらず、シャンシャンが発す音はリーナの脳を揺さぶる。何とかしてあの音を止めなければ、近づけないとリーナは考えた。
考え始めてすぐにその答えはすぐに見つかった。それは弓だ。
弓から放たれた矢が自身に向かってくれば、興奮状態とはいえ回避、もしくは先の矢を墜落させたように自信を守るだろうと。
リーナはすぐさま弓矢を構え直し、シャンシャンへと照準を合わせる。
その際に左耳を肩にピタリとくっつけることで、音による妨害を軽減させる。リーナはこの時、先に右耳が攻撃を受けて聞こえない状態になっていることを不幸中の幸いだと感じた。
首を傾けることで定まりにくくなる照準だが、距離は十分だといえるのでリーナはすぐさま照準を安定させた。狙いが定まった瞬間にリーナは二本の矢を放ち、次の矢を構える。
放たれた二本の矢はシャンシャンへと直進する。
その矢を見たシャンシャンは両手を矢の方向に向けて手を叩いた。その瞬間、矢は中心から爆発を上げて散って行った。
ヒイロから爆発すると聞いていたリーナは驚きこそしたが、動揺することはなく、シャンシャンへと走りながら次の矢を放っていた。
リーナが放つ矢は次々と爆発されていくが、そのたびにリーナは矢を放つことで余裕を生ませない。
四回ほどその攻防を繰り返したところで、リーナが手にしていた矢は底をついた。
その様子を察したのかシャンシャンは十分に近づいたリーナへと両手を向ける。
リーナにシャンシャンの攻撃を防ぐ手はない。いや、リーナの手には一つだけ希望があった。
リーナは手にした弓、そのものをシャンシャンへと投げつけた。弓は矢と同じように爆発を上げる。リーナはその爆発に正面から突っ込んだ。
煙を抜けた先ではシャンシャンが次の音を生み出そうとている。しかし、矢を投げると同時に腕を開いていたリーナはシャンシャンよりも先に、シャンシャンの目前で手を叩くことに成功した。
シャンシャンが生み出す音とは違う、乾いた音が戦闘場に鳴り響いた。
リーナは自身の勢いを止めることができず。シャンシャンの腕の中に飛び込む形となった。
「あれ、私、どうなっていたアル…?」
リーナを抱えて仰向けになっているシャンシャンは状況がつかめないといった表情で、天井を見上げる。
「シャンシャン、気が付きましたか?」
「ヒイロ…?どうして逆さまで立っているアル?」
シャンシャンはさかさまになっているヒイロを疑問に思った。
「逆さまなのはあなたです。お腹の上にいるリーナさんに謝って、早く立って下さい」
「お腹の上…?あ、対戦相手がお腹の上で寝てるアル!?」
シャンシャンはお腹の上で丸くなっているリーナに気が付くと、リーナを抱えて立ち上がった。
「シャンシャン選手、二回による対戦相手以外への攻撃により、失格となります!よって、勝者、リーナ選手!」
「なんでアル!?」