メルモ 102
その街は太陽が昇り、沈むまで人の熱気が絶えることはない。
群衆は人の血に酔い、強い力を持ちながらも弱い人間は熱気に当てられることでしか生きていけないようになっていた。
「いけー!ヒイロー!」
「そんな小娘ぶち殺せ!ダスティン!負けたら承知しねーからな!?」
決闘場の観客席を埋め尽くすほどに集まった群衆は決闘場中央にいる二人へ思い思いの言葉を飛ばす。中には手にしている紙コップや紙を飛ばす者もいる。
そんな怒号に興奮してか、決闘場中央に立つ大男は荒い鼻息を立てている。
「おい!今までイカサマで王者になっていたみたいだが、お前の命も今日で終わりだ!今日からはこのダスティン様がメルモの王者だ!」
大男、ダスティンは手にしているククリ刃の刀身を舌で舐めまわす。
「……」
ダスティンに猟奇的な目線を当てられる赤髪の少女は臆することなく、ただ静かにダスティンを見据える。しかし、その手は何の武器も持っておらず、事情を知らない者がその光景を見れば、一方的な決闘になることは容易に想像がついた。
「それでは王者ヒイロVS挑戦者ダスティンの試合を始めます!開始!」
決闘をしきるジャッジが開始の合図を告げると共にダスティンはククリ刃を掲げてヒイロへと迫る。
対するヒイロもダスティンへと駆け出し、二人の距離は急速に縮まる。先に攻撃を仕掛けたのはやはりリーチに分があるダスティンだった。
ダスティンは全力の力でククリ刃を振り降ろし、ヒイロを切りかからんとする。
ヒイロは振り降ろされるククリ刃の刀身に手を当てて、軌道を逸らす。ヒイロはがら空きとなったダスティンの脇腹に飛び込む。ヒイロは左腕を引いてダスティンへと打ち込もうとする。
しかし、ダスティンは自身の攻撃が逸らされるのを分かっていたようで、既に膝を曲げてヒイロへの攻撃を繋げていた。ヒイロは懐から襲い掛かる膝を腹部に受けてしまい、勢いを殺しきれずに決闘場の空中に打ち上げられた。
その様子を見ていた観客は立ち上がり、歓声を上げる。
「っはぁ!呆気ねぇ死にざまだな!」
ダスティンは弧を描くヒイロの墜落地点に先回りしてククリ刃を掲げる。ヒイロの体は重力に従い、ククリ刃へと吸い寄せられていく。
ダスティンへとチップをかけていたものはさらなる歓声を上げ、ヒイロへとかけていたものは静かにその様子を見守る。
「死ねぇ!」
ダスティンの声と観客の声で包まれる決闘場の中央でヒイロは目を見開いた。その直後、ヒイロは宙に拳を撃ち放った。
その拳で強烈な風圧が生まれ、ヒイロの体は本来の軌道からわずかに逸れる。その軌道にダスティンはククリ刃の位置を修正しようとしたが、それよりも早くにヒイロは落下速度を維持したままダスティンの眉間に人差し指を立てた。
ダスティンの頭の上で数秒間硬直したヒイロは人差し指を曲げて、ダスティンから飛び降りる。ヒイロの人差し指が離れたダスティンはその後に大量の血を噴き出して声を上げることなく倒れた。
「勝者、王者ヒイロー!!」
決闘場の静寂を破るようにしてジャッジが解き放った言葉に、決闘場の観客は盛大な歓喜と拍手を送った。
ヒイロはそれらに対して一礼をすると決闘者用の出入り口へと入って行った。
「……いつまでこんなこと」
ヒイロの独り言は薄暗い通路へと消えていき、決闘場では動かなくなったダスティンを運び出してのちに始まる次の決闘の出場者が呼ばれていた。
ここは唯一お金をかけることの許された決闘場のある街、メルモだ。