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(5)

 胸にいくつもの勲章を付けた軍服を身に纏った、黒髪を短く刈り上げた体格の良い男。

 黒い眼光は鋭く、精悍な顔立ちであるが、ゲラルトにどことなく似ている。


「エアハルト!」

「兄上!」


 二人は一瞬、最強の助けが来たのだと錯覚した。

 そこにいたのはカルヴィーン卿の次男で、皇国軍の大隊長を務めるエアハルトだったのだから。

 しかし、さっきの偽の近衛兵が続いて入ってくるのを見て、彼こそが事件の黒幕の正体であると悟る。


「嘘だ。どうして兄上が……」


 ゲラルトが絶句した。


 平和主義のブラウヒューゲル皇国では、軍といっても、もっぱら自衛と社会奉仕がその役目だ。

 しかし、軍隊としての能力は高く、周辺国からも最強の部隊と賞賛されているほどだった。

 その軍を率いる年の離れた兄のエアハルトは、ゲラルトにとって憧れであり、誇りでもあった。


 フリッツにとっても、目の前の男の登場は衝撃的だった。

 彼の胸に輝く勲章のいくつかは、自らの手で与えたもの。

 彼は国民からの信頼も厚い、この国の正義の象徴であったのだ。

 そんな彼が、こんな卑劣な行為に及ぶとは信じられなかった。

 しかし、血の繋がった身内ではない分、ゲラルトより早く冷静さを取り戻す。


「エアハルト。お前は誇り高きブラウヒューゲル皇国軍の大隊長ではなかったか。そんなお前が、得体の知れない男を使って、か弱い女性を人質に取るとはどういうことだ。一体、何が目的なのだ」


 フリッツが凛とした言葉でエアハルトを断罪するが、相手はふんと鼻を鳴らして腕を組み、横柄に皇帝を見下ろした。


「陛下、貴方様がいけないのですよ。リーゼロッテとの婚約を拒否なさるから。リーゼを皇帝妃にしてくださるなら、いずれ私が父上に代わって摂政を継いだ後も、我が国の皇帝陛下として恭しく飾って差し上げましたのに」

「な……っ!」


 信頼していた者からの蔑みの言葉に、フリッツは呼吸をなくす。

 あえて使われるわざとらしい敬語は、毒をまとった鋭い棘だ。


「まったく、ずっと引きこもっておられればいいものを、最近の貴方様は眼に余る。ろくに人前に出て来もしないくせに、閣議に口を出すし、『大いなる青』のことも嗅ぎつけた」

「ま……さか、『大いなる青』の紛失にも、兄上が関係していたのですか」


 ゲラルトが驚きの声をあげた。


 『大いなる青』の横流しが疑われた時、採掘工長や自分の父親である摂政までをも極秘に調査した。

 しかし、採掘場を警備していた軍が、抜け道になっているとは思いもしなかった。

 尊敬する兄が率いる軍を信頼していたからこそ、最初から疑いもしなかった。


「ああ。お前がちょろちょろしていたことは知っている。だが、あの石の粉が強力な火薬の材料になることまでは気付けなかったようだな。あんな大掛かりな実験をしたのに」

「実験?」

「半年ほど前に、ゼーラインの山で土砂崩れが起きただろう?」


 エアハルトが、肩口につけた真新しい勲章を指でつつくような仕草をした。

 何人もの犠牲者を出したあの災害が、火薬の実験によって引き起こされていたとは。

 そして皮肉なことに、その時、救助活動と復興作業に従事した皇国軍を指揮した大隊長には、後に勲章まで授けられたのだ。


「私は兄上を信頼していました! 父上を疑うことはあっても、兄上は清廉潔白な人間だと信じていたのです! なのに……」

「お前は、相変わらず甘い!」


 涙混じりの弟の叫びを、兄はぴしゃりと封じた。

 誓うように胸元の『青を抱く薔薇』に置いたフリッツの手が、怒りに震える。


 ブラウヒューゲル皇国は国土は小さくとも、古くから宝飾産業で栄えてきた美しく平和な国だ。

 その国の命とも言える青い輝きを、血に染めようなどとは。


「この神聖なる石を使って、人の命を奪うというのか! この輝きは、ブラウヒューゲル皇国の象徴。そんなことは、決して許さない」

「は、別に許してくださらなくても構いませんよ。そんな綺麗事を言う皇帝など、この国には必要ないのです。私は『大いなる青』を使って、このちっぽけな国を軍事大国にしてみせる。そのためには、貴方様が目障りなのです」

「そのために、父上も殺したのか!」


 先代皇帝の暗殺と今回の件の黒幕は、同じ人物であろうと推測していた。

 しかし、エアハルトは呆れたような顔をする。


「ははは。それは心外ですな。その当時、私はまだ二十代半ばの若造。さすがに、そんな大それたことを考えるはずがないでしょう」

「だったら、誰が……」


 確かに、エアハルトを全ての黒幕とするには若すぎる。

 それに『大いなる青』の疑惑は最近起こった事件だ。

 九年も前の先代皇帝の暗殺までが、同じ動機だとは思えなかった。


 しかし、先代皇帝に直接手を下したのは、今エルナをソファーの上で拘束しているエドガルドに間違いない。

 すると、エドガルドが突然大声で笑い始めた。


「はっはっは! 偶然なんだよ。全くの偶然。しかし、歴史は繰り返すとはよく言ったものだ。親子で同じ依頼をしてくるとはよぉ。しかも、標的までが親子ときたもんだ!」

「なっ……親子? そうか……やはり、カルヴィーン卿か!」


 フリッツらの間では、先代皇帝の事件でも今回の件でも、黒幕としてカルヴィーン卿の名前が何度も上がった。

 特に先代皇帝の暗殺当時には存在しなかったフレデリクは、冷静で客観的な視点から、かなり卿を疑っていた。

 しかし、フリッツとゲラルトは、当時の混乱を収束させるために、身を粉にして働いていた摂政の姿を見ていた。

 重傷を負い、後遺症に苦しむ幼いフリードリヒのために、各国から名医を集めたのも彼だった。

 フリードリヒが皇帝としての役割をほとんど果たせなかったこの九年間、この国は平和で安定していた。

 少々強引な彼を「たぬき親父」などと揶揄することはあっても、彼の手腕を認めていたし、尊敬もしていたのだ。


「私だって、あの事件が父上の仕業だったとは、夢にも思いませんでしたよ。裏の世界で名高かったエドガルドに声をかけた時に、初めてその事実を知り、どれほど驚いたことか」


 エアハルトが面白がるように言う。


「カルヴィーン卿は今回も絡んでいるのか」

「いいえ。父上は私の企てを知っていますが、見て見ぬ振りをしています。私が父上の秘密を握ってしまいましたから、私には逆らえないのです。いずれ、摂政の座もランゲンバッハ公爵家の家督も、兄のハーラルトではなく、私が継ぐことになりましょう」


 そう言ってエアハルトはソファーにちらりと目を向けた。

 その視線につられてフリッツとゲラルトも同じ方向を見ると、エドガルドが短剣を握り直したところだった。

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