一戦目(アムリテ) 108
リーナの勝負が決した後に続くようにしてアムリテが戦闘場へと呼ばれた。
対戦相手はアムリテと同年代のような出場選手の中では小柄に入る部類だった。
「アムリテ選手対ソク選手の試合を始めます。まず初めにくじを引いてください」
ジャッジから差し出されたくじに手を伸ばしてアムリテは紙を一枚引く。相手も続くようにして引くと、お互いは指定された武器を取りに向かった。
ソクが戦闘場に戻ってきた時に手にしていた武器はハンマーのような武器で、ソクはハンマーを手になじませるように何度も握っていた。
一方のアムリテが指定された武器は分銅鎖であり、アムリテは紙を見た瞬間から勝負を半ば諦めて、自分に当たらないかだけを心配していた。
「下手に怪我する前に降参しようかしら…?」
アムリテが戦闘場から降りようと後ろを振り返ると、そこには目を輝かせたリーナとヒイロが居た。その目を見ると、アムリテはとても降参できるような雰囲気ではないと思った。
「では、決闘を始めます!始めっ!」
ジャッジが告げる開始の合図と共にソクはハンマーを担いで、アムリテへと直進する。その足は驚愕に値する速さではなく、普段のアムリテならば水の魔法で対処できただろう。
しかし、今のアムリテが持っているのは分銅鎖であり、杖どころか水の持ち込みも禁止されてはアムリテに対処する術は限られていた。
「てやぁあ!」
「わぁあ!」
ソクが振り降ろすハンマーをアムリテは拙い走り方で避けることで、ソクの背後を取ることに成功する。
アムリテは使い方の分からない分銅鎖を左手に持って、両の手をソクの背中に向かって伸ばした。
「はぁあ!」
未だ振り降ろしたハンマーを抱えきれていないソクはハンマーの重量を生かして、回転をした。その回転に反応できなかったアムリテは左手に巻いた鎖越しにハンマーの衝撃を味わった。
「いったあ!?」
アムリテはあまりの痛みに耐えきれず、鎖を手から離してしてしまった。鎖はジャラジャラという大きな音を立てて、戦闘場の床に沈んだ。
「覚悟!」
痛みに怯むアムリテを見て、ソクはハンマーでの追撃を行う。それはアムリテの頭部を狙った振り降ろしだった。その攻撃を受ければ、致命傷は避けられないだろう。
「ちょ、死────」
アムリテはその攻撃を防ぐために、咄嗟に手を顔の前にかざす。その指先は青白く光り、襲い来るハンマーと手の間に人の頭ほどの水球が生まれた。
その水球は襲い来るハンマーの勢いを殺して、アムリテへの直撃を防いだ。
「なっ!?水!?どこから!?」
ソクは予想外の防御に驚き、アムリテから距離を取ろうとするがハンマーを水球から取り出すことができずにいた。
「一回戦で使ってたら本選に出ても魔力ゼロで終わるだけなんだけど、怪我するくらいなら使うわよ!」
アムリテからの反撃を恐れたソクはハンマーから手を離して距離を取る。アムリテは水球の中に残るそのハンマーを場外へと放り投げて、ソクが拾えないようにした。
「諦める気はない?武器もなくなったみたいだし、あたしもその方が助かるんだけど」
「武器が無いなら拳で!」
ソクは握り拳を作り、そこへ力を籠める。アムリテはソクが諦める様子が無いことを確認すると、水球をゆっくりと分銅鎖の方へと近づけた。
「させない!」
ソクはアムリテの狙いに気付いて、分銅鎖がアムリテの手に収まる前に決着を着けようと再び駆け出した。
「あたしじゃなくて、水を狙うべきだったわね。ま、水に攻撃で切るならの話だけど」
アムリテが人差し指でソクの下を指さした。ソクはその動作を気にすることなく、アムリテへと一歩を踏み出そうとすると、勢いよく顔から転倒した。
「え?何に引っかかって…」
ソクが自身の足に引っかかった物を見るために後ろを振り向くと、そこには水球によって緩みなく張られた分銅鎖が浮いていた。
「これ、膝着いたからあたしの勝ちよね?」
アムリテの問いかけにジャッジは頷いた。
「勝者、アムリテ選手!」
アムリテは部屋のどこかにいるであろう観客に手を振って、戦闘場を降りた、
「おめでとうアムリテ!でも、どうして最初から魔法を使わなかったの?」
「杖なしで魔法なんて使ってたら、すぐに魔力切れになるのよ。切り札として隠しておきたかったってのもあるけどね」