狩られる側 11
森の中は日光が当たらないためか、ひんやりとしていた。だが、昏き森のような嫌な寒さではなく気持ちのいい温度だ。
「ところで、パーツ君はどうして冒険者になったの?」
森の中を入ってから特に何も起こらず、リーナは気を緩めていた。
「……ぼ、僕は知りたいんです」
パーツは辺りを警戒しているのか、風の音や葉が揺れる音に体を反応させながら言った。
「どうして、僕たちは息をするのか、どうして、空は明るかったり暗かったりするのか。どうやって、この世界はできたのか。そんな、単純でどうでもよくて、答えがあるのかもわからないものを僕はどうしても知りたいんです」
パーツは胸を手で握り、震えながら言った。
「馬鹿で無駄でそんなことはできないのはわかってるんです。できたところで何の役にも立たないことも。けど、思ってしまった時から止められないんです!」
「パーツ君」
リーナの声にパーツはびくりと体を震わせた。リーナと出会ってからパーツは今までにない言葉を発したからか、息も上がっていた。
「す、すみません…。気持ち悪いですよね…。さ、ホーンラビットを見つけましょう。この辺りはちょうど───」
リーナがパーツに続く声をかけようとしたところ、不意に近くの草むらが揺れ始めた。そして、リーナとパーツの鼻に血の匂いが漂ってきた。
「パーツ君、後ろにお願い」
リーナは腰から短剣を出しパーツを音から遠ざけるように、自身の後ろへ誘導する。パーツは音を立てないようにして静かに従う。
リーナとパーツが揺れる草むらを凝視していると、首筋から赤い血を流しているウサギをくわええながら灰色の狼が出てきた。
「ベルウルフ……!」
パーツが震える声で呟いた。その声に反応してかベルウルフの黄色い耳をわずかに動いた。
「パーツ君、ゆっくりと後ろに下がれる?あの子、もしかしたら───」
リーナはそこまで言い、パーツの異変に気付いた。
足は震え、口からカタカタと音が聞こえる。今にもしりもちをついてしまいそうなほど怯えている。
「落ち着いて、大丈夫。一匹みたいだから、パーツ君が行くまで私が見てるよ。だから、ゆっくりと森の外まで行ってくれる?」
「ベ、ベルウルフは一定の距離を保って四匹くらいの群れを成す…」
なおも、震えた声でパーツは言葉を紡ぐ。
「それは、標的を見つけた時にすぐに範囲内にいる仲間にあの黄色い耳で電気信号を送り、仲間と連携して敵を確実に仕留めるため…。つまり、僕たちはもうベルウルフの群れの中にいるんですよ…!」
パーツの説明中もウサギをくわえたベルウルフは静かに二人を見つめていた。
「一ついいかな?ベルウルフって、あんなにお腹が大きいの?」
遭遇したベルウルフは、不自然なほどにお腹が大きく張っていた。
「い、いやギルドや図鑑で見た個体はあんなに大きくなかった…」
「良かった…。やっぱりあの子はお母さんなんだよ」
「え?」
「今、私達と戦うことになったらお腹の赤ちゃんが危ない。だから、仲間を呼ばずじっと見ているだけなんだ。それに、餌ならもう確保したみたいだしね」
その間も、ベルウルフは身動きをしないでいた。
「パーツ君、もう一回言うよ。ゆっくりと出口に向かって進んで。あの子に敵意はないから」
リーナは視線をベルウルフから外し、パーツの方を向いた。それは、パーツよりもベルウルフを信頼した形になる。
「わ、わかりました…」
パーツはリーナに気圧され、ゆっくりと後退を始める。リーナはそれを見るともう一度、ベルウルフに視線を向け、パーツが離れるまでベルウルフと見つめ合った。
パーツがひとまず安心できる位置まで行くのを感じると、リーナは短剣をおさめ臨戦体勢を解くと
「驚かせてごめんね。」
短く別れの言葉を告げ、ベルウルフに背を向けて来た道を歩き始める。そんなリーナを見てベルウルフも静かな足音を立てながら、どこかへ歩いて行った。